あなたの為じゃないんだからね!
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「長男を産んだが病弱で跡継ぎにできそうにない。なのに次男をなかなか授かることができず、焦った王妃様が長男を襲わせて王家の血筋を残そうとした。しかし同じタイミングで自分が次男を授かってしまったので、長男の子が邪魔になったので排除しようとした」
カインが、指を折りながら端的に王兄殿下の話をまとめていく。まずは、先の王妃殿下のやらかしについてを並べてみた。
自分の指が折られた右手を眺め、カインはため息を吐く。いろいろとひどい。王家の恥というだけのことはある。
この他に、先王と先王妃は王兄殿下をなかったことにしている節がある。カイン達若い世代には王兄殿下の存在感は非常に薄い。家庭教師から教わる歴史にもほとんど登場しないし、意図的に隠されているとしか思えない。実際に、領地でティルノーア先生から「王兄殿下がアイスティアにいる」という話を聞くまでその存在を忘れていたのだから。
「王妃と結託して襲ってきた令嬢を世話になった人だからと憎まない。状況が変わって令嬢の身が危険だとわかると城から逃がす。その後の生活も金銭的に支援。友人が失敗して令嬢と娘が行方不明になったら探し、静かに暮らしたいと言われればその生活を支援する」
今度は、王兄殿下のやったことを指折り数えながらカインが並べていく。自分が病弱で他に引け目があるせいなのか、かかわる人が少なかったせいなのか、王兄殿下のやっていることは慈善的だ。
悪く言えば、人が好い。前世で世知辛い日本社会の社会人をやってきたカインとしては「事なかれ主義」なのではないかとすら思ってしまう。
お金があるからこそできる偽善であると。もちろん、できるのであればやらない善よりやる偽善である、とカインは思っているが。
「リベルティの父親は、結局誰なのかわかっていないのですか?」
自分の思考の整理のためにまとめたが、結局リベルティの父親については名前が出てこなかった。
緊張感がありつつも、まったりとした空気が流れ始めたこの食堂であれば聞いてもいいかと思ってカインは思い切って王妃殿下に問いかける。
「そうね、わかっていないわ。あえて深追いしないようにしているのもあるわね。父親の血筋の貴族家系が分かってしまうとめんどくさいというのが大きいけれど」
それもそうか、とカインは一応納得しておくことにした。
リベルティとしては両親の存在が判明した方がいいだろうけれど、それでさらに複雑な事情に巻き込まれてしまうのもあまり彼女のためになるとは思えなかった。
カインが黙ると、また食堂の中が静まり返ってしまった。
それぞれが、ぎこちなくお茶を飲むかすかな音だけがちいさく響く。王兄殿下からリベルティの血筋については説明がなされたわけだが、リベルティとティアニアの今後についてはまだ何も聞いていない。
カインはこの場で王妃殿下に聞いてもいいのか、王兄殿下の回復を待つべきなのか迷っていた。
さて、どうしようかなとカップをソーサーの上に下したタイミングでテーブルの向かい側からがたんと椅子が鳴る音がした。
顔をあげれば、マクシミリアンの兄がその場に立ち上がっていた。
「カイン様。この度は愚弟の犯した罪に対して寛大なご処置をいただきありがとうございました」
カインが顔を上げたのを見て、そういうと深々と頭を下げたのであった。マクシミリアンの兄は騎士服が似合うガタイのいい男で、印象としてはあまりマクシミリアンと似ていない。よくよく見ると顔の造形はたしかに似ているかもしれないな?ぐらいのものである。
背が高く、肩幅も広く胸も厚い男性が深々と頭をさげる姿はなかなか謝罪を受ける側にも威圧感を感じさせた。
「寛大かどうかはまだわかりません。マクシミリアンが課題をクリアできなければ魔導士団入団もありませんし、ご友人たちと一緒に罰を受けてもらうことになると思います」
カインは静かにそう言った。新魔法を五つ開発する。それができれば魔導士団に入団できる。魔導士団に入団すれば職場が王城になるので監視がしやすい、という話であり、結局はこの後も監視される人生なのだ。
「チャンスを与えてくれただけで十分寛大だ。……末の弟だし家を継ぐ立場にはいないしで、好きにしていいと家族皆が接したせいだろうか。かえってマクシミリアンに貴族という立場への執着を持たせてしまったのかもしれない。私たち家族にも責任がある」
「兄上……」
「頭を上げてください。マクシミリアンの処遇については、王妃殿下と父の意向です。僕に頭を下げられても困ります」
カインの言葉に、マクシミリアンの兄は頭を上げたがその顔はまだ真剣な表情だった。
「王妃殿下から、条件付きで魔導士団へ入団させるという案はカイン様から提案されたと聞き及んでいる。はじめは他の子息たちと同じように御家の騎士団に入団させて性根を叩き直すか、魔法学園の教師として採用して監視下に置くという話だったそうですね」
マクシミリアンの兄の言葉に、カインは小さく眉をゆがめて王妃殿下の方をちらりと見た。王妃殿下は視線を感じているはずだが機嫌がよさそうにお茶を飲んでいた。
マクシミリアンが魔法学園の教師になる。そのルートをどうしてもつぶしたかったカインは、王妃と父を説得して魔導士団入団という提案をしたのだ。
王妃殿下の実子ではないティアニアを実子として公表するという、王家の秘密に触れた者を野放しにはできないので子飼いにできる方法であれば何でもよかったということもあり、王妃殿下はあっさり許可を出してくれた。
実は、一番苦労したのはティルノーア先生を説得することだったのだ。ティルノーアが試験官としてマクシミリアンの入団試験を監督したらしいのだが、とにかくその評価が低かったのが原因だった。
それを何とか説得した結果が、三日で新魔法を五つ作れというわけなのだが。
「頭は良いが運動はいまいちな弟では、名高いネルグランディ領騎士団ではやっていけないだろうし、魔法学園の教師では功績をあげて叙爵されるという可能性はほぼない。貴族という形にこだわる弟にとって、魔導士団入団は最後の希望だろうと思う。ありがとう、カイン様」
騎士団や魔導士団であれば、功績を上げやすいし職場が職場なので王や元老院の目にも止まりやすい。そういう意味で爵位を得やすいとはいえる。それでも狭き門ではあるが、可能性はなくはない。騎士爵や魔導士爵という、準貴族ともいえる一代爵位も一応ある事を含めるのであれば、可能性はかなり高くなる。
「……マクシミリアンが魔導士団に入団してくれたほうが、めぐりめぐって僕の利益になるからです。お礼を言われる話ではありません」
大の大人に頭を下げられて、カインはすこしばつが悪い気分だった。への字口になってそっぽを向いたカインを、膝の上から見上げたディアーナがそのほっぺたをつついて言った。
「情けは人の為ならず、ですね。お兄様」
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11月20日に三巻が発売されます。どうぞよろしくおねがいします。
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