貴族というもの
誤字報告いつもありがとうございます。たすかります。
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エクスマクスと一緒にやってきた騎士たちが早足で近づき、アルノルディアが取り押さえていた者を代わりに押さえ込み、アルノルディアがエクスマクスの側へ駆けていった。
アルノルディアがエクスマクスに事の顛末を報告している間もこちらに向かって歩いてくる。
ディスマイヤも侍従を一人つれてこちらに向かってきていた。
「お父様……」
女性たちを誘導していたはずのディアーナが、いつの間にかカインの隣にやってきていた。
カインとディアーナが並んで立って父が来るのを待つが、ディスマイヤはその手前、取り押さえられている男性の前で足を止めた。
ディスマイヤに何事か言われて、取り押さえていた騎士が男の顔を上に向かせた。
「見た顔だな」
「グリスグールの元土地管理官ですね」
ディスマイヤの言葉に、エクスマクスが同じように顔を覗き込んで答えた。
「あぁ、フィルシラー元子爵か?」
ディスマイヤはそう言うと、元子爵から視線を外して周りをぐるりと見渡した。
倒れたテーブルと散らばる食器類、シーツをかぶって庭の端に避難している者やテーブルの下に避難している者、風魔法が使われた影響で剥げた芝生や炎魔法の影響で焦げた芝生。
それらを見てもディスマイヤは顔色を変えなかった。冷たい無表情のままである。
「エクス。そいつらは城の牢屋に入れておけ。今取り押さえていない者に関しても、レッグスとアニタに面通しをさせて直轄地の者でないやつは入れておけ」
「はっ」
エクスマクスが側に居た騎士に右から左の指示を出し、指示を受けた騎士が駆けていく。
足元で押さえられていたフィルシラー元子爵にももうひとり騎士が近寄り、二人がかりで抱えあげるとズルズルと引きずって城の西側へと連れて行った。
なにやらぎゃあぎゃあと騒いでいたが、ディスマイヤは聞こえていないかのようにその場からさらに足を進めた。
カインとディアーナの前に立ったディスマイヤの顔は厳しいままだった。
厳しいと言うよりは、表情が無いといった方が近い。無感情な顔をしていた。
「カイン。何をしていた?」
「貴族が……領主がどのように領民の役に立っているかを説明していました」
カインが言えば、ディスマイヤの眉間に一瞬だけシワがよる。静かにカインの顔をだまって見ている。
じっと見られながらも、何も言われないことにカインは居心地の悪さを感じて身じろぎをした。
「カイン」
「はい」
ようやくかけられた声は静かで、しかしとても重くてよく響いた。カインは反射的に返事をして無意識に背筋が伸びる。
「領民に媚びてはいけない。領民と馴れ合ってはいけない。私達は支配者であり、彼らは庇護される民なのだ」
「媚びてなど……いません」
勢いよく反論しようとしたが、静かに感情の無いディスマイヤの目を見てしまうと勢いは失せてしまい、言葉尻は萎んでしまう。
「どれだけ献身しているかを自ら明かすことを、媚びていると言わずになんというのだ。領地を豊かにし、領民を幸福にするのは領主の責務だ。領民が未だ幸福でないと申すのであれば、ただ受け止め、さらなる策を施すだけだ。民に言い訳をし、理解を求めるなど領主のすることではない」
ディスマイヤの声はあくまで静かで、その響きに怒りや呆れといった感情はない。
「仰ぎ見るべき存在でなければ、民は自分たちの上に戴こうとは思わないだろう。威厳なき領主には、民は頭を垂れないだろう。人望なき領主には、民はついていこうとはしないだろう。カイン、語るなら希望を語れ。展望を示せ。貴族とは、領主とは、民に寄り添って並び歩くものではない。先に立って道を作り民を導く存在でなければならない」
「……僕は……」
ディスマイヤは、ぽんと軽くカインの肩を叩くように手を乗せると顎をあげて周りを見渡した。
「今の生活に不満のある者は、この地を管理しているレッグスとアニタを通じて申し出よ。考慮すべき内容であればまずはエルグランダーク子爵が対処しよう。子爵で解決できぬ問題であれば私が調整しよう。私のやるべきことは領地を豊かにすることである。故に個人の願いを叶えることは出来ぬと心得よ」
カインに向かって語りかけていたのとは違う、遠くまで良く届く伸びやかな声で朗々と周りに語りかけるディスマイヤ。
左足を引いて身を半分ほどずらし、別の方面を向いてまた別の立ち尽くす人々を見渡す。
「領民と領主は輿と担ぎ手である。担ぎ手が居なければ輿は一つも動くことは出来ぬが、輿がなければ担ぎ手はまとまらず、また道にも迷うだろう。私が領主として有るためには、あなた達領民が必要なのは間違いなく、またあなた達を導くためには領主が必要であることもまた間違いないのだ。あなた達が担ぐに値する輿である為に尽瘁するので信じてついて来るがいい」
ディスマイヤはそこまで言うと、今度はエクスマクスに視線を投げた。エクスマクスは一つうなずいて早足でディスマイヤに駆け寄ってくる。
「レッグスとアニタも来なさい。城で報告を聞く。騎士は念の為四名この場にのこり周囲の警戒をするように」
そういって指示をだすと、ディスマイヤは体を城に向けて歩き出そうとする。カインは慌ててディスマイヤの袖をつかみ、声をかけた。
「お父さま。僕は」
「この会は、カインとディアーナの歓迎会として開いてもらったのだろう? では、主賓であるお前は次期当主として、残った皆さんを歓待し盛り上げ歓迎会をきっちり終了させてから城に戻りなさい。……ディアーナも、お兄様をきちんとフォローして手伝うように。いいね?」
ふと、カインの後ろに立つイルヴァレーノがディスマイヤの目に入った。
「イルヴァレーノ。ご婦人や小さい子の目立つ位置のやけどを優先して治癒魔法をしてあげなさい。できるね?」
「かしこまりました。旦那様」
イルヴァレーノの返事に小さく頷くと、今度こそディスマイヤは振り返らずに城の玄関へと向かってまっすぐ歩いていった。
その後ろを侍従とエクスマクス、レッグスとアニタが付いて歩いていく。
カインはショックを受けた。
ディスマイヤが歩いていくその後姿に向かって、領民たちは深く頭を下げていたのだ。
言葉を尽くして理解を得ようとしたカインより、ただ黙って付いてこいとだけ言ったディスマイヤに対して領民は平伏したのだ。
社会福祉の仕組みも発達し、文明的な民主主義社会でアラサーまで生きた記憶を持ったカインは、正直言って貴族と平民という身分差社会について甘く考えているところがあった。
この未発達な社会で、先進国で高等教育まで受け、幼児・児童に関わる仕事をする関係で社会福祉系の仕組みや法律にもある程度触れていた自分は一歩抜きん出ていると驕っていた。
上手いこと立ち回れると思っていたし、途中まではちゃんとうまく行っていた。貴族に対して疑心暗鬼になっていた領民に、貴族も必要かもしれないと思い直させかけていたのだから。
イルヴァレーノがやけどや怪我をした人に声をかけて治療をし、使用人たちが倒れたテーブルを戻して新しい食器に置き換えたり、ディスマイヤが城の戸の向こうに消えたことで頭を上げた領民たちが声を掛け合っているのを背景に、カインはすでに閉まっている城の玄関を見つめて立ち尽くしていた。
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城の玄関ドアが音を立てて閉まり、夏の日差しに慣れた目が室内を夜のように暗く移している。
玄関ホールの中ほどまで歩いてところで、突然ディスマイヤがしゃがみこんだ。
「エクシィ。カインに嫌われたかなぁ?どう思う〜?」
「エクシィって呼ぶなよ兄上。……カインは聡い子だから、大丈夫だよ」
「もうさぁ。無理やり留学させたから随分嫌われてると思うんだけどさぁ。でもさぁ。ダメじゃん? もともと孤児院で子どもと一緒に遊んじゃう子だからさぁ。ちゃんと言わないとさぁ。でもさぁ。もしかしたらもっと言い方あったかなぁって思ってさぁ。嫌われちゃったかなぁ。やだなぁ。どう思うぅ?」
「大丈夫だって。カインもわかってくれるさ。後で夕飯の時にでも言い直せばいいだろ、兄上」
「でもさぁ」
「さっきの兄上は、オヤジそっくりだったな」
「……ダメなヤツじゃん……」
ぐずるディスマイヤをエクスマクスとレッグスで抱えて、応接室へと移動させたのだった。
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