可愛いは正義大作戦(サイドD)
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−−コンコン。
ネルグランディ城にあるディスマイヤの執務室のドアが控えめにノックされた。誰何をせずにディスマイヤは座ったまま「どうぞ」とドアに向かって声をかける。書類から目を上げもしていない。
建て付けの良い厚い扉は音も無く内側に開き、ぴょっこりとディアーナが覗き込んできた。
「お父様。お仕事いそがしいですか?」
バネが外れたおもちゃみたいな勢いで書類から頭を上げたディスマイヤは、ドアからのぞくディアーナの顔をみてふにゃりと顔を緩めた。
「やあ、ディアーナ。入っておいで」
目を細めて、にこりとわらってディアーナを呼ぶディスマイヤだが、ディアーナはきょろきょろと部屋の中を見渡して不安そうな顔をした。
「どうした? なにか気になることでもあるかい?」
「お父様のそばにお仕えする人はいらっしゃらないの? ドアの外に騎士もいませんわよ」
ディスマイヤはエルグランダーク公爵家の当主であり、リムートブレイク法務省の事務次官でもある。王都の邸では執事のパレパントルを筆頭に侍従が三人ほど仕事を手伝っているし、部屋の前には警備の為の騎士が一人か二人立っている。
それが、今は誰もいないのだ。
「今は、色々事情があって手が足りないからね。私の仕事も遠隔で指示を出したり承認したりといった内容だから手伝いは断っているんだよ」
「お仕事はそうでも、護衛は必要ではありませんの?」
「ふふっ。ディアーナはやさしいね。こうみえても、お父様も結構つよいんだよ?」
部屋の中をディアーナがしずしずと横切ってディスマイヤのそばまでやってきた。イスのひじ置きに手を置いて乗り出して、ディスマイヤを下から覗き込んだ。
「それなら安心ね。ふふふ」
ディアーナがお上品に笑ったのを見て、ディスマイヤはディアーナを持ち上げて自分のひざの上に乗せた。自分のスーツの肩やそでに乗っかった巻き髪を整えてやり、綺麗に巻かれている髪を乱さないように慎重に頭をゆっくりとなでる。
「こうやって抱っこするのは久々だからかな。ディアーナもだいぶ重たくなったね」
「お父様。レディにそういうことを言ってはいけませんわ」
「ごめんよ。でも、成長したんだなって感じてうれしいんだよ」
ポフポフとやさしくあたまを叩くのに、ディアーナもあわせて頭をゆらして機嫌が良いことを表に出した。
「ねぇ、お父様。ティアニア様は王様と王妃様の子じゃないのに、お二人の子として発表するの?」
「・・・・・・どうして、ティアニア様が王様と王妃様の子じゃないと思った?」
ディアーナは、小細工をしかけずにまっすぐに聞いた。ディスマイヤのひざの上から、天を仰ぐように首を反らせて父の顔を見上げたディアーナは、ジッと目を合わせてまじめな顔をした。
「ティアニア様のお母様は、リベルティだから王妃様じゃないよね?」
「そうだね」
「リベルティはね、王様は建国祭のご挨拶を遠目で見たことしかないんですって」
「そうなのかい」
ディアーナは、リベルティと国王陛下に面識が無いことを言いながら注意深くディスマイヤの顔を見つめていた。カインから、何を言ったときに表情が変わったかを見ておいてね、と言われているのだ。
ディスマイヤの顔は、穏やかな笑顔のまま特に変わっていない。
しかし、ディアーナの次の一言でその顔が崩れた。
「それにね、リベルティはイル君のお姉さんなんだよ」
「えぇ!?」
目を大きく開いて思わずと言った驚愕の声が口からでた。ディアーナの頭をなでていた手をとっさに口に持っていって塞ぐが、もう遅い。
「イルヴァレーノの姉ってことはフォ・・・・・・いや、孤児院の子ということか?」
「うん。イル君が入った次の年には卒院しちゃったから、一年しか一緒にいなかったんだって」
「・・・・・・・」
ディスマイヤが黙り込んでしまった。難しい顔をして、なにやら考え込んでしまっている。ディアーナは、しばらく待ってみたがディスマイヤがちっともしゃべりださないので、自身の顎を掴んでいるディスマイヤのそでを掴んでクイクイと引っ張った。
「お父様?」
「ん? ああ、すまない。イルヴァレーノと、リベルティ嬢が同じ孤児院出身というのは間違いないのかい?」
「うん。『イル坊』『リベルティ姉ちゃん』って呼んでるし、リベルティがイル君の小さい頃のおはなし聞かせてくれると、イル君がわぁー!ってさえぎろうとしてお顔真っ赤にしてるからね」
「そうか・・・・・・」
また、難しい顔をして黙り込みそうになったディスマイヤのほっぺたをぺちぺちと叩く。意識を自分に向けようとして、膝の上で上半身をぐりっとねじって頭の上にあるディスマイヤの顔を見る。
「お父様?」
「……あんにゃろう。見失ってやがったな……」
「お父様?」
「はっ。なんだい。ディアーナ。なんだっけ?」
普段、ニコニコと笑っているかお仕事中に真面目な顔をしているかしか見ない父の顔が、忌々しそうに歪んだのをディアーナは見逃さなかった。
すぐに、意識をディアーナに移してまた普段の優しそうな顔に戻ったが、一瞬だけのその表情はディアーナに印象強く残った。
「ティアニア様を、なぜ王様と王妃様の子として発表するのって聞いてるところだよ」
「そうだったね。うーん。ティアニア様は、間違いなく王様と同じ血が流れているからだよ。王様と同じ血が流れている子を、普通の家庭で育てるわけにはいかないんだ」
ディアーナの仮の姿がポロポロと剥がれ始めている。父と二人きりだという気安さも有るし、カインから『子どもっぽくおねだりして良い』と言われているのもある。
「ねぇ、お父様。ディね、リベルティとお友達になったのよ。でも、リベルティはどこか遠くへお嫁に行くのでしょう? 落ち着いたら、ディもそこに遊びに行っても良い?」
聞きながら、先程ねじった上半身をそのままコテンと倒してディスマイヤの胸によっかかった。ディアーナを支えるために、ディスマイヤは片腕を肩にまわして半分抱っこするような形でささえてやった。
「淑女になる」と宣言して、世を忍ぶ仮の姿を纏ってからはなかなか抱っこもおんぶもおねだりされず、自分から言ったことではあるのだが少し寂しい思いをしていたディスマイヤである。
素直に甘えてくるディアーナが可愛くて仕方がなかった。無意識に、肩を支えている指先をトントンと叩いてディアーナを落ち着かせようとしてしまう。
「お友達になったのか〜。ディは可愛いし社交性もあるからねぇ。すぐに仲良くなれるんだね」
「ねぇ、リベルティはどこにお嫁に行くの?」
「うーん。それはまだ内緒なんだよ、ディアーナ」
「えー。ディにだけ、こっそり教えて? ね、お父様」
「うーん」
さすがに、公爵家当主という肩書は伊達ではない。いくら可愛い娘のおねだりでも言えない事は言えないと口をつぐむディスマイヤ。逆に問い返したり、微妙にずらした言葉を返してみたりしながらディアーナの質問を躱していった。
しかし、数年ほど『世を忍ぶ仮の姿』である淑女ディアーナを見慣れていたディスマイヤにとって、自分を「ディ」と呼んで、砕けた口調で、上目遣いで、全身を委ねるように体を預けて甘えてくるディアーナは可愛すぎた。
結果「本当は話さないほうがいいんだけど、どうしてもというときはここまでは話しても良い」という範囲を少し超えてディアーナに話してしまったのだった。
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お誕生日のお祝い評価で、異世界転生/転移のファンタジー日間ランキングで2位をいただきました。
本当に、ありがとうございました。
感想欄への、お祝いの言葉もどうもありがとうございます。とっても嬉しいです!
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