シリアスには向かない人

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カインが離れの屋敷にたどり着いた所で、バンっと破裂音が響いた。

見上げれば、二階のベランダから窓枠やガラスが飛び出して中庭へと落ちてくるところが見えた。


「あそこはゆりかごの部屋じゃないか!」

「カイン様、人影が見えます」


イルヴァレーノの声にカインが目を眇めてみれば、部屋の中からヨロリと黒ずくめの人影が出てくるところだった。二階のベランダなので、まだ屋敷の前にいる二人には手も届かない位置なのだが、咄嗟に身構えた。逃げようとして飛び降りてくるか!? と緊張していると、部屋の中からベランダに向けて火球が飛びだし黒尽くめの男をベランダの外までふっとばした。

男はしばらく空中を飛んだ後、中庭の生け垣へと落ちていった。


「ティルノーア先生だ!」

「落ちたのはどうしますか」

「すぐに城内の騎士か叔父様が来る。ほっとけ」


思うより早く起き上がられて、部屋に残っているかも知れない敵とはさみうちにされてしまう可能性もあるにはあるが、拘束出来るような道具も今は持っていない。

それよりは、一刻も早くゆりかごの部屋に到達して皆の安全を確認したいとカインは考えた。

イルヴァレーノを伴って離れの邸に玄関から入り、階段を駆け上がってゆりかごの部屋を目指す。部屋の前には、いつもなら不寝番の騎士が一名いるはずだったが今はいなかった。しかも、部屋のドアが開きっぱなしになっている。


「叔母様! ノールデン夫人! リベルティ嬢はご無事ですか!?」

「カイン様! やっと来てくれたぁ〜!!」


部屋に飛び込み、無事を確認するために叫んだカインに返答したのは叔母でも男爵夫人でもリベルティでもなかった。

ゆりかごを中心に風の結界を張って女性たちを守りつつ、部屋に侵入してきた黒尽くめに視線を定めて指先を向けているティルノーアだった。

部屋の入り口から風の結界までの間には敵が居なかったので、カインはそばまで駆け寄った。


「そこの棒振りが役に立たないからさぁ、もうボクが孤軍奮闘だったんだよね! 疲れちゃったし、カインさま結界か攻撃どっちか変わってぇ!」

「役に立たないとはなんだ! 貴様がくるまでに五人相手にしてたんだぞ! 護衛業務なんだから対象が無傷なら役に立ってんだよ!」


ティルノーアが役立たずと言いながらペッペッと手を振った先には、不寝番の護衛をしていた騎士がしゃがみこんでいた。白い騎士服の足元が赤く染まっていた。怪我をしているようだ。

カインはティルノーアの結界とそばに立つ自分とイルヴァレーノまで包む大きさで風の結界を発生させると、ティルノーア先生に向かって一つ頷いてみせた。

それを見て、ニヤリと笑いながらティルノーアは結界を解いて両手を前に突き出した。


「吹っ飛べ! 小火球!」


両手の前から小さな火球を勢いよく発射し、部屋に居た黒尽くめをベランダの外に押し出した。先程邸の下から見たのは、こういう事だったのかとカインは感心してしまった。

風の結界の範囲を狭めつつ、カインとイルヴァレーノは女性と赤ん坊のそばへと歩いていく。結界は、小さくコンパクトにした方が強度が強くなるのだ。


「ご無事でしたか? ティアニア様は?」


カインが心配そうに声をかければ、三人とも疲れが見える笑顔でそれぞれが「大丈夫だ」と答えた。


「イルヴァレーノ。騎士の怪我を見てやって。行けそうなら治して、ダメそうなら止血」

「わかりました」


カインの指示にイルヴァレーノは素直に頷いて、ゆりかごの前でしゃがみこんでいる騎士のそばへと移動した。足が思うように動かなくなりつつも、敵と赤ん坊の間にしゃがんで剣を握り続けていたらしい騎士は、ほっとしたように少し表情をゆるくしたのだった。


「カイン様〜。なぜ結界を風にしましたか? お得意なのは火でしょうし、日常良く使って慣れているのは水でしょう〜?」


ティルノーアがのんきにそんな事を聞いてくる。魔法の家庭教師としての質問を問いかけてくるのと同じ調子だ。


「室内で火の結界なんか張ったら火事になってしまいます。水は部屋が水浸しになって後で掃除が大変ですし。なにより、来る途中で火球で敵をふっとばしてるのを見ましたから。水で壁つくったら火球の威力へるでしょう」

「……さすがカイン様。花丸満点をあげましょうね。では次の問題。あの黒い人たちをどうすべきだと思います〜?」


カインが結界を請け負って負担が減ったからか、ティルノーア先生は軽快に両手で指をパッチンパッチンと鳴らしながら小火球を出して黒尽くめをベランダまで吹き飛ばしたり、足元につむじ風を起こしては黒尽くめを転ばせたりしている。

相手も相手で、警戒しながらスリングで石のようなものを投げてきたり小型ナイフを投げてきたりしている。結界のスキを付いて術者を怪我させれば御の字ぐらいに思っているのかも知れない。


当たり前のことだが、魔法で作られた結界は魔力が底を付けば維持できなくなるのだ。結界にダメージを与えて魔力消費を促すという「対魔法使い」の教科書どおりの攻撃をしてきているというわけだ。


「黒い人たちを倒して、安全を確保すべきだと思います」


カインの答えに、ティルノーアは片眉をくいっと上げてへの字口になった。満足行く答えではなかったようだ。


「黒い人達は殺しちゃいけないよね。背景がわからなくなるからね。適度に倒してもだめだよね。残りの人が倒した人を担いで逃げちゃうからね〜背景知られたくなくて。全員気絶させてもね、拘束する道具がここにはないしね。なので、正解は〜〜」


ティルノーアはそこで言葉をくぎってくるりと一回転した。裾が花びらの様にギザギザしたローブがふわりと広がって一瞬足元がみえる。

カインと向き合う位置でピタッと止まると、鼻の先に指をピッと一本立てた。


「時間稼ぎ。足止めをすることでした〜。事情が事情で、この城には今沢山騎士がいるからね〜。殺さない! 逃さない! 拘束する! 拷問する! そういうのが大得意な奴らが到着するまでアイツらを逃さないようにしつつコケにするのがボクらのお仕事だよぉ〜」


そう言うと、カインの鼻先に立てていた指をスッとベランダ側に立つ黒尽くめに向けて「凍れ! そして転べ!」と叫んだ。

ティルノーアの指先に居た黒尽くめの足元が瞬時に凍りつき、若干溶けかけ状態で発生した氷に足を取られて黒尽くめが尻もちを付いた。


「ティルノーア先生は……シリアスに向かない人ですね」


王族もいて、それに連なる赤ん坊もいる状態で爆発が起こるなどどうなってしまうのかと緊張していたカインは、苦笑しながらも肩の力が抜けていくのを感じたのだった。

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感想、誤字報告いつもありがとうございます!

書籍1巻 いよいよ発売3日前です。

いつも読んでくれる、皆さんのおかげです。


書籍化記念短編の第一段をアップしています。

時系列が本編とズレますので短編集として別枠にして、シリーズとしてまとめました。

目次ページの一番上、シリーズを押して行くか下のアドレスでお願いします!

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