お母さんまだかな
いつも読んでくださりありがとうございます。
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さて、赤ん坊をお世話する手伝いの為にここまでやってきたカイン達だが、赤ん坊がすやすやと寝ている間は特にやることがない。強いて言うならば『寝ている子を起こさないように静かに過ごす』のが仕事だと言える。
ティアニアの事は(指を離してもらえないので)アルンディラーノが見守っていて、ノールデン男爵の子はコーディリアとディアーナが椅子に座って眺めている。
夏らしく気温が上がってきているが、窓とドアを開け放っているので風が抜けていくので比較的過ごしやすい気温と湿度になっていた。
ノールデン男爵夫人は部屋の隅にある大きめのソファーの上で薄掛けをかぶって横になって目をつむっていた。王妃殿下の侍女やアルディと手分けして子育てをしているとは言え、赤ん坊二人の世話をしていたのだから疲れていたのだろう。九歳から十五歳の子どもたちとはいえ、人数が増えたことで気を抜くことができたのならよかったとカインは息を吐いた。
「イルヴァレーノ、ベランダに出ようか」
カインが声をかけて、開いている窓のほうを指差した。目だけで承諾の返事をするイルヴァレーノと連れ立ってベランダへと出た。
ベランダには、鉄製のテーブルと椅子が置かれている。雨が降っても大丈夫なようにクッションは置かれていない。こういった設備でお茶でも飲むのであれば部屋からクッションなどを持ってくるものだが、カインとイルヴァレーノは気にせず硬い座面に腰を下ろした。
「リベルティ嬢の、顔の傷というのはどんな傷だった?」
「広範囲でしたが、傷そのものはどれも浅いものでしたよ。おそらく、引っかき傷ですね。傷も新しいので、付けたのは自分じゃないですか」
「自分で自分の顔を?」
今の所、一番の収穫はティアニアの母であるリベルティがイルヴァレーノと知り合いだったという事である。イルヴァレーノという取っ掛かりから、このわけのわからない状況を整理できないものかと頭を回転させている。
「怖い思いをしてから孤児院に来る子には時々いるんだ。寝ている時に、何かを避けようとしたり退けようとして、自分の顔や体を引っ掻いて傷をつけちゃう子が」
「リベルティ嬢もそうだと?」
「僕とリベルティ姉ちゃんは歳も離れているし孤児院で一緒に居た時間が短いから、姉ちゃんがそうだったかは知らないよ。僕が知ってる姉ちゃんは違ったけど、小さい頃はどうだったかわからない」
小さい頃はともかく、今。無意識に自分を引っ掻いてしまうような悪夢にリベルティがうなされているのだとすれば、それは何故か。ティアニアは、望まれた子なのか怪しい気がしてきたカインである。
「カイン様が気にしてる事はなんとなくわかりますけど……。リベルティ姉ちゃんは、母親が直接孤児院に預けた子だって聞いてます。『いつかきっとお母さんが迎えに来てくれるんだよ』『まだかな』って時々言ってました。……結局迎えは来なくて、服飾工房へ住み込みで働くために七歳で孤児院を出ました」
ティアニアの母がリベルティであり、父親が国王陛下でないのだとすれば、次に考えられるのはリベルティ本人が王族であるという可能性だった。それをカインが知りたがっていると察してイルヴァレーノはリベルティの略歴について語ったわけだが。
「その母親が誰かって事がわからなきゃ、結局この線から探るのは詰みだなぁ」
「服飾工房で働き出した後は、他の兄姉たちと同じように自分の給金の一部を孤児院に寄付するついでに孤児院に顔を出していたので、姉ちゃん卒院後に入った子も姉ちゃんの事は慕っていましたよ。僕も、姉ちゃんとは一年しか時期がかぶらないから本来なら記憶も曖昧なはずですけど、姉ちゃんが卒院後も頻繁に遊びに来るから……」
仲良くなったということか。カインは、照れくさそうに顔を赤くして口ごもるイルヴァレーノを優しく目を細めて見守った。
そして。子どもたちが好きだから、孤児院は実家だから。そういった理由で卒院後も遊びに来るというのはもちろんあるんだろうけれど。先のイルヴァレーノからの説明のとおりであれば。
「卒院後に母親が迎えに来て、すれ違うんじゃないかって心配だったのかね」
「……そうでしょうね。ずっと楽しそうに喋り続けていましたが、帰り際とかたまに『まだなのかな』って孤児院の玄関を眺めていることがありましたから」
もちろん、服飾工房に就職した事も、服飾工房の場所も神殿長や孤児院長は把握しているのだから、母親が迎えに来ればその場所を教えないわけがないのだ。孤児院に遊びに来ないからってすれ違って会えないなんてことはないはずである。しかし、それがわかっていても足を運ばずには居られなかったんだろう。
「リベルティ嬢のお母様かお父様が、王族に連なる人物の可能性があるのか……?」
少しでも可能性のある血脈を、筋の悪いところに担ぎ上げられて謀反でも起こされたら困るということだろうか。でも、そうであればこんなややこしい事などせずにリベルティを保護した上でティアニアは養女として迎えるといったやり方でもいいんじゃないかとカインは考える。
謀反を起こすにしたって、ティアニアは女の子なのでそのまま担ぎ上げるというわけには行かないのだ。リムートブレイク国王は男児が継ぐ事になっている。ティアニアを王に据えて摂政政治をするというわけにはいかないのだ。
どうしても女児しか産まれなかった時には、王家の血筋を引く公爵家あたりから養子を取り、王女を后に据えるといった措置も取られるが、次代としてはすでにアルンディラーノが居る。
「また、リベルティ姉ちゃんと話す機会を作ってそれとなく聞いてみます」
「たのむよ、イルヴァレーノ」
カインに「たのむよ」と言われて、イルヴァレーノは嬉しさを隠しながらぶっきらぼうに「お任せ下さい」と返事をしたのだった。
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わたくし事で恐縮ですが、本日誕生日です。
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もちろん、面白いなって思ったらで結構です。
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