番外編1 カインが可愛すぎる

カインとお父様が馬車の中で雑談するだけのお話です。

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カインが留学する前の話。


王城での剣術訓練へ向かう馬車の中、カインは本を読んでいた。


いまカインは、エルグランダーク邸書庫の本棚を一番端から順番に読んでいくという一人遊びをしている。

書庫は、リムートブレイク語の基本文字でいうあいうえお順で並んでいて、ジャンルや内容はバラバラだ。昨日までは「秋の花の花言葉図鑑」を読んでいた。今日は「憧れの僕の幼馴染」という恋愛小説を読んでいる。

カインは、本を読むのは好きだが分類や整列には興味がないので図鑑と小説が並んでいても気にしない。


小説の内容は王女様の乳兄弟が主人公で、成長するにつれ兄弟から友人へそして恋心を抱いて…という内容である。身分違いの恋に悩み、あの手この手で周りの目を盗んで逢瀬を繰り返すが、まいどまいどギリギリ見つかりそうで見つからない、というのを繰り返している。


カインは、ふと思う事があって本から顔を上げて、向かいに座る父に声をかけた。


「お父様。そういえば、僕にもディアーナにも乳母がいたはずですが、いつの間にか居なくなってましたね」


カインと同じく本を読んでいたディスマイヤは、カインに声をかけられて顔を上げた。


「突然だな」

「本を読んでいて、乳兄弟というのが出てきたのでなんとなく。僕らに乳兄弟っていませんよね」


乳母は、母の代わりに、もしくは母と一緒に子育てをするために雇われる女性だ。当然、母乳がでることが雇い入れる上での必須条件なので出産間もない女性のはずである。となれば同じ年齢の子どもが居るわけで、物語では「兄弟のように育った」と誰よりも信頼できる友人キャラクターとして出てくることが多い。


「乳兄弟や幼なじみというのは、時にはやっかいなものなのだ……特にウチは家柄が家柄だからなぁ」


ディスマイヤは、なにやらしみじみとした口調でそんなことを言う。

一つ大きなため息を吐き出すと、読みかけの本にしおりを挟んでそっと閉じ、カインの顔を優しく見つめた。


「カインの乳母はな、とてもよい人だった。一生懸命カインの世話をしてくれたし、エリゼとの仲も良好だった。エリゼと交互に乳をやり、エリゼの負担にならない程度にエリゼも育児に参加させて、母の自覚とやらを育てさせたり。とにかく気の利く人だったんだ」

「乳母として雇った人が良い人なら、そのまま母の侍女にするとかできたんじゃないんですか?」


読んだ本やサイラス先生に習った貴族社会の慣習などでは、そういったことは良くあることだとカインは認識していた。

実際、乳母として就職できるかどうかというのは妊娠と出産のタイミング次第なところがあるので、家格に差があっても雇われるチャンスがある。

乳母として高位貴族家に雇われて、気に入られてそのまま女主人の侍女になれれば大出世である。

運が良ければ自分の子どもも、子息なら側近に、子女なら侍女としてお仕えできるチャンスである。

高位貴族家の乳母というのはある種下位貴族女性の憧れの職業なのだ。


「うーん……」


ディスマイヤが腕を組んで低く唸る。昔のことを思い出そうとしていると言うよりは、カインに言って良いのかどうかを悩んでいるようだった。


「カインがな、可愛すぎたんだ」 

「は?」


自分が可愛すぎたのが理由で、侍女への取り立てがなかったというのにカインは頭をひねった。まさかの、小児性愛者だったとか?思わず自分の身を抱いてブルリと震えるカインをみて、ディスマイヤは苦笑した。


「違う違う。そういったことはないよ。ただ、カインが可愛くて賢すぎたんで、自分の子をないがしろにするようになってしまったんだ」

「どういうことですか?」


身を抱いていた腕をほどくと、カインは馬車の中で座り直して姿勢をただした。


「とにかくカインは手のかからない子だったんだ。おむつが濡れたかお腹が空いたかしないと泣かないし、夜泣きもしないで寝てくれるしで、エリゼも乳母もしっかり休みながら育児ができたんだね。その上見た目も天使かってぐらい可愛くて……でも、乳母の子は普通の子だったんだ。わけもわからず泣くし、夜は寝ないし、言葉もカインよりずっと遅かったんだ。それで、カインと比べてできの悪い我が子を邪険に扱うようになってしまったんだよ」

「それは……」


カインは言葉がでない。カインが手のかからない赤ちゃんだったのは、前世の記憶があったからだ。流石に生まれた直後はよく覚えていないが、落ち着いてベッドで寝たり授乳されたりする頃にはもう記憶があった。アラサーの記憶があるのに、シッコとハラヘ以外で泣くなんて逆に出来なかっただけなのだ。


「彼女は、二人目を産んだことで家にきたんだよね。子育て経験があって乳が出るっていう事で雇ったんだけど、カインの手のかからなさ加減に自分が役に立っているのかわからなくなってしまったのもあったのかもしれない」

「それで、解雇したんですか?」


カインの言葉に、ディスマイヤはゆっくりと首を横に振った。


「同じ法務省で働く伯爵家の人がね、乳母を雇ったはいいけど手が回らないからもうひとり子守が欲しいって言っていたんで、そちらに紹介したよ。カインが離乳食を始める時期で、彼女も乳が出なくなってくる頃だったんだけど、双子への授乳は奥方と乳母でするんで、とにかく子育てできる人がほしいって言うんでちょうどよかったよ」


そこまで言って、思い出したようにディスマイヤが吹き出した。なにかおかしい場所が今の話にあったか?とカインが首をひねると、口元を手で隠したままディスマイヤが言った。


「双子は、カインと逆で本当に手のかかる子たちだったみたいでね。『やりがいのある職場を紹介していただきありがとうございました!』って後々手紙がきたんだ。おとなしすぎるカインと、手のかかりすぎる双子、そして自分の子を見て、子どもはそれぞれ別の生き物で、比べるものではないと気づきましただってさ」


当たり前といえば当たり前の話ではある。が、経験すればそれは実感として身につくものなのかもしれないなとカインは思った。


「話している間にもう訓練場の前だね。さ、カイン。今日も励んでくるんだよ。怪我をしないように気をつけて」


ディスマイヤの声に窓の外をみれば、馬車はすでに王城内へ入り訓練場前に差し掛かるところだった。


「はい、お父様。行ってまいります」


カインはディスマイヤに挨拶をすると、馬車から降りて訓練場へと駆け出した。

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