貴族といえどどうにもならない事がある

「思ったよりおじいちゃんな見た目で、おどろいただろう? 私と陛下は兄弟だが、年は二十も離れているんだよ」


王兄殿下は、そう言って話し始めた。ゆったりと、優しい口調で砕けた言葉を使って語られる話には、アルンディラーノとディアーナもきちんと理解しようと向き合う姿勢を見せた。


「結論から話そうか。リベルティは私の孫で、ティアニアは私のひ孫だよ」

「え」


歳が離れ過ぎていて顔の作りについては似ているとは言い難いものの、光る銀髪と透き通る紫水晶のような瞳はどうしたって血の繋がりを感じさせるものだ。

しかし、いきなり孫とひ孫だと言われても「やっぱりね」と受け入れるには心の準備が足りなすぎた。思わず声を出してしまったカインに、王兄殿下は優しい瞳を向けた。


「私には妻も居ないし、恋人もいた事はない。ありがたいことに友人は沢山いたけれどもね。そんな私だけれど、子どもが一人だけいたんだ。そしてその子が産んだ子がリベルティ、君だ」

「王兄殿下のお子様が、私のおかあさん」

「そうだよ」


王兄殿下は、リベルティの丸く大きく開かれた目を少し悲しそうな瞳で見つめ小さく首を縦に振った。そして「ふぅ」とちいさく息を吐くと椅子の背もたれに背を預けた。


「私は、生まれたときから体が弱くてね。重い病気を持っていたというわけでは無いんだけれども、疲れやすいというか、長いこと立っていたり走ったりするとすぐに息が切れて胸が苦しくなってしまうんだ。そして、ちょっとしたことですぐに熱をだして寝込んでしまう子どもだった。体を強くするために運動をしようにも、少し動いただけで倒れそうになってしまってままならない状態だったんだ。それでも、大人になれば体も丈夫になっていくのではないかと両親は期待していたのだが……魔法学園に入る年齢になっても私の体は弱いままで、結局学園にはいけなかったんだよ」


王兄殿下が言葉を括ったところで、アルンディラーノが遠慮がちに言葉を挟んだ。


「伯父上のご両親というのは、僕のお祖父様お祖母様?」

「そうだよ。今は、お二人とも隠居されて南の離宮で静かに暮らしていらっしゃるそうだね。お会いしたことはあるかい?」

「ありません。離宮は遠いので、陛下はいつか僕がもっと大きくなったらね、と仰っています」

「そうか。でも、二人共もうだいぶお歳を召していらっしゃる。できれば早めに会いにいってさし上げなさい」


王兄殿下の言葉に、アルンディラーノはゆっくりと頷いた。


「さて。体が弱く、他の貴族達が学園に通うような年頃になっても寝たり起きたりしていた私には国王としての政務を任せることは難しいのではないか、という話が出てくる。そうなれば貴族たちや国民はみな第二王子の誕生を期待するようになるのは自然な事だね。当時の国王陛下と王妃殿下は仲睦まじかったので、それはすぐにでも実現するだろうと言われていたんだ。けれどね、第二王子はなかなか誕生されなかった。……王妃殿下には、とてつもない重圧がかかっていた事だろうね」


カインにも前世の記憶で覚えがある。知育玩具の導入のお願いに玩具店などに営業に行っていると、若い夫婦に「孫が早くみたい」とプレッシャーを掛けまくる親や「子どもはいいよー」と無邪気に自慢する親戚や兄弟などに対して、苦笑いをしているなんて姿をたまに見かけた。

もちろん、「早く孫がみたい」に対して「まかせろ!産む気満々だぜ!」というパワフル新婚さんの姿も同じぐらい見たのだが。


爵位という身分制度のあるこの世界で、しかも血筋が重要視される王家に嫁いだ当時の王妃殿下へ対する期待という名の重圧はそれは凄まじいものだったに違いない。カインは、当時を想像して眉毛を下げた。


「私がまもなく二十歳になろうという頃、夏風邪を引いて熱を出してしまったことがある。その時に、私は母にかぜ薬とは別の薬を飲まされ、意識が朦朧としている間にとある貴族女性との間に子どもを設けさせられてしまったのだ」


「そんな……。そんな事で、お子が誕生されたとして、王子として公表できるのですか」


マクシミリアンが思わずという調子で声を上げた。

当時、王家の直系でありたった一人の王位継承者であった王兄殿下の婚前交渉。いわゆるできちゃった婚などというのはとんでもないスキャンダルだ。血筋を残せたとしても、王子として擁立できるのかという問題があるのではないか、とマクシミリアンは思ったのだ。


「なんとでも。既に婚姻済だったが私が病弱なために公表を差し控えていただけだ。ということにしても良いし、生まれた子を母の……私の弟として発表したって良い。当時の母であればそのくらいはしただろう」


マクシミリアンの問いに対する王兄殿下の返答に、カインはそっと王妃殿下の方を見た。

王妃殿下と国王陛下がティアニアに対して同じことをしようとしているからだ。今、王兄殿下が語っていることは、当然王妃殿下は既に知っていたことなのだろう。感情が読めないような無表情に見える薄い笑顔を貼り付けてゆったりお茶を飲んでいる。


「しかし、なんの運命のいたずらであろうかね。ずっと兆しのなかった母上が、ほぼ同時に身籠られたのだ。高齢出産になってしまうから危険だとは言われていたが、母は産んだ。それが、私の弟であり今の国王陛下。アルンディラーノ、君のお父上だよ」

「陛下は、先代陛下と王妃殿下の実の子なのですね」

「そう。だから、君はまごうことなき王家の直系。正しき王家の血を引いた王子だよ。誇り高く過ごしなさい」


ココまでの話をきいて、カインはなんとなく先の話の想像が付いてしまった。

病弱な王兄殿下と、第二子以降をなかなか授からない王妃。苦渋の策として王兄殿下の合意を得ずに子作りを強行したものの、そのタイミングで王妃が身ごもってしまう。

本来であれば、王兄殿下が一瞬だけ王位を継いですぐにその子へと王位を継承することで血を繋ぐ事もできただろうし、国王夫妻の子として育ててそのまま王位を継承するといった方法が取られたのであろうけれども。

第二王子と、第一王子の秘密の子。それが同時にこの世に誕生してしまったのだ。そのまんま公表すれば混乱を招くし、そのような策を取ろうとした王家は信頼を失うことだろう。


「母は、実の子を選んだ。まぁ、それは当然だから構わないんだけどね。問題は、私との子を身ごもった令嬢だ。立ち位置が微妙になってしまった。王族の子として育てられるはずのお腹の子は、その存在が公にはできず、なんなら存在してはいけない立場になってしまったんだ」


カインの隣で、ガタリと小さく椅子の足が揺れる音がした。ちらりと見れば、ディアーナが手で口を覆いながら泣きそうな顔をして震えていた。

ディアーナはカインと一緒に孤児院へと慰問へ行くことも良くあった。何らかの理由で親を失った子、親が育てきれずに孤児院へ預けられた子、そもそも孤児院前に捨てられてしまった子などと接して一緒に遊んでいた。

リベルティもそうだったが「いつか親が迎えに来てくれるかも」という思いを持つ子は多かったし、ディアーナもそれをきちんと感じていた。

一番最初に「個人で解決できないことを代わって解決するのが貴族の務め」とカインに言われたことをちゃんと覚えていたディアーナは、誰でもがいつだって家族と一緒に暮らせる様にしなくっちゃ、と思っていた。


ディアーナは、王家の思惑で生まれた命が「存在してはいけない子」になってしまう事がある、という事実にただ悲しくなってしまったのだ。

国で一番偉い人達、貴族よりも偉い人たちですらそんな事がおこるのならば、貴族であっても出来ることなんて無いのではないか。そんな事実に悔しい気持ちが湧いてきて涙が出そうになってしまったのだ。


カインがそっと身をねじって、隣の席のディアーナを腕の力だけで持ち上げると自分の膝の上に乗せた。頭を抱き込んで優しく撫でてやると、ディアーナはぐしぐしとおでこをカインの胸に押し付けてきたが、すぐに前を向いて話の続きを聴く体勢になった。

カインの膝の上で、だが。


「仲が良いのは、良いことだ」


カインとディアーナの様子をみて、王兄殿下は朗らかに微笑んだ。

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