魔法のヒントはどこにある?
「お風呂に早く入りたいからお湯を出した……。他人の魔法を模倣しようとした……」
勉強用の机から小さなテーブルを囲うソファーへと場所を移した。
勉強会にキールズとコーディリア、アルンディラーノも参加するためだ。
図書室内にいくつかあるソファーセットを円座になるように移動して小さなテーブルを囲むようにして座った。
『図書室ではお静かに』というのは、この世界でも常識的なルールではある。しかし、ここはネルグランディ城の中にある図書室であり、現在は王妃と王太子以外の来客は居ないので会話しても迷惑をかける相手がいないのである。
多少の会話は問題ないだろうと、このまま図書室で勉強会を続けることにした。ただし、水分は厳禁であるし火気厳禁である。「水魔法と火魔法の実験はダメ、絶対」とだけ言いに司書がどこからともなく現れて言い残してそしてどこかへ消えていった。
当然、お茶を飲みながら、というわけにもいかない。
「僕、まえから不思議だったんですけど。魔法って属性最上級まで行っても『炎を出す』とか『大水を出す』とかばっかりですよね。それで魔獣や盗賊といった敵を攻撃したりしてますけど、技術的に難しくなっていったとしても『勢いがすごくなる』『すごい大きくなる』みたいな変化ばっかりというか」
座ったものの、とっかかりがなく誰も喋り出さなかったのでしかたなくカインが口火を切った。
ゲームのド魔学では特定のルートでしか使わなかった魔法である。先生ルートでは好感度アップの為に魔法の能力値も上げておく必要があったものの、魔法そのものは使わなかった。攻撃魔法が登場するのは同級生の魔導士ルートか、魔の森へ行って魔王と対峙することになる聖騎士ルートだけである。
ゲームの戦闘シーンで使う魔法なので、ファイア・フレイム・インフェルノみたいなだんだん炎がでかくなるだけという感じだったしネーミングも。もともとド魔学は乙女ゲームなので戦闘シーンなどは殆ど無いのだから仕方がないし、ゲームなんてそんなもんだろうと思っていた。
しかし、実際に魔法がある世界へと転生してみると「便利な力なんだからもっと生活に根ざした使い方すればいいのに」と思ったし、実際魔石に魔法を封じて便利道具として使っていたりする。
それなのに、やっぱり家庭教師から魔法の授業で習うのは「火をだす」「水を出す」といった事だった。ティルノーア先生は、時々変な魔法を見せてくれるがそれの使い方はちっとも教えてくれなかった。
「でも、ティルノーア先生はお茶を入れるのに『カップ一杯分の水球を出してそれを沸かす』とか秘密を守るために『読み終わった手紙が自動的に燃える』みたいな魔法を使うんですよ。それらは、教科書的な魔術の理論書や技術書には載っていないですよね」
見せてはくれるが教えてくれない先生だったので、カインは見様見真似で試行錯誤して水球をお湯にする魔法は出来るようになった。手紙を燃やす魔法やその他諸々はまだ出来ていない。
「そういえば、コーディは温風出せるんじゃなかったか」
カインの言葉を受けて、キールズが思いついたように言った。それでコーディリアに視線が集まったので、コーディリアは顔を赤くして俯いてしまった。
「お、温風をだせるのは私じゃなくてカディナよ。お風呂の後に髪を乾かしてくれるのに、冬は風魔法そのままだと寒いからって」
カディナはコーディリアの乳母の娘で、コーディリアの友人兼世話係である。まだ子どもなので、正式に侍女として雇われているわけではないが、カディナ自身はコーディリアの侍女であると自負しているらしかった。
「カディナは優しいね。というか、ディアーナのお風呂に入りたいからお湯を出すっていうのと一緒だね」
「必要があって、魔法を改変したというのか……カディナ? というのは誰だ」
マクシミリアンが一同を見回した。
「カディナはコーディの侍女だよね?」
「侍女見習い、かな。来年コーディと一緒に学校に行って、他にやりたいことや学びたい事があれば侍女にならずにそちらの道へ進んでも良いって言われてるはずだ。アルガも俺の世話なんかしてるけど別に侍従ってわけでもないんだぞ。学校卒業後は一緒に領の騎士団に入る予定の騎士見習いだからな」
マクシミリアンに対してディアーナが返答し、キールズが補足している。ついでにキールズの乳兄弟であるアルガについても話していた。
「カインのところのイルヴァみたいに、あの年からガッツリ侍従として仕えているのが珍しいんだぞ」
「へぇー」
話が脱線している。
「必要は発明の母ってやつだね」
「聞いたことのない格言だが、言いたいことはわかる。なるほど、新しい魔法を作るためには新しい魔法が必要な場面を想定しなければならないということだな」
カインが話題の方向性を修正し、それを受けてマクシミリアンがなにか納得したのか、頷きながら感想をもらした。そしてスッと立ち上がると図書館の一角、本棚へと向かって一冊の本を手に戻ってきた。
カインが手元を覗き込めば『侍女の流儀〜お着替えからお掃除まで〜』というタイトルが目に見えた。思わず眉間を抑えて首を振ってしまう。
「どこまで真面目なんですか。本を読むのも良いですけど、目の前に人が居るんですから話をしましょうよ。勉強会なんです、もっと教科書に載っていない魔法を使っている人がいないか聞きましょうよ」
「はい!」
「はい、アルンディラーノ王太子殿下!」
カインの言葉に、アルンディラーノが元気よく手を上げ、キールズが手を差し出して『どうぞ』というジェスチャーをした。
「僕も、教科書に載っていない魔法が使えるよ。こう、剣を逆手に持って引き絞るように構えてね、前方に振り抜くのに合わせて風の刃を前方に打ち出すんだ」
「……? それは、風魔法で攻撃をするのと何が違うんですか?」
「カッコいいでしょ?」
えへん、と自慢げに胸を反らしてアルンディラーノが言う。そして、その魔法を作ったのはアルンディラーノではない。
「カインストラッシュっていうんだよ。クリスもゲラントも練習して使えるようになったんだよ、カイン」
「え、えぇ。それは、よかった……ですね」
カインが前世で子どもの頃に流行ったアニメの技の模倣である。
近衛騎士団の練習に混ざるようになってから、休憩時間などにカインがなんとなく練習していたのを見て、アルンディラーノやクリス達が面白がって一緒に練習したり衝撃波を出すにはどうしたら良いかを語り合った末に出来上がった技なのだ。
結局、剣を振り抜くだけでは衝撃波を出すことは出来なかったため、タイミングを合わせて風魔法の刃を飛ばしているだけなのだが、たしかに魔術書などには載っていないだろう。
「カッコいい……。だけ?」
マクシミリアンから不審げな表情で見つめられたアルンディラーノは不満そうに口を尖らせた。
「カッコいいっていうのは、とっても大事な事なんだよ。それに、この技を知らない相手だったら結構勝てるんだよ。剣戟が来ると思って構えていたら、魔法が来るんだからね」
構えが独特なので、知っている相手には対策されてしまうのが難点である。風魔法としてはあまり強く無いのだ。
「そういう考え方もあるのか? ……たしかに、魔術書や魔法の理論書、魔法学園の魔法の教科書に載っている魔法は各属性の対象を出現させるというものばかりだった。それらの威力を大きくしたり形を変えたりすることは魔力の量と、制御力が必要になってくるからどんどん難しい魔法として記載されていたが……」
「貴族であれば、生活に根付いた魔法なんてあまり必要ないですもんね。着替えも食事もみんな使用人がやってくれるんですから。だから、基本的には生徒が全員貴族である魔法学園では魔力の使い方と魔法の制御に特化して教えているんでしょう。領地を持っている貴族なら、魔獣退治や狩りなどで攻撃魔法は使うんですし、それで十分なんでしょう」
「貴族の嫡男じゃなくても、騎士になったりすればやっぱり生活に根ざした魔法なんて使わないもんなぁ」
カインとしても、ゲーム世界の魔法なんだしそんなものだろうと思っていた。ティルノーア先生が色々変な魔法を見せてくれることはあったが、それはティルノーア先生が変な人だからだろうということで片付けていた。
しかし、毎日の生活の中で『魔力で光るランタン』や『魔力で湯を沸かすポット』なんかの便利グッズがある事を考えれば、それらを作っている人がどこかに居るということである。
魔法を生活に役立てようという考えで魔法を使っている人がいるということだ。そして、それが魔導士団だったり、魔法道具商会といった団体だったりするのだろう。
教科書を修めて『極めた』とドヤ顔している若者では、たしかに受け入れがたいのかもしれなかった。
「そうしたら、新しい魔法のヒントはお仕事を便利にしたいと思っている人たちやカッコいい事にこだわりのある人たちに聞いたら良いということですわね!マー君、ヒントをもらいに行きましょう! 皆も一緒に行きましょうね、きっと楽しいわ」
ディアーナがそう言って立ち上がった。マクシミリアンがいるので淑女言葉を使っているが、元気いっぱいに立ち上がって手を差し伸べて、ワクワクしたような顔をしているので淑女らしさはまったくなかった。
ディアーナの言葉にマクシミリアンが答えかねていると、カインが立ち上がってディアーナの隣に立ちその手を握った。
「習うより慣れろ? 百聞は一見にしかず? でもそうだね。実際に『これが魔法で解決できたら良いのに』という現場を見るのが一番かもしれないね。さっすがディアーナは頭の回転が早い。さっそく行こう。まずはどこが良いかな? 厨房? 洗濯場? 使用人の生活棟?」
「まてまて。今、城の使用人は最低限に絞ってるところなんだから彼らの仕事の邪魔をするんじゃない」
さぁ行こう、今行こうとばかりに図書室から出ようとするカインとディアーナをキールズが引き止めた。ティアニアの秘密を外に漏らさないために、使用人の数が最低限に絞られているのだ。
そのために、サッシャとイルヴァレーノもこの場にいないのだ。カディナとアルガがいないのも、この城で働いている両親の手伝いをしているためだ。
「じゃあ、どうしたら? こういってはなんだけど、ここにいるメンバーは皆恵まれた暮らしをしているから、魔法でもっと便利に! という発想はなかなか出てこないのではないかな?」
キールズに止められて、振り向いたカインが手を広げてその場に座っている皆をぐるっと指さした。
この国の王太子、公爵家の長男と長女、子爵家の長男と長女、侯爵家の三男。身分としてはキールズとコーディリアは微妙であるが、公爵家であるディスマイヤと仲が良く、お互いの家を支え合っている関係なので不自由な暮らしをしているということはなかった。
「そりゃそうかも知れないが。それでも、ディは水じゃなくていきなりお湯をだそうって発想は出てきたんだろう? 出来ないわけじゃない」
キールズはディアーナの顔をみてにっこり笑い、そのまま視線をカインに移して片眉を上げてみせた。キールズの言うとおりでは、ある。使用人がなんでもやってくれて、不自由なく生きていたとしても生活をもっと便利にしたい……という欲求が無いわけではないだろう。
しかし
「今回は、時間がないんだ。三日のうちに新しい魔法を五つ作り出さなくちゃいけない。手を動かしている事を代わりに魔法で実施して便利に出来ないか、という方向からアプローチするなら使用人達に話を聞いて、実際に働いている所を見せてもらう方が早いだろう」
三日しか無い。
お風呂に早く入りたい。という思いつきを待つような時間は無いのだ。しかし、キールズの言うとおりで少人数で働いている使用人達の邪魔になるというのなら、それは本意ではない。
使用人の仕事を見せて貰うのが早いとは言っては見たが、カインもキールズの言うことはちゃんとわかっているのだ。
「うぅーん」
顎に手を当てて、眉間にシワを寄せる。イルヴァレーノやサッシャを捕まえて話を聞いても良いのだが、サッシャも元々貴族の子女であり、ディアーナの侍女として身の回りの世話をするのが仕事なので『生活に根ざした』ような発案は見込めないような気がした。イルヴァレーノは生まれが特殊なので、何を苦労と思っているのか聴くのが怖い。
「ティアニアの所はどうかな?」
涼やかな、幼い少年の声が図書室に響いた。
アルンディラーノは思ったよりも自分の声が部屋に響いてしまい、発言しておいて自分でびっくりしている。
「ティアニア様の所ですか?」
カインがディアーナの肩を揉みながら、アルンディラーノの言葉を復唱した。ディアーナはカインの腹に寄りかかって体重を預けている。
「ノールデン夫人と、リベルティ嬢の所。赤ん坊が二人いて、一番人手の必要なところでしょう? 赤ちゃんのお世話ってすごい手間がかかるし、新しい魔法のヒントもあるんじゃない? それに、母親二人の休憩時間を作るための子守りだったら今までも僕らでやっていたんだし、お邪魔にならずに済むんじゃないかな?」
ふわふわの金髪を揺らしながら、アルンディラーノがコテンと首をかしげてみせた。
「それだ!」
キールズとカインがそろって指を突き出した。
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