意外な人との再会

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この日から、サッシャとイルヴァレーノがカインとディアーナの側付きとして戻ってきた。王妃殿下の連れてきた侍女や使用人たちと元々ネルグランディ城にいた使用人たちとで連携と役割分担が決まって仕事が回るようになったということだった。

キールズとコーディリアの侍従は起きる時と寝る時だけいるようだ。



朝食の後、アルディに連れられて行った先は城から一度外に出て、中庭を抜けた先にある建屋だった。アルディは「西の離宮」と呼んでいて、離宮というにはこじんまりとしているが現代日本の記憶があるカインからしてみれば立派な豪邸といえる大きさだった。

見覚えのある制服を着た騎士が入り口の両脇に一人ずつ立っている。近衛騎士団の白い制服だ。


「やあ、カイン様。ようやくお会いできましたね」


王城での剣術訓練で何度か顔を合わせたことのある騎士が、気安く話しかけてくれる。カインも懐かしさに破顔して握りこぶしを突き出せば、騎士はそれぞれグーを出してこぶし同士をかるく突き合わせた。

騎士が入り口を開けてくれて、そのまま中にはいれば玄関フロアは広くて吹き抜けになっていた。見上げれば天井には天窓が作られており、床に四角い光の模様を作り出している。

玄関フロア正面にある階段をあがり、石造りの廊下を歩いていった先、奥まったところにある部屋の前にまた一人騎士が立っていた。

先頭にたって歩いていたアルディの顔をみると、軽く頭を下げてドアをノックし中からの返事を待ってドアを開けてくれた。


「アルンディラーノ殿下おはようございます。カイン様、お久しぶりです」


部屋へ入る時に、すれ違いざまに小さい声で挨拶してくれた騎士も、やはり訓練の時に顔見知りになった騎士だった。カインの後ろに続くディアーナを見て、すこし驚いた顔をした後に優しげに目を細めていた。

ディアーナが一度だけ参加した訓練の時に居たのかも知れない。


部屋に入ると、入り口の反対側に床から天井まである大きな窓があった。その向こうに広いベランダが見える。大きな窓なので部屋の中はとても明るかったが、ひさしが大きくでっぱっているせいか直射日光が差し込んでいるという事はなかった。

部屋の真ん中に大きなゆりかごが置いてあり、それを囲うように天井から吊るすタイプの天蓋がぶら下がっていた。


「ティアニア様のご様子はいかがでしょうか」


アルディが室内でゆりかごのそばにいる人達に声をかけると、その場にいた数人が振り向いたのだが……


「カイン様ぁ〜〜。やっと来てくださったぁ! ね、交代! 交代してください! 一時間で、いや三十分でいいですからぁ〜!」


天蓋の外で椅子に座っていた人物が、振り向いたと同時に椅子を蹴って立ち上がり、カインに向かって駆け寄ってきた。

藍色で裾が花びらのようにギザギザしているローブを着た人物。カインとディアーナの魔法の家庭教師であるティルノーアだった。


「ティルノーア先生?」


いるはずのない人物が現れたことで目を丸くして立ちすくむカインに、ティルノーアは飛びついて腰に抱きつきさめざめと泣いたふりをする。


「室内の温度管理と! ティアニア様のご様子を伺いながらゆりかごを揺らすお仕事! 馬車移動中の快適さを維持するだけって話だったのに、着いてからもずっと離れられないんですよ! そろそろ魔力切れちゃう寝たいです! カイン様〜」


そういえば、とカインは部屋を改めて見渡してみる。ヒサシが大きくでているおかげで大きな窓から直射日光が入り込まないとは言え、夏の昼前なのにこの部屋は過ごしやすい程度の室温になっている。中庭を抜ける時にはすでに陽の光が強くなっていて肌がジリジリするぐらいだったというのに、この部屋はとても快適になっている。

ふざけた感じで泣いたふりをしているティルノーアだが、よく見れば確かにぐったりとした顔をしている。


「わかりました。室内の温度管理ですね。しばらく引き受けますから、先生は休んでください」

「ありがとぉー。さすがカイン様! ボクの弟子! 何かあったら呼んでね!」


カインが頷きながら了承すれば、ティルノーアは本当に眠かったのかピューッとドアから出ていってしまった。苦笑しながらティルノーアの背中を見送ったカインは窓に近づいて大きく開け、部屋に風を入れるようにした。


「まだ午前中ですし、風が通り抜けるほうが気持ちいいでしょう」


中庭に面したベランダからは、涼しい風が吹き抜けていった。天蓋のカーテンがゆらりと揺れて、中に吊るされていたモビールもくるりくるりと小さく回転した。


「アルンディラーノ王太子殿下、こちらは乳母として来ているアリシア・ノールデン男爵夫人です」

「アリシア・ノールデンと申します。拝謁する機会を賜り光栄でございます」


アルディに紹介されて、一人のちょっぴりふくよかな女性がスカートをつまみながら挨拶をした。目が細くたれていて、ニコニコと笑っているような優しそうな顔をしている。


「はじめまして。私もお会いできて嬉しく思います。我が妹、ティアニアの乳母としてよろしくおねがいしますね、ノールデン夫人」


アルンディラーノが顎を少し引くような会釈をしながら、にこやかに挨拶を返した。猫はしっかりとかぶれているようだった。


「カイン、ディアーナ。アリシア・ノールデン男爵夫人よ。ノールデン地域の土地管理官をしていただいているのだけど、ちょうど三月前に第二子を産んだばかりでね。来てもらったの」

「カイン様、ディアーナ様。お会いできて嬉しゅうございます。よろしくおねがいいたします」

「はじめまして。こちらこそ、よろしくおねがいします、ノールデン夫人」

「はじめまして、お会いできて嬉しいですわ。よろしくおねがいします、ノールデン夫人」


カインとディアーナも紳士の礼と淑女の礼をして挨拶をすませる。アルディは「あなた達は知ってるわね」とキールズとコーディリアには紹介を端折っていた。二人は「おひさしぶりッス」「お久しぶりです」と軽い会釈をしていた。


「急なお話でしたし、ウチの子も一緒にお世話しているの。奥のゆりかごがうちの子で、手前のゆりかごがティアニア様よ。ふたりとも今は寝ているので、そーっとね」


乳母のノールデン夫人の他は、二人の女性が室内に居たのだが、どちらも王妃殿下が侍女として連れてきた人だったのですでに挨拶済の人たちである。

吊り下げ天蓋の端をそっとめくり、カインとディアーナとアルンディラーノでそっとゆりかごの中を覗き込めば、すやすやと寝ている丸々としたほっぺたの赤ん坊が横になっていた。細くて少なすぎて銀色なのか金色なのかまだ判断が難しい細い毛がおでこの上の方にふわふわと生えていた。


「これが、僕の妹……」


アルンディラーノが、目をまん丸くしてキラキラと光らせながらそっと指先でティアニアのほっぺたをぷにっと触った。ティアニアが、むぅむぅと小さな口を少しだけあけて言いながらアルンディラーノの手を手で払うように腕を動かした。

それにびっくりしたアルンディラーノが手を引っ込めて、どうしようという顔でカインを見上げてくる。


「可愛らしいですね?」


カインが目を細めてそう問えば、


「壊しちゃいそう……」


と、アルンディラーノは困った顔をして答えるのだった。

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