最後の手段
―――――――――――――――
「ラチが! あかない!」
ティアニアの世話を子どもたちもかわりばんこでするようになってから一週間が経っていた。
リベルティの年齢は十八歳ということで、子どもたちは話し相手に丁度良いらしく、イルヴァレーノの他にコーディリアとディアーナは赤ん坊の世話の他にリベルティの話し相手にもなっていた。
リベルティはだいぶおしゃべりなので、聞けばなんでもかんでも話してくれるのだが、そこに有用な情報はあまりなかった。
「わかったことと言えば……」
キールズが、ペンをクルクルと指先で回しながらぐるりと部屋にいるメンバーの顔を見た。
「リベルティは孤児院出身の孤児だけど、お母さんが生きてる可能性があるんだよね」
「孤児院を卒院した後は、服飾工房で住み込みで働いていたけど、刺繍の腕を見込まれて貴族の家に専属として雇われたと言っていたわね」
「そこの若様と恋仲になったけど、若様のご両親に反対されて駆け落ちして、見つかって、若様と別れさせる為に別の貴族家に使用人として入れられて……なんだっけ?」
「そこで、お腹に子どもがいることがわかって、そこの貴族家の旦那様に襲われそうになったところを逃げたら……」
「母上の馬車に轢かれそうになって、母上に保護されたと言ってたね。王宮は豪華過ぎて吐きそうだったって言ってたのが面白かったよ」
「それ、ただのつわりだったんじゃないかな」
皆がそれぞれに口にする言葉を、キールズが紙に書き留めていく。
「恋愛小説みたいだな。波乱万丈じゃないかよ」
「コレだと、ティアニア様のお父さんはその最初の貴族家の若様じゃないかって話になるわけだけど」
「王家とのつながりがさっぱり出てこない」
「しかも、リベルティ嬢はなんで最初の貴族家も次の貴族家も家名を覚えてないの……」
「最初が侯爵家で、次が公爵家だった事は覚えてると言ってました」
カインが、リベルティに聞いたときには「いっちばん最初にお名前をうかがったと思うんだけど、旦那様とか若様とか奥様とかお嬢様とかしか呼ばないから忘れちゃいました」と言っていた。
「よりにもよって恋仲になった若様のお名前が『リカルド』だし」
リカルドは、先王の名前である。存命中の王族から名前をいただくのは不敬であるが、歴代の王族から名前をいただくというのは割とある話で、現在二十代半ばぐらいの年齢の貴族男性には『リカルド』がとても多いのだ。
「ウチじゃないことだけは確実だから、二番目の貴族家が公爵家なら、公爵家残り二家のどちらかだ。若様のいるのが侯爵家だとすると、えーと今王都に住んでる侯爵家は……」
カインが、頭の中でリムートブレイクの貴族リストを広げようとするが、サッシャが先に口を挟んだ。
「侯爵家は、建国からあるのが四家、四代以上つづいているのが五家、新興が六家でございます。新興六家のうち、三家は先代か先々代が陞爵された家です」
「その中で、息子にリカルドがいる家ってわかる?」
「リカルドという長男のいる家でしたら、二家です。ですが、タイミング的にその二家はありえません」
サッシャが、きっぱりと言う。カインは首をかしげながら、先を促した。
「侯爵家の子息でリカルド様というお名前の長男は、どちらも近衛騎士団に所属していて王城の寮に住んでいるからですわ。全く帰省しないという事はないでしょうが、お針子という表に出ない使用人と恋仲になるような時間は持てないと思います」
「あー……なるほど」
サッシャは、ディアーナの侍女としてエルグランダーク家に来る前は王城で女官をしていた時期がある。歌劇の姫君と騎士という演目の騎士に憧れ、念願の騎士達の身の回りの世話係になったはいいものの、デカイ・クサイ・ガサツ、という現状を知ってしまい『やっぱり美しいお嬢様に完璧に仕える侍女になるのだわ』と転職したという経緯がある。
女官時代は結婚相手探しも兼ねていたので、名前や爵位についてもチェックしていたのだろう。
「結局の所、陛下と王妃殿下の子として引き取る意味がぜんぜん見えてこない」
「やっぱり、ティアニア様本人ではなくリベルティ嬢が王家の血筋を引いているとかじゃないか?」
「やんごとなき血筋のリベルティ嬢を、孤児院に預けるかな?」
「迎えに来るって言っていたんだし、やむにやまれぬ事情があったんだろうよ」
「その、やむにやまれぬ事情っていうのがわからないのがねぇ」
「やんごとなきって言ったって、じゃあリベルティ嬢は誰の子なの? と言うところに戻ってきちゃうのよね」
ここの所、この話でぐるぐると回ってしまっている。
「若様とリベルティ嬢の恋仲を応援するのが、一番スッキリするんだよな。王家の子として育てるぐらいなら、王家が後見に立つことで身分差をチャラにしちゃえば、リベルティ嬢と若様が結婚することだってできるだろう」
平民の娘を男爵令嬢にすることで婚約できそうな男、キールズがそう言えば、
「婚前交渉、婚前出産も結構な醜聞ではありますけれど、それが一番収まりが良いのは確かですね」
「今だって、生まれ月を半年ずらすとかやろうとしているんだから、そのへんはなんとかごまかしちゃえば問題ないのではないかしら」
サッシャとコーディリアもその案に票を入れた。
「リカルド若様には、政略結婚する予定の婚約者がもういたとかなら無理でしょう。リベルティの方が浮気相手ってことになってしまうよ」
リカルドが誰なのか、駆け落ちから連れ戻された時に預けられた公爵家がどこなのか。リベルティの親はだれなのか。
まったく情報が足りなすぎて、話が全然すすまない。
「ぜんっぜん話が前に進まない! ラチがあかない!」
カインが自分の頭をワシャワシャと力いっぱいかきむしり、ああー!! と叫んで机に突っ伏してしまった。
「もう、自分たちで調べるのにも限界があるんじゃないか? 当事者であるはずなのにリベルティ嬢が思った以上に何も知らないのが痛すぎる」
キールズも、ペンをポイッと紙の上になげだしてしまった。まとめる情報も殆どない。
「……これだけはやりたくなかったが、仕方がない。最終手段に出よう」
机に突っ伏したまま、カインが低い声で唸るようにそういった。
「なんだよ。カイン、何か作戦があるのか?」
キールズに軽く頭をチョップされて、カインは頭を机に付けたまま縦に振った。
「可愛いは正義大作戦だ」
「はぁ?」
「もう、直接事情を知っている人に聞く。それしかない。僕が聞いてものらりくらりと躱されるけど、躱せない人が聞けばいいんだ」
「それで、可愛いは正義大作戦か?」
カインの発言と作戦名だけで、部屋にいる全員がおおよそ何をするのかわかってしまった。安直すぎないか? と皆が不安に思ったが、もう分かる人から全部聞くしかないという状況であることには同意だった。
「できればやりたくなかったんだ……。俺はなんて無力なんだろう」
最後のカインのつぶやきは、本当に小さな声だったので誰にも聞こえなかった。
―――――――――――――――
沢山のお祝い感想ありがとうございました。
ますます精進して、頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます