王妃殿下のわがまま

おまたせしました

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その日の夕飯にも王妃殿下は食堂に現れなかった。

それでもディスマイヤからは、明日からティアニアの世話に参加しても良いと許可が出たことを告げられた。


「だからといって、ティアニア様の世話をしている侍女たちの邪魔をしてはいけないよ」


ディスマイヤからの注意事項に、子どもたちは「はーい」と素直に返事をして了承した。もともと、子どもたちに赤ん坊の世話をまるまる任せようという気は大人たちには無く、時々遊び相手としてそばで見ていてくれればそれで良いと思っているようだった。

小さな命である赤ん坊の世話は二十四時間休みなしだ。子どもたちが赤ん坊を見るその僅かな時間で、世話係達が休憩を取れれば御の字ぐらいで考えているようだった。


「最初の挨拶は良いが、普段のお世話は順番でやるように。大勢でいっぺんにティアニア様の部屋を訪れては驚かれてしまうし、落ち着かないだろうからね。明日の朝、アルディが来るから彼女の案内に付いていきなさい。世話係の言うことをよく聞いて、無茶はしないように」


くどくどと、ディスマイヤから注意事項を言いつかった子どもたちは素直に頷きながら、どの順番でお世話をしようかと相談しながら食事を楽しんでいた。


「あと、カインとキールズは夏季休暇中とはいえ宿題が出ているハズだよ。きちんと計画を立ててやるように。ディアーナとコーディリア。そしてアルンディラーノ王太子殿下も。遊んでばかりではいけません。家庭教師は来ないかも知れないけれど、カインとキールズに聞きながら勉強もするように。いいね?」


夏休み気分な上に、赤ちゃんと遊べるという楽しい気持ちでいたところに釘を刺されてしまった子どもたちは、大変不満そうな顔を浮かべたのだが、


「勉強の遅れを、ティアニア様のせいにしないようにね」


という苦笑まじりで言われたディスマイヤの言葉に、しぶしぶ頷くしかなかったのだった。





翌朝は、朝食の場にエクスマクスとアルディも現れた。


「王妃殿下は、お食事においでになっていないそうですね」

「何か不手際があったのでしょうか? お義兄さまは何かお聞きになってますか?」


食堂に、王妃殿下の姿がないのに気がついたエクスマクスとアルディがディスマイヤにそう問うた。王妃殿下の歓待に問題があるなんて事になれば、ネルグランディ領を収めるエルグランダーク家の立場も危うくなりかねない。


「……すねておられるだけだ」


苦虫を噛み潰したような顔でディスマイヤがそう言うと、アルンディラーノが首をかしげた。


「おか……王妃殿下はすねておられるのですか?」

「王妃殿下は、私の妻が領地に来ていないことにご不満のようです」

「カインとディアーナのお母様、エリゼ夫人と王妃殿下はご友人でしたね」


アルンディラーノも刺繍の会に顔を出すことが多いので、エリゼ本人とも面識がある。カインやディアーナと隣同士で刺繍をやっていると、一緒になって褒めてくれるのでアルンディラーノはエリゼの事を好ましく思っていた。


「この騒動で、一時的に身を隠すのに何箇所か候補地はあったのです。ネルグランディに決めたのは、この領地に来ればエリゼも来るだろうと考えたからというのもあったようです。もちろん、他にも色々と理由はあるのですが……」

「でも、お母様は夏は領地に来ませんよね?」

「お母様は、夏は領地に来ないと思うわ」


ディスマイヤ、カイン、ディアーナと順番にしゃべるので、アルンディラーノも順番にそれぞれの顔を見ていく。

「仲の良い友人なのですから、エリゼが来ないことはわかっていたでしょうに。『それでも私の一大事なのだから、来てくれたっていいじゃない!』と言って、すねてお部屋から出てこないのですよ」


ディスマイヤが肩をすくめてそういうのをみて、アルンディラーノは目を見開いた。


「お母様が、そんなわがままを?」


王妃殿下呼びを忘れてしまうほど驚いたアルンディラーノが、ぼそりとこぼす。多くの公務をテキパキとこなし、視察先では相手がどのような者であっても優しく接し、急な予定変更やアクシデントにも慌てずににこやかに対応する王妃殿下としての母親ばかり見てきたアルンディラーノには、そんな「友達が遊びにこないから部屋から出ない」などというわがままを言うとは考えられなかった。


「一応、王都へ手紙は出しております。決心が付けば、エリゼも来てくれるでしょう。何より、カインが戻ってきていますからね」


決心が必要なほどに、領地に来るのを拒む何かがエリゼにはあるというのか。そして、王妃殿下の希望といえども頑なに来ないというほどの『何か』をおしても会いに来いとわがままを言う母の思いはどういったものなのか。

アルンディラーノは、真剣な顔をして悩む。人生経験が浅く、交友関係もカインとゲラント兄弟ぐらいしか居ない自分には想像もつかない『何か』がそこにあるのではないか。アルンディラーノは生唾を飲み込んだ。


「エリゼ夫人の、領地に来られない理由とはなんなのでしょうか」


真剣な顔をして問うてくるアルンディラーノに対し、エルグランダーク家一同はそれぞれ顔を見合わせた。


「エリゼは」

「お母様は」

「伯母様は」

「お義姉様は」


「「「「「「「虫が大の苦手なんだよ」」」」」」」


ネルグランディ領は六割が農地で、二割が森林、一割が山、人が住んでいるのは残りの一割という領地である。夏になれば、ありとあらゆる虫が飛び交う。夜に明かりをつけて窓を開けておけばもれなく部屋に虫が飛び込んでくる。

日差しが強く、日陰が貴重になってくる夏は、庭園の椅子を引いただけで椅子の足の裏からダンゴムシがぞろぞろと散っていく。

農地が多いということは、用水路も多い。夏になれば、あちらこちらでカエルが大量に発生する。夜中までゲコゲコとカエルの声が聞こえて来てその存在を大いに主張してくる。

耕して柔らかくなっている土にはミミズも多い。雨が降れば、溺れないようにと土から出てきたミミズがあちこちでのたくりまわっているのが見られる。


とにかく、エリゼ・エルグランダークはそういったものすべてを苦手としている女性なのだった。

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書籍発売まで一月になりました。

活動報告で、発売御礼短編のリクエスト募集してますので よろしければ活動報告ごらんください

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