酸欠になるが、別の使い道はあるだろう

音が振動で伝わる。ということは、この世界でも発見されている。

ティルノーアは部屋の壁際に空気の層をつくって室内の音声によって作られた振動を吸収し、音が外にもれないようにすることで防音魔法としていた。

カインは、前世の記憶にある『ノイズキャンセルイヤホン』の理屈を採用し、室内で発生する音の波動を同じ波動をぶつけて消す事で防音魔法としている。

どちらも、空気を重ねる・空気を振動させることで消音しているので『風魔法』の範疇となる。


「確かに、理屈としてはそうだ。音は振動で伝わるのだから、その振動をなくしてしまえば音は部屋の外にもれない。なるほど……。物理の知識を魔法に利用するということか」


なるほどなるほどと言いながら、マクシミリアンがメモを取っていた。


「この部屋の壁に沿って、真空の壁を作ることで防音魔法とすることができるんじゃないか?」


メモを取りながら、思いつきを口に出す。


「それじゃあ、防音魔法の壁を人が越えられないのでは?」

「ごく薄くすれば、人の出入りで呼吸が出来ないなどの不便は無いはずだ。人の鼻と口は高さが違う。音を遮断するのに両方を一度に塞ぐほどの厚さにする必要は無いからな」

「では、試しに小さい範囲でやってみようか。あなたが防音魔法を使えるようになれば、僕も先生も楽が出来るようになる」


しゃがんだカインをマクシミリアンが風魔法で小さくつつみ、中のカインが大声で叫ぶ。それを、外に立っているマクシミリアンが聞こえるかどうかで確認した。無事、防音効果があることが確認できた。

それを見ていたディアーナとコーディリア、アルンディラーノが近寄ってきて、中のカインが何を言っているのかを当てるゲームが始まった。

防音魔法としてきちんと作用しているようで、カインが何を言っているのか皆まったくわからない。そのため、最後はカインのジェスチャー当てゲームに内容が変わっていった。


カインと子どもたちが遊んでいる間、マクシミリアンはノールデン夫人に「赤ん坊の世話をする上で困っていることなどありませんか」とインタビューをしていた。


魔法は魔術書に書いてある通りに発動させるものだと思っていたマクシミリアンだが、魔法学園を首席で卒業している優秀な人間だ。魔法以外の教科に対する知識も深い。

魔法と物理現象を組み合わせるという『発見』をした今であれば、新しい魔法を作り出すのもさほど難しいことではないだろう、とカインは考えている。


ただ、それが日常的に魔法を使っている人々の間では既に『常識』として固定されてしまっている魔法だったりすれば、ティルノーア先生からの合格は貰えないだろうけれども。

当たり前のように貴族の暮らしをし、貴族の暮らしができなくなることを恐れていたマクシミリアンはきっと、魔法を日常的に使う人たちの存在を知らないに違いない。そういう意味では苦労するかもしれないが、まぁ、そこはもう自分で頑張ってもらうしか無い。

カインは、ノールデン夫人と色々試しているマクシミリアンの姿を横目にみつつ、ディアーナやアルンディラーノとジェスチャークイズで遊んでいた。


そして、倒れた。


「真空方式の防音魔法はダメだね。酸欠になる」


カインが青い顔をしてそんな事を言う。それを聞きながらマクシミリアンはメモを取り、ふぅむと唸って顎に手を当てた。


「真空の幕を張るのでは、空気の入れ替えがされないということか。防音性能は問題なかったが、それでは使い物にならないな…」

「ひとまずは、ティルノーア先生か僕の方式で防音魔法使えるようになってくれないかな」

「人の模倣では、新規魔法の開発にはならないじゃないか」

「模倣からの発展だって、新規魔法でしょ。ティアニア様に迷惑かけたんだからそれくらいして」


マクシミリアンはカインより年上であるが、爵位としては下になる。そして、ネルグランディ城への不法侵入者であり、誘拐未遂犯である。カインは、あえて雑な口調でマクシミリアンに対していた。

カインに言われて、マクシミリアンは渋々部屋へと防音魔法を掛けた。方式は、ティルノーア先生と同じ空気のクッション方式である。


その後しばらく子どもたちとマクシミリアンで赤ん坊と遊んでいると、ドアがノックされて騎士が入ってきた。その後ろから続いて王妃殿下も入ってくる。

慌てて膝をつくマクシミリアンと、頭を下げるカイン達。


「頭を上げてちょうだい。療養に来ているのだから、今は王妃お休み中よ。かしこまる必要はないわ」


そう言って、王妃殿下は笑いながら部屋の中へと入ってきた。ゆりかごの中を覗き込み、ティアニアのほっぺたをツンツンと突くと目尻を下げて相好をくずしている。


「ティアはごきげんなようね。ほっぺたもツヤツヤしていて、健康そう」

「よく泣いて、お乳をよく飲んでいらっしゃいます。こちらにいらして三週間程ですがだいぶお体も重くなってまいりました」

「そう」


王妃殿下の声にたいして、ノールデン夫人がティアニアの状態を説明する。確かに、カイン達が交代で様子をみたりしていても、ふっくらつやつやと健康そうなのだ。

元気よく泣くので、カインたちも順番にあやしたあとは耳がツーンとしている。


「なら、大丈夫かしらね。明日、リベルティとティアニアを連れてアイスティアに向かうわ。カインとティルノーアは付いてきてちょうだい」


王妃殿下が、ティアニアをそっと抱き上げてその体を優しく揺らしながらそんな事を言う。

カインは目を丸くし、寝ていたはずのティルノーア先生はガバリと身を起こした。


「急過ぎませんか!? というか、ここで半年過ごして発表するって話だったのではありませんか?」

「また、ボクに完全無振動制御やらせるつもりですか!? あんまりですよぉ、王妃殿下!」


カインとティルノーアが同時に叫んだ。その声にびっくりしたティアニアが一瞬ビクリと体を揺らして口をへの字にし、泣きそうになる。

王妃殿下がゆったりと腕の中でゆらしながら、やさしく髪を撫でてやると、ティアニアはまた機嫌を直して自分の親指をしゃぶり始めた。


「ネルグランディは東側の領地の中では一番安定していて平和だし気候も良いから、というのもあったのだけれども、ここで過ごせばエリゼと遊べると思っていたのよね。なのに、夏と秋はエリゼは領地には来ないというじゃない。来なくても良いのにディスマイヤは来るし。だから、もう次に行くことにしたのよ。ティルノーアは、カインとそこのマクシミリアンも連れて行くから楽がしたかったら明日の朝までに魔法を伝授しておきなさいな」


ティアニアを腕に抱き、ゆっくりと部屋の中を歩きながらカインとティルノーア先生に返事をしていく王妃殿下。顔はずっと指をしゃぶるティアニアに向けてニコニコと笑っていた。


「リベルティも若干の寝不足はあるようだけど、ここに来た時に比べればだいぶ元気になったようだもの。少し行程は強行になるけれど、明日の早朝に出発して明日の夜に到着するようにします。カイン、ティルノーア、準備しておくように。アルンディラーノも行くのですから、今日は早く寝るのですよ」

「はい! 王妃殿下! 私も連れて行ってくださいませ!」


カインが連れて行かれる、と聞いてディアーナは思わず手を上げていた。せっかく夏休みで隣の国から帰ってきているのだ。一緒に居る時間を作るために領地で迎えたのに、ここで離れ離れになるのでは意味がない。

夏休みの終わりギリギリまで、一緒にいるためにもディアーナはなんとか連れて行ってもらいたくて一生懸命手を高く上げていた。かかとが少し浮いているぐらいに。


ティアニアの背を優しく叩きながら、王妃殿下はディアーナとカイン、そしてアルンディラーノの顔を順番に見渡した。


「そうね、アルンディラーノの話し相手になってちょうだい。ディスマイヤには私から話しておきましょう。でも、もう一度言うけど強行軍なの。キールズとコーディリアは遠慮してちょうだいね。子どもばかり沢山つれては行けないわ」


ディアーナの挙手に出遅れたキールズとコーディリアは、お留守番という事になってしまった。


その後は、ティルノーアによってカインとマクシミリアンは『赤ん坊に馬車旅を快適に過ごさせるための魔法』をいくつも叩き込まれたのだった。

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