あと少し

一旦休憩を挟もうということで、王兄殿下は退出させていたメイドを呼び出してぬるくなったお茶を入れ直させた。

そのタイミングで「失礼するよ」と言って食堂の椅子から窓際にある長いソファへと移動してゆったりと半分横になるような形で腰をおろす。

王妃殿下が侍女から薄い毛布のような布をうけとると、そっと王兄殿下の腹のあたりへとやさしく被せた。


「ありがとう、サンディ」

「お義兄さま、どうか無理をなさらないでくださいね」


部屋の中ほど、食堂のテーブルに着いている時にはわからなかったが、窓際で日のひかりがよく当たる場所に移動した王兄殿下の顔色はあまり良くなかった。

体が弱いというのは本当なのだろう。まっすぐに椅子に座っているのも長時間は辛いのかもしれない。たしかに、それほどまでに体力がないのであれば王の仕事をするのは難しかったのだろうなとカインは納得した。


多岐に渡るであろう王の仕事といえど、例えば信頼が置ける宰相などを任命してその殆どを部下に振ってしまうという手だってある。

しかし、他国からの来客や貴族からの陳情など謁見が必要な場において、玉座にすわって話を聴くという仕事は別人に割り振れるものではないだろうことはまだ王城へ上がって仕事をすることもない子どものカインにも容易に想像ができる。


前世の記憶があるカインといえど、医療分野に関しては門外漢なので王兄殿下がどういった病気なのかはわからない。

ただ、幼児用玩具の営業として小児科病院の待合室用のおもちゃの納品や、入院設備のある病院の小児科病棟へ出入りすることが極稀にだがあった。

その時に、筋肉がつきにくい病気なのだとか、骨がもろくて折れやすい病気だとかがあるということは聞いていた。大人しくしていれば大丈夫というのであれば、心臓や肺の機能が弱いという病気の可能性もある。

いずれにしても「そういう病気があることを知っている」だけのカインでは、何か対処が出来るわけでもないのだけれど。


ソファー側に小さなテーブルが置かれ、王兄殿下の分のお茶はそちらへと置かれた。ふぅと大きくため息を吐いてから、王兄殿下は話の続きをしようかと一同に向かって微笑んだ。


「私に薬を盛って子をなしたと説明したが、その貴族女性と私はとても仲が良かったのだよ。彼女は爵位もそこそこ高い家の令嬢で、行儀見習いと結婚相手探しをかねて侍女として王城に上がっていた子でね、体の弱い私の身の回りの世話を受け持ってくれていた」


「サッシャみたいな感じですか?」

「サッシャ?」


ディアーナが思わずこぼした質問に、王兄殿下が首をかしげる。カインは膝の上のディアーナの頭をゆっくりと撫でながら、小さく頷いた。


「サッシャはディアーナの専属侍女ですが、その前は婚活をかねて王城へ侍女として奉公していたんです」

「なるほど。そうだね、そのサッシャ嬢と同じだね。城に侍女としてやってくる令嬢にはそういった子はとても多い。貴族出身といえども次男三男、次女三女となるとなかなかお見合いで……というのも難しい面があるからね。城に政務官や行政官として務めている令息や、騎士団や魔道士団に所属している者であれば収入の面でも生活に苦労することはないだろうし、出世を極めれば叙爵という可能性だってないわけではないからね。……彼女も、そういった結婚相手を探しつつ城仕えに相応しい行儀作法を身につけるべく城へと上がってきた令嬢だった」


カインの説明に王兄殿下もニコリと笑い、ディアーナに向かって優しく説明する。孫を愛でるかのように細めた目はやさしげだ。


「私に親身になって尽くしてくれた彼女のことは、私も大好きだったよ。それが恋愛的な好きであったかどうかはわからないけどね。母のように慕っていたし、姉のように尊敬していたよ。母の言いなりになり、だまし討ちのように私と契った彼女ではあるけれどもね。そんな彼女とその子が危険に晒されるのは本意ではなかった」


そこまで言って、王兄殿下はふぅとため息を吐いた。長く話すのも体力を使ってつらいのだろう。震える手でカップを取るとゆっくりとした動作でお茶を飲み、さらに長く息を吐いた。

王妃殿下が毛布の上からゆっくりとその肩を撫でて、体調を気遣っていた。


「体が弱いというのに引け目を感じて母の言いなりになっていた私だけどね、母が弟か妹を身ごもったと聞いた後、周りの空気が不穏になりはじめたと同時に私は彼女を城の外に逃したんだ。信頼できる友人に彼女を託した。王子予算として割り振られているお金の中から、私の自由になる分は彼女の生活に使うようにと彼に渡るように手配もしていた」


そこまで話して、また大きく息を吐きだしている。王兄殿下の肩をやさしくなでていた王妃殿下が、かるくその肩をポンポンとたたいた。


「お義兄様、だいぶお疲れのようです。続きは私が話しておきますから、もうお休みになって?」

「いや、ベッドに入ってしまうともうその日は起きれなくなってしまうからね。もう少し起きていたい。ここから先のほうがつらい話だ。サンディに任せるわけにはいかないよ」


ありがとう、と言いつつ王兄殿下が一度大きく深呼吸をした。暖かいお茶をゆっくりと飲んで、もう一度テーブルに座っている一同へと向き直った。


「預けていた貴族の家から、令嬢が赤ん坊を連れて逃げ出したんだ。すぐに見つかったのだが、彼女は戻りたくないと言ってきたので、王都の庶民街の……比較的貴族街に近いところに家を与えて陰ながら支えることになった。その頃に、私は療養の為ということで王家の離宮へと住処を移動させられることになったんだ。ますます、直接母子を見守ることができなくなってしまうので、友人であるとある貴族に後見をお願いすることにしたんだ」


カインは、いつぞや父であるディスマイヤが「見逃しやがって」みたいなことを言っていたなぁと思い出す。あの時にポロリとこぼした名前は何と言っていたか……とっさには思い出せなかった。


「王都よりも人が少なく、自然も多い場所で私はゆったりと過ごさせてもらった。時々もらう友人からの手紙で令嬢とその子どもが健やかに過ごしている事も知って安心していたんだ。でも、ある日その令嬢は死に、その子どもは行方不明になったという知らせが届いた。それからずっと、人を使って探させていたのだが見つからなかったんだ。……そして、ようやく見つかったのが彼女の子のさらにその子どもである君、リベルティ嬢なんだよ」


王兄殿下はそこで言葉を切り、息苦しそうな顔をしつつも慈愛に満ちた瞳でリベルティの顔を見つめた。

対して、リベルティは困惑した顔をするばかりだ。いつか迎えに来ると言って自分を孤児院へ預けた母が、王兄殿下と行儀見習いの侍女として働いていた令嬢との子だったといわれても、ピンとこなかった。


「すぐには実感もわかないだろう。ここにしばらく滞在し、私といろんな話をしてくれないかな。今度こそ、君と君の子を私に守らせてほしい」

「えと、おーけいでんかは、私のおじいちゃまなのですか?」

「……そうだよ」


いろいろなことを長々と話したが、リベルティには「目の前の自分と同じ色のおじいさんは祖父らしい」という所しか理解が追い付いていないようだった。

言えないことが多いから仕方がないのかもしれないが、令嬢だの彼女だのその子だのとある貴族だのと、ぼやかした言い方が多かったのも話を分かりにくくしている原因ではありそうだ。

カインには、一つ疑問として残っている部分があるのだがソファーに横になっている王兄殿下の体調があまりよろしくなさそうな姿をみるとここで質問をするのもはばかられた。


「すまないね。もう少し話をしたかったのだけど、だいぶ疲れてしまったみたいだ。先に退出させていただくよ」


王兄殿下はそういうと、使用人たちに抱えられて食堂を出て行った。

食堂にいた一同はドアが閉まるまでそちらを眺めていたが、ドアが閉まってからも立ち上がるきっかけがつかめず、なんとなく冷めたお茶を飲んで所在のなさをごまかしたのだった。

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