大人の不手際

読んでくださりありがとうございます。

誤字報告いつも助かっています。ありがとうございます。

  ―――――――――――――――  

一度めちゃくちゃになった歓迎会のガーデンパーティを、なんとか立て直して最後は楽しかったと感想を残して帰っていく客人たちを見送るまで出来たカインたち。

それぞれが一度部屋にもどって汗を流し、着替えて一休みしてから夕飯の時間となった。


「……カイン。食事中はディアーナを膝からおろしなさい」


渋さの極まった顔をしたディスマイヤからそう注意され、カインは膝に抱いていたディアーナの頭をなでて脳天の匂いをスンスンと嗅いでから隣の席へと移動させた。


「お兄様、また後で遊びましょう」


とディアーナに言われてカインは嬉しそうに頷いた。

家族が全員席についたところで、食事の前の感謝の言葉を述べて食事が始まった。


「お父様、今日はお父様だけで来たのですか? お母様は?」


ディアーナが、皿の上の豆を端に寄せながらディスマイヤに問いかけた。そういえば、と思ってカインがテーブルのメンバーを見渡せば、母が居なかった。


「エリゼは……。エリゼは、夏は領地に来ない。今回は、緊急で現地対応の必要があったから私だけで来たんだ。ディアーナはお母様に会いたかったかい?」

「お母様とお会いできていたら嬉しかったでしょうけれど。お父様とお会いできたので、私はとっても嬉しいですわ」


ディアーナの質問に、最初は渋い顔で答えだしたディスマイヤだが、後半は優しい顔で話しかけていた。ディアーナも、そんな父親に淑女モードで返答をしている。

王都から領地までの移動日数と、イルヴァレーノがカインを迎えに行った往復の日数を考えれば、ディアーナとイルヴァレーノが王都のエルグランダーク邸を出発したのはもう十日以上前の話ということになる。

会えて嬉しいという言葉も、大げさではないのだろう。

ディスマイヤは、ディアーナに会えて嬉しいと言われてデレた顔になる。


「僕も、久々にお父様にお会いできて嬉しく思います。お元気そうでなによりです」


カインも一応父親に声をかけた。昼間、領民との関わり方について叱られているがソレはソレ。引きずっていませんよというアピールを兼ねて、にこやかだが真面目という複雑な表情を作ってカインは少し頭を下げた。


「ああ、元気そうで何よりだよカイン。せっかく綺麗に髪を編んでいたのに解いてしまったんだな。後で、夕食後のお茶の時間にでも学校の話を聞かせなさい」

「はい、お父様」


ディスマイヤも、何ということはないという顔でゆっくり頷いてみせた。少し優しげな微笑みを浮かべて食事をすすめるように手で示す。

カインが改めて目の前の焼き魚に向き直ると、ディスマイヤはキールズの方へ顔を向けた。


「キールズ。スティリッツとの婚約の話だが、少し時間を置くことになる。レッグスに男爵位を叙爵するのに少し時間が必要だ。しかし、子爵家嫡男に男爵家令嬢となれば何にも問題は無くなるし、叙爵の恩赦でアーニーも釈放される。愛し合う二人の仲に水を差すようで申し訳ないが、これは了承してほしい」


ディスマイヤが、申し訳なさそうな顔でキールズにそういって軽く頭をさげた。領主であり公爵でもあるディスマイヤだが、家族だけの食事の場だからか伯父として甥に対するように接している。


「あ、あ、愛し……あってる……とか。いや、そうだけど。えっと、大丈夫です。逆に今日婚約発表な! とか言われて焦ってたぐらいなんで、延びてホッとします」


愛し合う二人、とディスマイヤに言われて顔を真っ赤にしたキールズが、水を飲んだり咳をしたりしながらなんとかそれだけいうと、胸をなでながら眉毛をぐっと下げて苦笑いの顔をつくった。コーディリアはニヤニヤとしながら肘でキールズの脇腹をつつき、ディアーナはホホホと上品に笑っている。


その様子を見渡して、微笑ましそうに笑うディスマイヤと豪快に声を出して笑っていたエクスマクスだったが、ひとしきり声が収まると真面目な顔をしてアイコンタクトをとり、一つ頷いた。


「キールズ、カイン。コーディリアとディアーナもだな。今日の事について話しておきたい事がある」


エクスマクスが背筋を伸ばしてそう言うと、ディスマイヤが後を引き継いだ。


「昼の歓迎会に混ざって魔法を使い、場を混乱させたのはフィルシラーという男とその一味だ。フィルシラーは去年の春まで子爵の爵位を持っていて、ネルグランディ領の一番南の端の土地を管理している土地管理官だった男だ」


急に真面目な話になったので、思わずフォークを置くカインとキールズ。ディアーナは、カインがそうしたのを見て置こうとしたが、それを見てディスマイヤが手で制した。


「食事しながらでいい。大した話でもないんだ。顛末だけ気に留めておけばよい」

「はい」


ディスマイヤの言葉に素直に頷いて、カインはフォークを取って焼き魚の身をほぐす作業に戻った。一応、顔はチラチラと父親の方を気にしながら食事を続けることにした。


「フィルシラー子爵は元々は小さいながらもフィルシラー子爵領として単独の領地を持っていたんだ。ただ、代替わりしてから領地経営に行き詰まり、運営もままならなくなってエルグランダーク家が援助することになったんだよ。隣の領地のよしみでお金を入れたり監査人を入れたりしたがどうにもならなくてね、最終的にネルグランディ領内のいち地区として取り込んだという経緯があるんだ」


カインの頭の中に「ザ・無能」という言葉が浮かんだが口に出さずに魚の身と一緒に飲み込んだ。

父はあまり領地の事についてカインに話すことはなかったが、毎年春の父の視察に同行するようになってからキールズや叔父のエクスマクスの日常の会話の端々からその様子を伺うことは出来ていた。

ネルグランディ領はここ数年、豊作傾向にあって領民の生活は安定していると聞いていたのだ。一番端っことはいえ、地続きで隣同士の土地が極端に貧しいというのは天候や土地柄のせいとは思えなかった。


「農具の更新や品種改良された種や苗などの情報取得を怠り、領民に無駄な苦労を強いて通常通りに税を納めさせ、自分は天候不順と偽って不正に収める税金額を引き下げていた。だから、土地管理官から罷免した」


コップを手にとり、一口水を飲んで息を吐くディスマイヤ。


「税を回収しておきながら用水路の整備もせず、街道整備もせず、未開拓地への入植者への助成も保護もしていなかった。次男、三男などの親から土地を引き継げない者に対する騎士団への斡旋やその他職人への紹介などもしていなかった。だから、子爵位を剥奪した」


土地の管理を怠っていたから土地管理官という職から下ろし、貴族の義務とも言える領民の保護を怠っていたので爵位を取り上げた。

ディスマイヤの言うことは端的に言えばそういうことだろう。カインは口の中のパンをゴクンと飲み込んで父の顔を見つめた。


「それで逆恨みをしたのだろうな。色々と領民の間にまざって貴族へのネガティブなイメージを吹き込んで回っていたようだ。エクシィに任せて第四に収拾を任せていたんだが……」


ディスマイヤはそう言って呆れた顔をすると弟であるエクスマクスの顔を見た。エクスマクスは苦笑である。


「いや、根源を断てば噂など消えてしまうと楽観視したのが良くなかったな。結果としてカインとディアーナの歓迎会を台無しにしてしまったんだから申し訳なかった」


エクスマクスは、噂の火消しではなく犯人探しに終始してしまっていたそうだ。頭をポリポリとかきながらカインとディアーナに向かって謝罪の意味で手のひらを前にだして見せた。


「とにかく、一度はやり直しの機会を与えたのにこんな事態を引き起こしたフィルシラーを放逐することはできない。牢屋に入れてあるのでカインとディアーナにこれ以上危害を加える事もできないから安心しなさい。あとはもう本当に火消しだけで良いだろうし、それは第四の仕事だ。エクシィが今度こそ指揮を取って徹底的にやるはずだ」

「あ、なるほど。叔父様を騎士団に集中させるためにも、レッグスさんを男爵にして正式な土地管理官にするんですね」


ディスマイヤの言葉をうけて、カインがそう言えばディスマイヤは満足そうに頷いた。

  ―――――――――――――――  

7月10日に書籍1巻が発売されます。現在予約受付中です。

よろしくおねがいいたします。

↓におしらせ画像を表示していますので、よろしかったら見てください。活動報告でもごほうこくしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る