三人よればなんとやら
マクシミリアンは、とっても真面目だった。
図書室に移動すると、自分の読んだことのない魔術書を見つけては開いて中を読み、気になることをメモしては別の本を読む。
魔法に関係しそうな本を手に取っては読んで、メモを取る。それを繰り返していた。
首席卒業しただけあって本を読む速度が早く、次々と本を取り替えていく。
「何あれ、すげぇな。本当に中身読んでんのかよ」
図書室の入り口近くのテーブルから頭を半分だけだして、キールズが半眼でマクシミリアンの様子を窺っている。
一冊を読んで片付けるといった一連の動作が速いので、疑っているようだ。
「どうも、魔術書とか魔法の理論解説本とか読んでるみたいだから、自分の知っている部分を端折って読んでるんじゃない? 属性魔法の最上位までは出来るみたいだから今更な記載ばっかりだろうし」
カインは隠れる気がない感じで、キールズの後ろに普通に立っている。マクシミリアンのページをめくる様子が見えるので、ペラペラと飛ばしている部分とじっくり読んでいる部分があるのがわかった。
カインの隣に立っているコーディリアがそんなカインを振り仰いだ。
「それって意味なくない? 既に出来ていることを復習しても新しい魔法を作り出すとか出来ないんじゃないかしら」
「温故知新って言葉もあるから、否定したいところではあるけど……確かにねぇ。三日でって期限付きでやるにはうまい方法じゃない気がするね」
コーディリアの言葉に、カインも頷く。
キールズの隣にしゃがみこんで、同じように頭を半分だけテーブルから出して覗いているディアーナも、ふんふんと頷いている。
「新しい魔法って、誰も知らない魔法って事でしょう? ご本に載っていたら、それは新しい魔法じゃないもんねぇ」
「本を読んで、
「ねー」
テーブルの前にしゃがんだまま、頭をぐるんとのけぞらせたディアーナとカインが会話をしている。ディアーナが体重を掛けているので手前に倒れそうになっているテーブルを、キールズが逆に押して抑えていた。
「ディアーナ。ディ。おっかかるな。テーブルが倒れる」
「はぁい。ねぇキーくん、新しい魔法ってどうやって思いつくんだと思う?」
「さぁ? ディはいきなりお湯だすってなんで思いついたんだ?」
キールズに注意されて、ちゃんとしゃがみ直したディアーナがそのままキールズに質問するが、質問で返されてしまった。うーん、と首を右に左に順番にかしげた後に隣にしゃがむキールズに向き合った。
「お風呂にお水入れて、それからお湯沸かすと時間がかかるでしょう? 私ね、早くお風呂入りたかったから、お湯が出ないかなぁ〜って出してみたら、出た! って感じだよ」
「必要にかられてって感じかぁ。……カインは? お前はなんであの方法でお湯を沸かそうと思ったんだ」
キールズがテーブルの前にしゃがんだまま、頭だけ後ろに倒してカインの方を向いた。先程のディアーナとは違って腹筋で自分の上半身を支えているのでテーブルは倒れそうになっていない。
ディアーナがその様子を興味津々で見ている。
「僕は、ティルノーア先生がアレをやっているのを見て再現してみようと思ったのが始まりかな。たぶん、先生と僕とで沸かし方違うと思うけどね。先生はあれどうやってんのかなぁ」
「カインはお手本があったからか。……ん? なぁ、見た目としては同じことをやっていても使っている魔法が違えば、違う魔法ってことになるのか?」
「キールズ、良い所に気がついたね。多分、先生はそれでも認めてくれると思うよ。再現方法が違うってことは、その先の発展の仕方が違ってくる可能性があるから」
「あー。なるほど? よくわかんないが……おい、ディやめろ!」
カインと上体をそらしたキールズとで会話しているところに、ディアーナがキールズの腹筋をつついていた。
やめろと言われて、素直に手を引っ込めたディアーナはテーブルのはじっこを握って立ち上がると、んんんん〜と腕をねじって背中を伸ばした。
「お兄様は、あの方に魔導士団に入団してほしいんだよね?」
「そうだねぇ。間違っても魔法学園の先生になるとか止めて欲しいと思っているよ」
「じゃあ、一緒にお勉強しましょうって誘うのはどうかな。一人でやるより皆でやるほうが新しい魔法も沢山思いつくと思うよ」
ディアーナがちらりとカインを振り返って小さく首をかしげた。
その愛らしさに、カインの眉尻が下がる。
「ディアーナはなんて優しい良い子なんだろう。あの人のことも、僕の事も気にかけてくれるその優しさはいつか世界を救うに違いないよ。天使かな?」
「顔を整えろって突っ込むヤツが今はいないんだから、大概にしておけよカイン。というか、魔導士団に入るための試験なんだろ? 手伝って良いのかよ」
イルヴァレーノはサッシャや、キールズとコーディリアの乳兄弟達と一緒に客間を整えている。マクシミリアンが囚人塔からこちらへ移るためである。
「ティルノーア先生は人に手伝ってもらってはダメだとは言っていないしね。良いんじゃないかな」
「そういうもんかぁ?」
「じゃあ、ディが聞いてみるね!」
ディアーナは(一応)隠れていたテーブルをグルっと回って表へでると、しゃきっと背筋を伸ばして顎を引いた。
「お、猫を被ったのか?」
「仮の姿じゃなかったっけ?」
ディアーナがシャキっとした瞬間を見て、キールズとコーディリアがこそこそと話している。それを聞き流して、カインもディアーナの後ろをついていった。
城の図書室は、勉強向けというよりも滞在者が余暇を楽しむための設備が中心になっている為、マクシミリアンの使っている机と椅子の他は、ゆったりとしたソファーと小さな簡易テーブルがあちこちに置かれている。
キールズとディアーナが丸見え状態で隠れていたテーブルは、外からの客が図書室を利用する時だけどこからともなく現れる司書が貸し出し手続きをする時に使っているものである。
マクシミリアンが図書室に入った瞬間には司書がテーブルにいたのだが、キールズとコーディリアが入室した時点でどこへともなく消えてしまっていた。
ディアーナは点在するソファーの間を上品にすり抜けていき、マクシミリアンが本を開いているテーブルの脇まで進んでいった。
「ごきげんよう。お勉強中に申し訳ありませんが、少しよろしいかしら」
ディアーナが上品に声をかけると、マクシミリアンはメモ用紙をしおり代わりにして本を閉じ、椅子から立ち上がってディアーナに向き合った。
「ごきげんよう、エルグランダーク公爵令嬢。何用でしょうか?」
丁寧に挨拶を返しているが、顔に焦りがみえる。侯爵家三男と公爵家長女なので、声を掛けられた時点で椅子から立ち上がるのは正しい対応なのだが、成人男性と九歳少女の体格差のせいでディアーナが完全に真上を向く勢いで首をそらしている。
カインがそっと後ろに立って肩に手を置いた。倒れないように支えるためだ。
「えーと。マクシミリアンおじさま」
「……年齢一桁のお嬢様からすれば、たしかに私はそう呼ばれても仕方がないかもしれませんが、世間的にはまだそう呼ばれるような年齢ではありませんので、できればマクシミリアンお兄様と呼んでいただけないだろうか」
「お兄様以外の方をお兄様と呼ぶと、お兄様がショックで寝込みかねませんの。それに、私のお兄様はお兄様だけなのですわ。ごめんなさい」
「……謝られるとなにやら、辛い気持ちになるので辞めてください。お嬢様の方が身分は上ですので、呼び捨てで構いません。もしくは、他の人達と同じ様に呼んでくださって構いません」
「まぁ、じゃあ私の事もディアーナと呼んでくださいな。マー君!」
「マー……」
ディアーナは、キールズの事はキー君とよび、イルヴァレーノの事はイル君と呼ぶ。そして、アルンディラーノの事はアル殿下と呼んでいる。
その流れで行けば、マクシミリアンは当然マー君である。
マクシミリアンは、ゲームの中では好感度が上がれば『マックス先生』と呼ぶ様になっていた。おそらく、ディアーナにも愛称であるマックスと呼んで構わないという意味だったのだろうが。
「ねぇ、マー君。新しい魔法を考えるのは一人でやるより皆でやるほうが良いと思いますの。一緒にお勉強しませんか?」
マー君呼びに呆けていたマクシミリアンが、ディアーナの提案を聞いて意識が戻ってきたようだが目を細めて渋い顔を作った。右手の中指でブリッジを持ち上げて眼鏡の位置を直したと思ったらふぅと息を吹き出した。
「これは、私に与えられた試験なのです。魔導士団の入団試験をかねているのですから、他人の助力を得たらいけないんです。お心だけ頂いておきます」
マクシミリアンは真面目だった。
カインは一歩前にでて、ディアーナの肩を抱き込むと目の前のマクシミリアンの顔を見上げた。口角をあげてニヤリと笑う。
「ティルノーア先生は一人でやれとは言ってませんよ。それに、一緒に勉強をするだけですよ。あなたの新しい魔法開発のお手伝いをするわけではありません。……僕たちの勉強や会話が、新しい魔法のヒントになることはあったとしても、ね」
「マー君は、もう属性最上位魔法は使えるのですわよね。でしたら、魔術書を読んでも目新しいことは見つからないのではなくて?」
「ディアーナの言う通りです。とりあえず、僕の圧縮熱湯沸かし法とディアーナのいきなりお湯出し法を思いついた経緯とかを聞き取り調査してみませんか?」
「もし、ティルノーア先生が言い忘れていただけで本当は一人でやらなくっちゃいけなかったときには、私が一緒にごめんなさいしてあげますわ」
「あぁディアーナ。なんて優しいの!? 天使かな? じゃあ、僕も一緒に謝って差し上げます。一緒にやろうと誘ったのは僕なんですってかばって差し上げます」
トーテムポール状になっているカインとディアーナからまくしたてられるように交互に話しかけられて、マクシミリアンはタジタジである。
年下に頼りたくないとか、自分の力で魔導士団の魔法使いを認めさせてやるとか、試験なんだから一人でやらなければならないとか、いろいろな思いがあって一度は断ったマクシミリアンであった。
しかし、エルグランダーク兄妹の押せ押せ攻撃にたまらず首を縦に振ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます