それが出来るのは二人だけ

キールズの言う通り、すぐにエクスマクスと騎士団数名が駆けつけてきた。

部屋の中で、結界を張っているカインと黒尽くめを抑え込んでいるキールズやイルヴァレーノを見てエクスマクスが一瞬目を丸くするが、直ぐに連れてきた騎士たちに黒尽くめの捕縛を命じたのだった。

黒尽くめがすべて騎士たちに確保されたのをみて、風の結界を解いたカインはディアーナに駆け寄って抱きしめた。


「ディアーナ! 怪我はない? 騎士と悪漢の戦闘に飛び込んでいくなんて、僕は驚きと心配で死んでしまうかと思ったよ!」


抱きしめつつも、体のあちこちをポンポンと優しく叩いたりさすったりしながら、怪我がないかを確かめていくカイン。されるがままに体を右へ左へと揺らされながらも、心配されることが嬉しいのかニコニコと笑っているディアーナ。そんな二人をみて呆れているイルヴァレーノ。


「後ろにキー君が居たから、大丈夫だと思ったのよ」

「せめて、事前に言ってくれ。飛び蹴りなんて、着地失敗して頭打ったり転んだやつが上から落ちてきたり危ないだろ。アルガが引っこ抜くの間に合ってよかったよ」


抑え込んでいた黒尽くめを騎士に引き渡したキールズがそばに近寄ってきた。カインに抱きしめられているディアーナの頭を上から軽くコツンとノックするように叩いた。

カインの腕の中から、首だけキールズへ向けて振り向くとディアーナは不思議そうな顔をした。


「お兄様やイル君は相談しなくてもディのフォローしてくれるよ」

「それはその二人がずっとお前のことを見てるからだよ、ディ。他の人にも出来ると思うんじゃない」


キールズの言葉に、ディアーナが口角を思い切り上げてニンマリと笑った。改めてカインの背中に腕を回してギュッと抱きしめ返すとその肩にぐりぐりとほっぺたを押し付けた。


「ディはお兄様にとっても愛されてるんだね」

「今頃気がついたの? ディアーナ」

「ううん! 実はずっと知ってた!」


二人で笑い合っている兄妹の姿に呆れた笑いがこぼれたキールズだが、指示を出し終えたエクスマクスがやってきたので顔を引き締めた。

カインとディアーナも立ち上がり、キールズと並んで立つ。


「城に移動する。この部屋は修繕が必要になってしまったし、乳母どのや母子についても今夜は城の客室に移っていただきたい。……警護に騎士を三人つけるが、キールズやカインも一緒に移動してくれ」

「わかりました」


エクスマクスが話す後ろを、捕縛された黒尽くめ達が連行されていく。覆面も剥がされて素顔の見えるようになった彼らを見送って、いつの間にか横に来ていたティルノーアが渋い顔をしていた。


「ティルノーア殿。申し訳ないが、客室に移動したら防音魔法をお願いしたい。今この城に赤子がいることを外に知られるわけにはいかないので……」

「はいはーい。そうくると思っていたよぉ。ね、カイン様。手伝ってくれるよネ」

「お手伝いさせていただきますとも」


エクスマクスからの要請に、渋い顔をパッと苦笑いにかえて肩をすくめたティルノーア。黒尽くめに知り合いでも居たのかもしれないと、カインは後で聞いてみようと心にメモをしておいた。


結界の中は外からの音も入ってきにくいせいか、アレだけドッタンバッタンやった割には赤ん坊二人は泣き出したりはしなかった。さすがに寝てはいなかったが、アブアブと指をしゃぶったりなにもない空中をつかもうとしていたりと、いつもどおりにご機嫌だった。

ノールデン男爵夫人とリベルティがそれぞれ赤ん坊を抱っこしつつ、カインたちでその周りを囲って城へと移動した。

緊張感や、襲われたという嫌な興奮を忘れるようにとどうでも良い話をしたり赤ん坊に話しかけたりとなるべく和やかな空気を醸し出しながら城へと戻ってきた。


城の玄関ホールには、ゆりかごの部屋で捕縛したのとは別の黒尽くめが山の様に積まれており、その手前にディスマイヤが仁王立ちしていた。

髪は濡れたまま、簡素なズボンと一つ置きにしか止められていないシャツのボタン。風呂の途中で慌てて出てきたのが丸わかりの状態で、腕を組んで立っていた。その顔は不機嫌そうな怒っているような、そんな顔だった。


「エクシィ。ネルグランディ騎士団は鍛え直しだ」

「……承知した。兄上」


近衛騎士団と領の騎士団で山積みの黒尽くめを縛ってまわっているが、玄関ホールの黒尽くめはこころなしかあちこち焦げているようだった。

中庭を抜ける際の和やかな空気は一瞬にして霧散してしまい、それぞれ母の腕にだかれている赤ん坊が「ふぇふぇ」と泣きそうで泣かない、ちょっとだけ泣いている状態になってしまった。

ゆりかごの部屋の襲撃犯に対して、騎士団の到着が遅いとかそもそもあんな城の敷地でも奥まった場所にまで踏み込まれるなんておかしいと思っていたカインだが、玄関に積まれている黒尽くめも仲間なのだとすれば別の場所で陽動でもあったのだろうと予想が付いた。


「カイン、キールズ。……ディアーナもか。おまえたちも今日は客室で寝なさい。王妃殿下や王太子殿下と同じ場所だ。固まってる方が警備がしやすい」

「わかりました」


カインとキールズが頷くのを見て、ディスマイヤは後ろの女性陣に目を移した。


「申し訳なかった。絶対の安全を保証しなければならない状況でこの体たらく。お怪我はないだろうか」

「大丈夫ですよ、お義兄様」

「ご心配ありがとうございます、公爵様。ティルノーア様や騎士様が守ってくださいましたし、カイン様もすぐに駆けつけてくださいました」


アルディとノールデン男爵夫人の言葉に、ホッとした顔をしたディスマイヤは赤ん坊のふぇふぇした顔を覗き込んで一つ頷くと、客室への移動を促したのだった。


「お父様、御髪が濡れたままですわ。お父様も早くお支度なさいませ。お風邪をめされないようお気をつけくださいね」


さり際、ディアーナがディスマイヤにそう声をかけると、ディスマイヤは初めて厳しい顔を緩めてふにゃりと笑ったのだった。

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