隣の隣が多すぎる

誤字報告、感想いつもありがとうございます。

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「キールズ様、調べてきましたよ」


アルガが地図を持ってやってきた。ゆりかごの部屋には大きなテーブルなどは無いので床に広げて皆で覗き込む。


「ネルグランディはリムートブレイクの東側の国境なので、東側には隣も隣の隣もありません。ネルグランディに隣接してる領は北に一つ、南に一つ。内地に向かって北西に一つと、南西に一つなので四つです。隣の隣ってなると、その更に隣なので……」


言いながら、アルガが地図を指差していく。今のリムートブレイクでは詳細な測量などは行われていないので地図といってもだいぶザックリとしていて模式図的に表記されている。それでも、領地同士の繋がりや大まかな広さは写されているようで、ネルグランディはだいぶ大きく描かれていた。

北と南は、そちらの領地も国境沿いになるので、隣の隣に関しても北と西、南と西に一つずつ領地が有るだけだった。しかし、問題は国土の内側の『隣の隣』だった。


「隣の隣が多すぎるわね」


コーディリアがこぼしたとおり、ネルグランディ領の北西と南西に隣接する領地は一つずつしかないが、その領地の内側に隣接している領地の数が多いのだ。

国内の各領地は、王都に近くなるほど小さくなる傾向にある。国境にあるネルグランディ領が一番大きく、その内側に隣接している領はネルグランディより小さいので二つが隣接している。その二つの領より更に内側の土地はもっと小さくなっているので隣接領が多くなっている。


「ふーん。サイジーズに、ノアレッティに……。あーなるほど、カイン様。リベルティ嬢のお嫁入り先は、多分ここだね」


子どもらに混じって地図を覗き込んでいたティルノーアが、一つの領地を指差した。そこは、ネルグランディ領の北隣の領地の更に北西に隣接している領地だった。

地図には「アイスティア」と書いてあった。


「なぜここだと思うんですか? ティルノーア先生」


カインが上から覗き込んでいるティルノーアを見上げるように振り返り、問う。ティルノーアは片目を眇めて片目をひらくという器用な顔をしながら姿勢を戻して腰を伸ばした。


「そこは、王家ゆかりの地だからだよ。ボクの年齢ぐらいでもちょっと怪しいかもしれないけど、もうちょっと歳を取ったひとなら覚えてるだろうし感慨深い土地だよ」

「王家ゆかりの地ですか? ぼくは何かあると聞いたことがないですよ」


カインの師であると聞いているので、アルンディラーノもティルノーアに対して丁寧語で話す。

王家の墓があり、代々墓守をしている一族が住んでいる土地。王家主催の狩猟大会の為に広大な森を維持し、その管理を任されている一族が住んでいる土地。引退した王族が静かに過ごすための穏やかな気候の土地。そういった、王家ゆかりの地についてはアルンディラーノもある程度は把握している。

九歳になり、父や母と一緒にこなす公務の数も増えているため何度か足を運んだことのある土地も有る。

それでも、アイスティアという土地には行ったことはなかったし王族史の教師から教わった記憶もなかった。


「あんまりおめでたい話題でもなかったからね。アルンディラーノ王太子殿下が生まれるよりも遥かに前の話ですし。殿下は、今の国王陛下にお兄様がいらしたことはご存知ですか?」

「お会いしたことはないけど、知ってます。でも、王族史で習っただけなので陛下からもお母様からもお話を聞いたことはないです」


アルンディラーノが首を横に振った。居るのは知っているが、伯父としての王兄を知っているわけではないという意思表示だった。


「ていうか、この流れでその話をするということはもしかして」


カインが、ティルノーアと地図を交互に見返す。ティルノーアが満足そうな顔をして大きくうなずいた。


「そう、アイスティアは王兄殿下がいらっしゃる土地だよ。臣籍降下せず、王兄という立場のままこの土地を治めておられる。王位継承権は放棄されていて、ご結婚もされていない。ご高齢だしお体も強くないので実質的には侯爵家が領地運営をしているって聞いてるけどね」


カイン達にとって、色々と初耳な話である。「国王陛下に兄がいたが、今はいないことになっている」んではなかったのか。ディアーナがイアニスからそう習ったと先日言ったばかりの話だ。


「さすがに、王兄殿下は年齢が高すぎるから嫁入りとなると微妙かなって思うけど。訳ありの王族を預けるには丁度いいんじゃないかなー。この地図をみて、隣の隣で関係ありそうっていうと『王兄殿下の治める土地』以外なさそうかなって思うんだよね、ボクは」


藍色のローブから片手だけをだして顎をつかみ、明後日の方向に目を向けて自分の記憶をさぐっているティルノーア。まだ何か言うことがあるようで、えーとね、うーんとね、と言葉にならない言葉をつぶやいていたが、


「そうそう。アイスティアを治めているのは王兄殿下って事になっているけど、体の弱い王兄殿下のお世話係として実質的に領地運営をしている侯爵家なんだけどね、そこがサージェスタ侯爵家なんだよ。さっき、若様がどうのってディアーナ様が話してたよね。王族関係として王兄殿下。リベルティ嬢関係としてサージェスタ家。二つそろったんだから、ここで決まりじゃないかな?」


服飾工房で働いていたリベルティの刺繍の腕を見込んで専属として引き抜いたのが「サージェスタ侯爵家」

そしてそこの若様とリベルティが恋仲になって、身分違いということで引き裂かれて飛ばされた先が「アルフィス公爵家」

王兄が王位継承権を放棄して治めているのが「アイスティア」

そこを実質運営しているのは「サージェスタ侯爵家」

たしかに、リベルティをめぐるアレコレだとすれば、アイスティア領が一番しっくり来るのかも知れない。


「リベルティ嬢に、王兄殿下の後見をつけるため?」

「さぁ、そのへんはどうかわかんないなぁ。条件としてはそこが一番あやしいよね〜って話だから」


カインの質問に、ティルノーアはわりといい加減な返事を返してきた。カインは肩をすくめた所でノールデン男爵夫人の赤ん坊が泣き出した。

その泣き声で「はっ!」と割と大きい声を出して目を覚ましたリベルティは、左右をキョロキョロと見渡してノールデンの方のゆりかごを覗き込んでゴソゴソやったと思ったら困った顔をして振り向いた。


「カイン様ぁ。おむつ濡れてる〜」


リベルティは、子どもを生んですぐに体調を崩し、持ち直したと思ったら馬車での長旅で、ネルグランディ城に着いてからもしばらくは寝込んでいた。そのため、赤ん坊の世話の仕方がまだ良くわかっていないのだ。

困り顔のリベルティからのヘルプに、カインは苦笑しながら立ち上がった。


「はいはい。今行きますよー」


ノールデンの赤ん坊の泣き声につられてティアニアも泣き出したので、幸せを考える会はいったん休憩となった。

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カインとディアーナの家。筆頭公爵家「エルグランダーク」

王弟殿下が婿入りした家。公爵家の一つ「アルファディング」

リベルティを引き取った家。公爵家の一つ「アルフィス」

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