めぐりめぐる

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赤ん坊が泣き出した後、オムツを替えて抱き上げてあやせば赤ん坊二人はご機嫌になって泣き止んだが、目がさえてしまったのかなかなか寝付いてくれなかった。

みなで変わりばんこにだっこして部屋やベランダをぐるぐる歩いたり高い高いして遊んでいるうちに、夕飯の時間になってしまった。


お茶の時間も忘れて赤ん坊と遊んでしまい、ティアニアとリベルティのルーツについて考察する時間がないまま子どもたちは城の本館へと戻ることになった。


夕食後、今日はそれぞれの部屋にもどって考えをまとめようということになったのでカインは自室に戻って勉強をしていた。

途中、ディアーナが遊びに来たのでイルヴァレーノと三人で「サイリユウム語でしりとり」という勉強兼遊びをして過ごしていた。


「カインちょっと良い?」

「アル殿下?」


部屋のドアを控えめにノックする音がして、イルヴァレーノがドアを開ければそこにはアルンディラーノが立っていた。

部屋に招き入れて、それぞれで適当な椅子に座って向き合った。


「カインの教えてくれた『可愛いは正義大作戦』のおかげで、この城にいる間はお母様と呼んでも良くなったんだ。公務もないのでもっと一緒に遊びましょうとも言ってくださったし、今夜は一緒に寝てくださるんだ」


もじもじと指先をいじりながら、もう九歳で恥ずかしいんだけどねと付け足した。


「良かったですね。今までの分もめいいっぱい甘えると良いですよ」

「うん」

「アル殿下は、いままでお母様といっしょに寝ていなかったの?」

「うん」


ディアーナが「ほわっ」という声を出しながら背筋をのばして目を丸くした。ディアーナは一昨年まで両親と一緒に寝ていて、去年から半分自分の部屋で寝て、半分両親の部屋で寝ていた。今年になって毎日ちゃんと自分の部屋で寝るようになったのだった。


「夜におトイレ行きたくなった時、ひとりだと怖くなかったの?」

「部屋の外に不寝番の騎士が居たので、こわくないよ」

「えらいねぇ」


ディアーナが、手を伸ばしてアルンディラーノの頭をイイコイイコとなでた。椅子からギリギリ手を伸ばしていたので落っこちそうになったが、後ろに立って控えていたイルヴァレーノが咄嗟に脇腹を支えて椅子に戻した。


「それでね。カイン、ディアーナ。僕考えたのだけど……」

「はい」

「うん」


母親に甘えられるようになったことの、お礼だけをいいに来たのではなさそうだった。なんとなく頼りない顔をしながら、上目遣いでカインの表情を伺うように覗き込むアルンディラーノ。

もじもじと、相変わらず両手の指先を付けたり離したりしながら言葉を選ぶように考え込んでいる。カインもディアーナも、急かさずアルンディラーノが口を開くのを待っていた。


「ティアニアとリベルティを、引き離さない方法はなにか無いだろうか?」


ようやく、意を決して口をひらいたアルンディラーノはそう言って顔を上げた。その目は真剣そのもので、口もキリッと引き締めていた。


「ティアニアは、王族の血を引いているので市井で育てると危ない。へたな貴族家にあずけると謀反とか派閥とかの関係で国が乱れる可能性がある。他にも教えてもらえない理由があるけど、だから王家の子として育てる」


アルンディラーノが指を折りながら話していく。


「ティアニアを王家の子として育てるには、リベルティが本当のお母さんだと知られてはいけない。乳母としてそばに仕えさせるには『誰か』に似すぎているからダメ。その代わり、ちゃんと幸せになれる様に良いところにお嫁さんに行かせる」


そこまで口に出して、改めてカインとディアーナの顔を見つめるアルンディラーノ。少し迷ったように口ごもった後、椅子から立ち上がってさらに発言を重ねた


「僕も、王太子としてちゃんとしなきゃ! っていままで頑張ってきたし、お母様とお父様と一緒にいる時でも公務だからってあんまりお話したり手をつないだりできなかったんだけど、よくできたねって大きい手で頭をなでてもらったら嬉しかったし、刺繍を手ほどきしていただくのに手を添えていただくとお母様のいい匂いがして嬉しかったし。でも、それでも」


アルンディラーノは、自分で言っていて感極まってきたのか目尻に涙が浮かんできていた。それを袖口でぐいっと拭ってから頭を軽く横にふると顎をあげた。一旦キリッとした顔をするが、すぐにふにゃっと笑った。


「お母様に肩を抱かれるともっと嬉しいし、膝枕して頂いたら泣きそうになったし、一緒に寝るときには子守唄を歌ってくださると約束してくださったんだよ! それで、僕はとっても胸があったかくなって、ジーンとしちゃったんだ」


手の平を自分の胸にあてて、軽く擦る。アルンディラーノは、小さく息を吐き出して椅子に座り直した。


「あのね、カイン。やっぱり、お母さんと赤ちゃんは一緒に居たほうがいいよ。王族から下賜するということで、リベルティはきっと相手に大事にされるってお母様は言うし、お母様とお父様もティアニアをちゃんと可愛がるって言うけれど。赤ちゃんの事が嫌いなお母様も世の中にはいるって前に家庭教師の先生が言っていた事もあるけど、リベルティはティアニアの事が大好きみたいだし」

「お世話はへたくそだけどね」


ディアーナの茶化しに、にっこり笑ってうなずきながら拳をにぎるアルンディラーノ。


「僕だって、お父様とお母様に大事にされてるってわかってるけど、ご一緒できる時間が少ないのは寂しかったんだもん。ティアニアを王家の子として育てるのに邪魔だから、遠いところに下賜しちゃえって言うのは、やっぱりおかしいよ。ねぇ、カイン。何かいい方法を一緒に考えてよ」


アルンディラーノのそのセリフを聞いた時、カインは思わず立ち上がってアルンディラーノを抱きしめた。


自分に注目を集めたくて、振り向かないディアーナを掴んで突き飛ばした子が。

褒めてもらえるのが嬉しくて、既婚子持ち女性を振り向かせようとして大きな声を出していた子が。

ディアーナと剣で再戦するために王族命令を出そうとして怒られていた子が。


人の幸せの為に、なにかできないかと考える様になったのだ。

カインが一番心配していた「自分の恋愛を成就させるため、婚約者であるディアーナを書類上でだけ結婚し、後に他人に下賜する」というド魔学の王太子ルートを否定する言葉を口にしたのだ。


「カイン?」


抱きしめられて、嬉しい反面戸惑いが隠せないアルンディラーノが恐る恐るカインの背に手をまわしてそっとなでた。昼に甘えた母親が自分にしてくれたように。


「優しい王子様に育ってくれて、ありがとう。アル殿下」


自分の肩口に頭を乗せているカインのその言葉に、アルンディラーノはにっこりと微笑んだ。


「ならそれは、カインが僕に優しくしてくれたからだよ」


なんとなく疎外感を感じたディアーナが、カインの背中にひっついた。

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アル殿下が剣で再戦の話は、そのうち短編で。カインの居ない時に発生してるので本編で出てきません。

コミックシーモア様で、電子書籍版の先行配信がはじまりました。電子限定SSも着いていますのでよろしくおねがいします。

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