番外編2 カインとディアーナの罪
番外編です。
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カイン留学前の話
カインとカインの父ディスマイヤは毎朝一緒に馬車に乗って王城へ行く。
途中、近衛騎士団の訓練場前でカインを降ろし、ディスマイヤはそのまま法務棟へ出勤する。
馬車の中では、雑談をすることもあるしお互いに本を読んで過ごすこともある。
カインは自宅の図書室にある本棚を端から順に読むという遊びを未だに継続中で、今読んでいるのは「イカサマ令嬢はダイスを振る」という謎解き物語である。短編連作の本なので、読んでいた章が終わったところでカインは栞を挟んで本を閉じた。
気になるところまで読んで訓練場に到着してしまったら、謎が気になって練習に集中できなさそうだったので。
「そういえばお父様。僕の乳母が居ない理由は先日伺いましたが、ディアーナの乳母はどうしました? ディアーナが産まれた時はいましたよね?」
カインに声をかけられて、ディスマイヤも読んでいた本から顔を上げた。ディスマイヤが読んでいるのは古い貴族裁判の判例集なので栞も挟まずに本を閉じた。
「ディアーナの乳母ね。彼女はねぇ……」
ディスマイヤは眉間にシワを寄せて口をへの字に曲げた。貴族らしからぬ顔である。
「お父様、眉間にシワがよってますよ」
「うぅん」
「言いにくい理由でいなくなったんですか?……はっ! まさか、殺された!?」
カインは読んでいた本で「伯爵家夫人殺人事件」の章をちょうど読み終わったところだった。
カインの言葉に、ディスマイヤはまた別の渋い顔をして軽く睨んだ。
「そんな物騒な話ではないよ。本に影響されすぎじゃないかい? ……彼女もね、最初はとても熱心にディアーナの乳母として努めてくれていたんだよ」
「ディアーナが可愛らし過ぎて、誘拐未遂を犯したとか?」
「だから、そんな物騒な理由では無いってば」
ディスマイヤは持っていた本を自分の隣の座席に置くと、腕を組んで背もたれに体をあずけるように座り直した。
しばらく中空を藪睨みしていたが、ふぅとため息を吐くと観念したように語りだした。
「ディアーナの乳母として雇った人は、とても気のいい人でね。ディアーナが生まれる少し前から邸に来ていて、身重のエリゼを親身になって世話してくれていたんだよ。ディアーナが産まれてからもよく面倒を見てくれていたんだがね。ディアーナの世話をカインも手伝っていただろう?」
「そうですね。ディアーナに直接触るのは壊しそうで怖かったので、お世話まわりの雑用ばっかりをやっていたと思います」
カインは、産まれたばかりのディアーナに頭から毛布を掛けて乳母に怒られている。その後何度かディアーナを見に行っては部屋から追い出されていたのだが、根気よく乳母の助手的な手伝いを続けることでディアーナの世話に参加できるようになったのだ。
「雑用ばかりとは言うけどね、ディアーナはカインが笑いかければ泣き止むし、カインが添い寝すればよく寝てくれたからね。カインよりは手のかかる子だったけど、それでも他家の子育てよりはだいぶ楽だったはずだよ」
「さすがディアーナは産まれたときから良い子だったわけですね」
カインがウンウンと満足そうに頷いている。
「そこで、自分の子育ての手腕を自慢しないのがカインらしいよね。……で、だ。カインの時と同じように、ウチに来てくれた乳母は手のかからなくて賢くて、見た目も美しい子どもを目の当たりにしてしまったわけだよ」
「……僕の時と同じで、我が子を邪険に扱うようになってしまったんですか?」
カインの言葉に、ディスマイヤは首を横に振る。
「そうじゃない。二人目で余裕ができたエリゼと、幼いながらに妹の世話ができるカイン。そして、カインがいれば比較的手のかからないディアーナ。これだけの条件がそろってしまって、乳母は手持ち無沙汰になってしまったんだよ。エリゼと交互に乳をやったりはするものの、子守唄を歌ったりおむつを換えたりっていうのをカインがやってしまうから」
「……仕事を全う出来ていないという責任感から辞めてしまったとか?」
やっぱり、カインの言葉に首を横にふるディスマイヤだ。そして、その先を言おうかどうしようか少し迷っているような素振りを見せた。
「何があったんですか? 子守部分で楽ができたところで、乳母としては母乳を与えるのがメインの仕事になるんですから、それができていれば問題ないわけですよね。……母乳が枯れてしまった?」
「母乳って枯れるものなのかね? 僕はちょっとそのへんはわからないけれど、離乳食の頃までは居ただろう? 彼女」
ディスマイヤは、馬車の窓から外を見た。大通りを通っているところなので開店準備をしている商店や朝市の露天などが目に入ってくる。
「エリゼがディアーナと寝るために僕と寝室を分けていたのを良いことに、僕のベッドに潜り込んできたんだよ」
「は?」
ディスマイヤの言葉に、流石にカインも聞き間違いではないかと思わず声が出た。乳母という事は、産後間もない女性のはずである。少なくともディアーナより二ヶ月か三ヶ月ほど前に産まれた子どもの母親のはずだ。
まして、乳母として雇う場合は二人目を産んだ女性であることが多い。子育て経験がある方が頼りになるからだ。
二人以上の子どもの母親である女性が、雇われた家の主人の寝所に潜り込むというのはどういう事か。
そもそも、リムートブレイクは一夫一妻制だ。法律で重婚は禁止されている。その上カインから見ても父と母は仲が良い。既婚者のベッドに潜り込み、既成事実を作ろうとした所で何がどうなる事も無いはずだし、そもそもディスマイヤがそんな事に流されるとも思えなかった。
「お父様の、愛人になりたかったんですか? その方は」
「いや、違うね」
ディスマイヤは即答した。そして言葉を続ける。
「こう見えてもね、僕は独身時代モテたんだよ。まぁ、八割は公爵夫人という立場が目当てだったとは思うけど。だから、最初は僕も彼女の目的は僕自身か爵位か、金かと思ったんだけどさ……」
「何が目的だったんですか?」
カインは、ゴクリとツバを飲み込んだ。
「カインとディアーナのお母さんになりたかったんだと言っていたよ。エリゼを追い出して後釜に座るとか、そこまで大それた事を考えていたわけでもなかったようだ。僕との間に子どもを作れば、カインとディアーナとは腹違いの兄弟になるからね。『自分の子と兄弟ということは、つまり自分の子である』とか言い出したんだよ」
「そんな、馬鹿な理屈が通るわけないのに」
ほんとにね、とディスマイヤは苦笑いすると座席に置いておいた本を手にとった。話はここで終わりということだろう。
「流石に、そんな行動をとる人を雇い続けられないからね。ディアーナも授乳は卒業していたし、もう子守ができる人であれば乳母でなくても良いだろうってことになって。強制的に遠い場所に引っ越してもらったよ。目に付く場所にいてほしくなかったからね」
乳母に夜這いを掛けられたなんて、公表できる内容ではない。表立って罰を与えるわけにも行かなかったのだろう。遠い場所というのがどこのことを言うのかは、聞かないでおこうとカインは思った。
「まぁ、外聞の悪い話だからね。カインもこの事は口外してはいけないよ」
「もちろんです」
ディスマイヤが人さし指を立てて唇にそっと当ててみせたので、カインも深く頷いた。
「……僕とディアーナの美しさと賢さが招いた悲劇だったんですね」
「カイン。お前のその自己肯定力はどこから来るんだろうね……」
馬車はちょうど近衛騎士団の訓練場につくところだった。
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