とりあえず、平和な朝が来る
客室に移動したカインは興奮して眠れないかと思ったがそんなことは無く、風呂に入って身ぎれいにすると布団に入った途端にぐっすりと寝てしまった。
中庭ダッシュと結界の維持で意外と疲れていたのかもしれない。
寝たのはすでに深夜になってからだったが、睡眠が深かったのか目覚めはスッキリだった。いつもどおりに運動の出来る服に着替えると、城の周りをランニングしてから朝食の場へと向かったのだった。
食堂には、カインとディアーナが一番のりだった。
「まだ誰もきていませんね、お兄様」
「昨日の夜はバタバタしていたからね。みんな寝不足で起きてこられないのかも」
イルヴァレーノの引いた椅子に座って、まだ誰もいないテーブルをぐるりと見渡した。それでも、使用人たちはもう働きだしていて朝食用の食器の準備はバッチリされていた。
「カイン様、ディアーナ様。どういたしますか? 先に朝食をめしあがりますか?」
厨房へと続くドアから、城の執事であるパーシャルが出てきて声をかけた。
晩餐と違って朝食は食べたり食べなかったりと個人の自由としている部分があるので、皆が揃うのを待つ必要はないのだ。
「他の人は起きてこなそう?」
「王太子殿下とキールズ様、コーディリア様はまもなく身支度が済むと聞いております」
「じゃあ、もう少し待つよ。いいよね、ディアーナ」
「みんなで食べたほうが、楽しいものね」
カインの言葉に、ディアーナがにこりと笑って頷いた。
朝日がレースのカーテン越しに優しく入り込む食堂。その優しい光を受けて輝く金色の髪に縁取られたやわらかなほっぺたと桃色の唇。慈愛と優しさに満ちつつも無邪気さも同居するその微笑みに、カインの心臓が止まりそうになった。
「しっかりしてください、カイン様。お顔を整えてください。久々にひどいですよ。どうしました」
イルヴァレーノがカインのすぐ後ろにやってきて、トントンと肩を叩きつつハンカチで頬を拭った。いつの間にか一筋の涙がこぼれていたようだった。
「ディアーナの笑顔があまりにも尊くて」
「……いつも通りじゃないですか。夏休みで再会してからもう二週間ですよ」
「今日この日、この時の笑顔はこの一瞬しかないんだぞ」
「屁理屈ですね。他に人が居ないから油断しただけでは? しっかりしてください」
カインが口をへの字にして拗ねたふりをしている姿をみて、もう大丈夫だと思ったのかイルヴァレーノは壁ぎわへと戻って控えた。
カインは上半身をねじって椅子の背もたれに肘を置くと、壁に控えるイルヴァレーノとサッシャに顔を向けた。
「ふたりとも、先にご飯食べちゃいな。ここはパーシャルが居るし、キールズ達が来るのを待つからしばらく手伝ってもらうこともないよ」
イルヴァレーノとサッシャはカインとディアーナの世話係なので、食事中は後ろで控えていることが多い。順次出てくる料理は食堂の給仕係がサーブしていくが、飲み物のおかわりやカトラリーの交換などは侍従や侍女がするからだ。
「私がここで待機しております。ふたりともカイン様のお言葉に甘えるとよろしいでしょう」
カインの言葉を受けて、パーシャルの顔をみたイルヴァレーノとサッシャ。パーシャルからのその言葉をうけてカイン達に一礼すると厨房へ続くドアから出ていった。
その背中を見送っていたら、横から「ふふふっ」というかすかな笑い声が聞こえてきた。
「ディアーナ?」
姿勢を戻してテーブルを向いて座り直し、横に座るディアーナを見た。口元に手を添えて上品に笑う姿はとても『お嬢様』らしかった。
「お兄様がお顔を崩されるの、私はとっても好きですのよ。だって、お兄様が私のことを大好きだって証拠ですものね」
「にやけてしまう以外にも、ディアーナが大好き! っていう合図は沢山だしてるんだけどなー?」
ディアーナがあまりにも可愛い事を言うので、カインはまたデレデレに溶けてしまいそうになったがなんとかこらえた。先程イルヴァレーノに注意されたばかりである。冗談めかして、軽口を口にすることで体裁を整えた。
「もちろん! 頭をなでてくださったり、過剰に褒めてくださったり、ぎゅっと抱きしめてくださったり。お兄様はいつでも私のことが大好き! って言葉以外でも伝えてくださいます。私はそれでいつだって頑張れるんですのよ」
「ディアーナ……」
一度は耐えた『ディアーナ可愛すぎる爆弾』の二発目は耐えられそうになかった。目尻がさがり、口が緩みそうになってくるカインだが、ディアーナが小さく手招きをしているので、内緒話を聞くように頭を寄せて耳を向けた。
ちらりとパーシャルに一瞬だけ目線を移したディアーナが、手を衝立のようにそえてそっとカインの耳元でささやく。
「お兄様は、もっと『世を忍ぶ仮の姿』を維持できるように鍛錬しなくちゃダメだよ」
崩れかけていたカインの顔が、キリッと瞬間的に元に戻る。まっすぐに伸びた眉、涼し気な青い瞳。うすく微笑んだ形の口元。
貴族的な感情の読みにくいアルカイックスマイルを浮かべてディアーナを見つめた。小さく首をかしげて「これでいい?」と態度で示してみる。
「お兄様、それ維持できるのですか」
「むり」
ふへっと空気の抜けるような音をたてて笑い、苦笑いしながら肩をすくめてみせた。何もない時は、愛想笑いのように貴族の顔を作ることはできるカインである。
ディアーナの前でなければ。
「ディアーナが可愛すぎるから、ディアーナの前では無理だな〜」
「お兄様ったら! ちゃんと練習しないとダメよ。私はちゃんとお兄様がカッコいいのに我慢してシャンとしてるのですからね!」
「え? 僕、カッコいい?」
「お兄様以上にカッコいい人なんて、見たことありませんわ!」
食堂に他に人が居ないのをいいことに、隣同士にすわったカインとディアーナはお互いを褒め合いながらお互いの肩をぶつけ合っていた。
執事のパーシャルが居ることも忘れている。
「朝からイチャイチャしてるなよー。このバカ
「それぞれだとちゃんとしてるのに、揃うとダメねー。カインとディは」
キールズとコーディリアが食堂へとやってきて、軽口を聞きながらカインとディアーナの向かいの席へと座った。カインとディアーナも、くっつけていた肩を離してお互いの椅子にきちんと座り直すと向かいの従兄弟たちにニッコリと微笑んだ。
「おはよう、キールズ。コーディリア」
「おはよう、キー君。コーディ」
父親が兄弟という、比較的近い血が流れているというのになんでこの兄妹はこんなにきれいな顔をしてるのかね、と。
キールズとコーディリアは顔を見合わせて苦笑すると、麗しの従兄弟たちへ朝の挨拶を返したのだった。
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