本物の王子様

よろしくおねがいします。

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朝早く、一人の近衛騎士が栗毛の馬に乗ってネルグランディ城へとやってきた。

王都からこの城までの旅程の最後の宿泊場所から今朝出発するので、昼には到着すると告げに来たのだ。

執事のパーシャルが対応していたところに、朝のランニング中だったカインがちょうど通りかかった。


「おや! カイン様じゃないですか。ユウムから戻られていたんですね」


近衛騎士は、カインが剣術訓練に王城に通っていた頃に稽古をつけてくれたことのある騎士だった。七歳から十二歳になるまで通ったので、近衛騎士には顔見知りが多いカインである。


「お久しぶりです。先駆けですか?」

「本当にお久しぶりですね。そうです。本日昼頃には本隊が到着いたしますので、そのご連絡に参りました」


そう言いながら、騎士は大きな手でカインの頭をなでてくる。

城の近衛騎士たちはカインやアルンディラーノ、クリスやゲラントたちの頭をよく撫でる。身長差的に手が置きやすいんだろうなとカインは思っていたが、十二歳になってだいぶ身長が伸びたカインに対してもまだ頭をなでてくるので、もうクセになってしまっているのかもしれない。

いつか身長追い越してやるからなと、いつも思いながら素直に頭を撫でられている。


「馬を厩舎まで連れて行ってもいいですか? この子に水と餌をあげるんですよね?」

騎士の脇に立つ馬に近寄って首をなでてやりながらカインがそういうが、執事のパーシャルが

「カイン様。まもなく馬丁が参りますから」

と言って止めた。

「馬丁の人数も減っているんでしょう? 休憩したらまた本隊に戻るんでしょうし、僕もランニングのついでだし。ね、いいですか?」

「……。では、お願いいたします。水と餌を用意しているところだと思いますので、厩舎についたら声をかけてください」

「カイン様。お気遣いありがとうございます」


カインは、執事と騎士に手をふると馬の手綱を引いて厩舎へ歩き出した。手を伸ばして首をなでても馬は怒らないし、むしろ頭をカインに寄せて頭突きする勢いでこすりつけてきた。

カインは動物が好きだ。 

厩舎へ連れて行くと、新鮮な水の入った桶と飼い葉と果物が入った桶を用意しているところだった。手綱を馬丁に渡して、カインはランニングにもどった。


先駆けの騎士からの連絡で、王妃殿下一行は昼頃の到着で昼食は城で食べる予定とのことだった。

城の厨房は大忙しである。

カインも、朝食を食べ終わるとイルヴァレーノに風呂に入れられ、髪をきっちりと編み込まれてキールズのお下がりの貴族らしい服を着せられた。コーディリアから「だから一昨日お買い物に行こうって言ったのに」とぶつぶつ言われてしまったが、フリルも適度に付いているし袖口が広がっていて涼しげでカインは気に入っていた。

門番から馬車が到着したと連絡を受けて、一同は玄関前に集まって馬車が来るのを待つことになった。城は広いので、門から玄関前まででも移動するのに時間がかかるのだ。

まずは先頭を走っていた地味目の馬車が到着し、王妃殿下の侍女達が降りてくる。大きな日傘を用意し、馬車止めから玄関までカーペットを敷いていく。

その間に、侍女用の馬車は先に抜けていき、豪華な馬車が玄関先に到着する。

御者席に座っていた執事服の男性が降りてきて足置き台を扉の下に置き、うやうやしくドアを開けた。


金色のふわふわ髪の毛に、新緑の日を透かした若葉のような明るい緑色の瞳。ドレスシャツに七分ズボンという姿のアルンディラーノが馬車から降りてきた。

玄関に並ぶ、カインとディアーナに気がついてふわりと顔に笑顔が浮かんだ。馬車から降りて、扉の脇に立つと、手を上げて馬車に向かって差し出した。

馬車の中から、白い手袋をした細い手がスッと出てきてアルンディラーノの手のひらの上にのせられる。そして、アルンディラーノにエスコートされて馬車から降りてきたのは、美しくも威厳ある女性。この国の国母である。扇で口元を隠し、ピンと背筋を伸ばした姿勢で危なげなく足置き台を踏んで、侍女の敷いたカーペットの上に降り立った。すかさず、日傘をさしだされる。


玄関に並んでいたエルグランダーク家一同は一斉に頭を下げ、目の前まで王妃殿下がやってくるのを静かに待った。


「面をおあげなさい。出迎えご苦労さまです」


声をかけられて、頭をあげる。

後ろでは王妃殿下とアルンディラーノが乗ってきた馬車が動き出し、次の馬車が入ってくる。


「わが領へようこそお越しくださいました、王妃殿下、王太子殿下。夏季の避暑地および療養の地としてお選びいただけたこと、まことに光栄でございます」

「面倒をかけますが、しばらくの間よろしく頼みます。……後ろの馬車が、お願いしていた件よ。ディスマイヤ、頼むわよ」


皆を代表して、ディスマイヤが一歩前へでて紳士の礼をしつつ挨拶した。そして王妃殿下がそれに頷いて答えた。

御前失礼いたしますと一言のこして、ディスマイヤはパーシャルを伴って次の馬車の前へと移動していった。

王妃殿下はそちらを見ずに、残った人たちに視線をやる。


「ご拝顔たまわり、恐悦至極にございます。兄、エルグランダーク公より城を預かっております、エクスマクス・エルグランダークでございます。こちらは妻のアルディです。精一杯歓待させていただきます」

「アルディでございます。ご拝謁できましたこと、幸甚の至りでございます」

「よろしくね。子爵、子爵夫人」

「世話になります。よろしくおねがいします」


エクスマクスとアルディが挨拶し、それに王妃殿下とアルンディラーノが答えている。ニコリと笑った後、王妃殿下の視線がカイン達子どもらの方へと流された。


「お久しぶりでございます。ご拝顔の栄を得て感にたえません」

「こんにちは、王妃殿下。お会いできて光栄です。こんにちは、アル殿下。お会いできるとは思っておりませんでした。お元気そうでなによりでございます」


視線を受け取り、カインが紳士の礼を取りながら口上を述べ、あとに続いてディアーナが淑女の礼をとりながら挨拶をするが、アルンディラーノにたいしては少し棘のある言い方だった。


「ひさしぶりね、カイン。相変わらず可愛らしいわね、ディアーナ。礼もきちんとしていて素晴らしいわ。さすがエリゼの子ね。カイン、そちらの子たちを紹介していただけるかしら?」


王妃殿下はそれまで口元を覆っていた扇をパチンと畳んで胸元に下げると、ニコリとわらってカインに話しかけた。カインは、一礼するとキールズとコーディリアに手を向けて二人を紹介した。


「キールズ・エルグランダークと、コーディリア・エルグランダークです。僕の叔父のエルグランダーク子爵の長男と長女になります。僕の従兄弟ですね」

「初めてお目にかかります。キールズ・エルグランダークと申します。拝謁できましたこと幸甚の極みでございます」

「初めてお目にかかります。コーディリア・エルグランダークでございます。拝謁できましたこと幸甚の極みでございます」


カインに紹介されて、キールズとコーディリアが紳士・淑女の礼を取る。一夜漬けで一生懸命練習した成果が発揮されて、すこしぎこちないものの失礼が無いようにきちんと挨拶することができた。

二人の様子を見て、王妃殿下は微笑ましいものを見たというように目を細めてニコリと笑った。


「丁寧なご挨拶、ありがとう。キールズ、コーディリア。しばらく滞在します。アルンディラーノと仲良くしてあげてね」

「キールズ、コーディリア。こちらにいる間、友好を深められたらと思う。よろしく頼む」


王妃殿下と、王太子殿下ににこやかに挨拶されて、キールズとコーディリアは顔が真っ赤になり、のぼせてしまいそうになった。

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いつも読んでくださりありがとうございます。

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