お城は準備で大忙し

いつも読んでくださりありがとうございます。

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翌日は、朝から大忙しだった。


執事のパーシャルは使用人を玄関ホールに並べて半分ほどに帰省を命じていた。残りの使用人には客室の清掃や準備、買い出しなどを命じている。食器の選定や部屋に焚く香等の王都の流行りなどを参考にする物について、サッシャとイルヴァレーノが借り出されていた。

エクスマクスとディスマイヤは、ネルグランディ騎士団と一緒に城の周りの警備について実際に城周りを見回りながら計画を立てるために朝からでかけていた。


カインとディアーナは、カインの部屋でキールズとコーディリアと一緒に紳士と淑女の礼についておさらいをしていた。


「俺達も、一応家庭教師の先生に礼儀作法は習ってるんだけどな……。王都に行って偉い人にでも会わない限りはいらないだろって思ってたからあんまり真面目にやってなかったんだよな」

「俺たちって言わないでくださる? お兄様。わたくしはきちんと真面目にやってましたわよ」


キールズが苦笑しながら礼が不得手なのを言い訳すると、コーディリアが貴族っぽい言葉遣いで抗議した。貴族令嬢を目指すコーディリアは真面目に礼儀作法の練習をしていたようだ。

カインとコーディリア、キールズとディアーナで向かい合ってお互いに挨拶をしあって姿勢や言葉遣いなどを注意しあっていた。

今まで、この城に来る人物で一番身分の高い人間はこの国の筆頭公爵であるディスマイヤだ。位としては相当に偉い人物であることは違いないが身内なので挨拶などは甘かった。

カインだって、ここに来た日には子爵であるエクスマクスとその妻アルディに飛びついてハグをするという挨拶をしているのだから、人のことは言えない。


「王妃様と王子様が来るとか、緊張しちゃう。どうしよう、王妃様とか王子様ってどんな人?」


自分のほっぺたを両手ではさみながら、困った顔でコーディリアがカインに聞いてくる。アッチョンブリケーとカインはこころの中で言いながら、にこやかにコーディリアに向き合った。


「王妃殿下は、刺繍の会を主催するほど刺繍がお好きで、そしてお上手でいらっしゃる。朗らかでお優しい人だよ。その代わり、刺繍や詩歌を下心の踏み台にする事をとても嫌っていらして、それをするととても嫌われるらしい。刺繍や詩歌が苦手なら、正直に苦手だと言った方が良いよ」

「うっ。刺繍、下手くそなのよね……。上手になりたいとは思っているのだけど」

「それなら、教えて下さいって言ってみたら良いんじゃない? 刺繍が好きですって嘘を吐くのが嫌いなんであって、下手な人が嫌いなわけじゃないよ。向上心があるのなら、却って好かれるかもしれないね」

「えぇ。王妃様に教えてもらうとか恐れ多すぎないかしら」


コーディリアがヘニョンと眉毛を下げて困った顔をしている。カインとディアーナは、隔月に一度だが刺繍の会で王妃殿下とは顔を合わせていたので、苦手意識はさほど無い。

しかし、刺繍の会は参加人数もそこそこいるので頻繁に会話しているというわけでもないのでとっても親しいかというと、それはそれで微妙なところではある。


「アル殿下も刺繍できるよ。刺繍の会に参加されているからね。まぁ、私の方が上手なんだけど!」

「そうだ、キールズ、コーディリア。君らは、最初は『アルンディラーノ王太子殿下』って呼びかけなきゃだめだよ。ディアーナや僕につられて『アル殿下』って言わないようにね。多分、すぐにそう呼んで良いよって言ってくれると思うけど」


ディアーナが胸を張ってアルンディラーノより刺繍がうまいと自慢するが、カインはそれに頷いて頭をなでつつ、キールズとコーディリアに注意事項を言いつけた。

身分が上の人に対して、いきなり略称や愛称で話しかけるのはとても失礼なことなのだ。 カインとディアーナはもうだいぶ昔に『アル殿下』と呼ぶように言われているので、そう呼ぶのがクセになっているところもある。


「おぉ。気をつける。つか、王太子殿下は刺繍すんのか。剣とかは?」

「お強いよ。近衛騎士団に稽古をつけてもらっているからね。領地の騎士団と一緒に稽古するかもしれないから、案内できる者を用意をしておくといいかも」


アルンディラーノが刺繍の会に出席していたのはカインが目当てだったが、刺繍をないがしろにしていると王太子といえども母である王妃殿下から追い出されるので、刺繍は真面目にやっていたのだ。


「ていうか、誰か買い出しに行った者に刺繍糸とか買ってこさせれば良かったか? 滞在期間が長くなるような事いっていたし」

「そのへんは、お父様や叔母様が手配してるんじゃないかな」


キールズとコーディリアに王妃殿下と王太子殿下について色々と情報提供しているところに、サッシャが戻ってきた。王族を迎えるための準備に対するレクチャーは一通り終わったらしい。

辺境すぎてめったに偉いお客さんの来ない城とはいえ、公爵家に雇われている使用人たちである。要点を伝えれば卒なく仕事をこなす人たちだ。


「ディアーナ様、コーディリア様。明日のお出迎え用のドレスを選びましょう。一度着てみて、靴やアクセサリーも選んでしまいましょう。不備があれば直さなければなりませんし、今のうちでございますよ」


すごい早足なのに優雅という見事な足さばきで近寄ってきたサッシャは、そういってディアーナとコーディリアの背中を押した。コーディリアが私も? という顔をしたがサッシャは構わずグイグイと押していく。


「コーディリア様の侍女はもうしばらく手が離せません。ご不安もお有りでしょうが私がコーディリア様の分もお手伝いさせていただきます。とにかく急な話で、城内は人手が足りておりません。ご辛抱くださいませ」

「いえ……サッシャさんにやってもらえるなら嬉しいですけど」

「それはようございました。さ、参りましょう」


お嬢様のお着替えを二人分もできるのにウッキウキなのが背中から漏れ出しているサッシャは、そう言って女の子二人を連れて行ってしまった。


その後、騎士団の一人がキールズを呼びに来て連れて行ってしまい、手持ち無沙汰になったカインが自分もなにか手伝うことはないかなぁと城内を歩いていたら、イルヴァレーノに呼び止められた。


「ちょうどよかった。この桶いっぱいに氷だしてくれないか?」


普段領地に居ない領主の息子というのは、バタバタと忙しいときには役に立たないものなんだなぁとぼんやり思いながら、カインは桶に氷を出し続けたのだった。

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