お茶会は大混乱
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カインは咄嗟にディアーナの前に立ち、レッグスがアニタとアルディの前に立つ。少し離れていたがキールズがコーディリアへ駆け寄って腕を引き自分の後ろへとかばった。
音のしたほうを見れば、テーブルクロスがかかったままのテーブルが横倒しになっており上に載っていた食器類が芝生の上に転がっている。一部は石畳になっている通路の上で割れてしまっているものもあった。
「だまされるな! 貴族は口がうまいんだ! 口先だけの甘い言葉にまどわされるな!」
「貴族はこんな城に住み、俺達はボロ屋に住んでいる。それはなんでだ。俺達から搾取した金で贅沢をしているからだ!」
大声で叫んでいる男がいた。足元に転がった焼き菓子を踏みつけて、大げさに腕を振って感情を込めて叫んでいる。
「だまらんか! 俺たちは労働力を提供する、領主様は安全と安定を提供する。そういう役割というはなしだろうが!」
カインの目の端に、ガーデンパーティ会場へ駆け寄ってくる騎士の姿が見えた。
その中に見知った顔がある。ヴィヴィラディアとアルノルディアとサラスィニアだ。そのほかに三人ほどが駆け込んでくるが、遠い。
「お貴族様が、平民を守るってか! じゃあ守って見せろよ、どうせ自分の命が惜しくてにげるにきまっている!」
演説をぶっていた男が空に向けて高々と掌を突き出した。
「炎よ!わが手に集いて現れよ」
「魔法だと!」
男の詠唱文言から火魔法を出そうとしていると判断したカインは、とっさに水魔法で相殺しようと構えて、舌打ちした。
パーティ会場には、カインたちの話に理解を示しはじめている人や給仕のためにテーブル間を歩き回っている使用人が入り混じっている。
カインと魔法を使おうとしている男の間にも何人も人がいて、カインが魔法を使おうとすると周りを巻き込みかねなかった。
「爆ぜよ!」
「クソが!」
男は詠唱のうち、目標を設定せず魔法を実行した。詠唱を短縮して魔法の発生を早くしたのだ。「爆ぜよ」宣言のとおり、天に向けて突き上げた掌の上に炎が現れて、パァンと軽い音をさせた後に四方へと小さな炎に分かれて飛び散った。
「堅牢の壁!」
カインが咄嗟に風魔法で防御壁をつくって大小の火の粉からパーティの参加者を守る。それでも、火属性魔法を使った男よりカイン側にいた人しか守れていない。
風の壁を維持しつつ男に向かって走るカインだが、テーブルと人をよけながら走るのでなかなかたどり着けない。
最初に魔法を使った男の他に、数人がまた同じ様に魔法を使おうとしているのが目の端にみえた。
会場が混乱している。
駆け込んだ三人の騎士は領民をかばいながら篭手や剣の柄で火の粉を払い落としているし、キールズが小さな水魔法で一個一個火の粉を潰し、コーディリアが魔法で風を吹かせて火の粉を吹き飛ばしている。
ディアーナが、近くにあったテーブルに駆け寄り、テーブルクロスの端を掴むと一度持ち上げ、その後勢いよく真横に引き抜いた。
テーブルクロスだけが引き抜かれ、食器はテーブルの上に残っていた。
「お姉さん、これをかぶって庭の端っこまで走って! そちらの人も一緒に! クロスは大きいからみんなで頭かくして走って!」
そう言いながら、ディアーナがトマト農家の女性にテーブルクロスを押し付けた。
女性は、クロスを受け取りながらもおろおろしている。
「あの、お嬢様は?」
当然、一緒にテーブルクロスをかぶって逃げるのだと思って女性はそう聞いたのだが、ディアーナはニカっと笑うとグっと親指を立てて手を握ってみせた。
「少女騎士はか弱き女性を守るものなのよ!」
そう言い残して、ディアーナは駆け出し次のテーブルからもテーブルクロスを抜き取ると近くに居た人に押し付けている。
カインの他も、それぞれで出来ることをしつつ狼藉者に近づき、一人またひとりと騎士やレッグスなどに取り押さえられていく。
幸い、魔法で発生させた炎を分散して飛び散らせただけなので威力はさほど高くない。風が吹けば飛んでいくし、叩き落として踏んづければすぐに消えてしまう。
しかし、そうは言っても火である。髪に落ちれば燃えるし肌に落ちればやけどしてしまう。万が一目に入ってしまったら失明の可能性だって考えられる。
カインはぐるりと周りをみながら、時には個人を弱い風の防御魔法で包んで守り、時には大きな風の壁を作ってまとめて弾いていた。
「お前、貴族だろう! 何が貴族を糾弾するだ、ふざけやがって!」
「うるさいだまれ! 誰のせいで貴族じゃなくなったと思っているんだ!」
人とテーブルを避けつつ、最初に魔法を使い出した男の前までようやくたどり着いたカインが指を突きつけて叫ぶと、男も叫ぶように答えた。
リムートブレイクでは基本的には全員魔法が使える。貴族と平民の区別なく魔力を持って生まれてきて、指先に火を灯すとか手のひらから風を起こして髪を乾かすなどの魔法は平民でも使えるのだ。
しかし、呪文を唱えて魔法を制御し、思うように使いこなすには勉強と訓練が必要なので、詠唱魔法を使っているということは貴族である証拠に他ならない。
たまに、アホみたいな魔力を持って生まれてくる事で特待生として魔法学校に入学する平民もいるが稀である。
カインが、男を貴族だと断じたのにはそういった背景があるのだった。
男がまたもや腕を上げて魔法を使おうとしたので、カインはその腕を凍らせた。ほんの、表面を薄い氷で覆わせただけだが、男は腕を振って氷を剥がすのに夢中になり魔法は中断された。
カインに意識を取られていた男は、後ろから近寄ってきていたヴィヴィラディアに取り押さえられ、その場に伏せられて腕をねじりあげられてしまった。
「はなせぇ! くそが!」
カインがひとまずホッとしつつ、周りをぐるりと見渡せば魔法を使って周りに被害を振りまこうとしていた主だった者は三人の騎士とレッグス、キールズによって地面に押さえつけられているようだった。
その他、なんとなく気まずそうな顔で逃げ出すスキを窺っている風情の者が何人かいるが人手が足りない。
逃さないようにするにはどうするか、と焦ってカインがぐるりと周囲を見回したときだった。
「何事か! コレはいったいなんの騒ぎだ!」
大きくてよく通る低い声が庭に響き渡った。
声のする方を見れば、騎士服を着たエクスマクスがアーニーの首根っこつかんで引きずるようにしながら歩いてくるところだった。
そして、カインが何よりも驚いて目を瞠ったものがその背後にあった。
それは黒い箱に金色の紋章を施された馬車から降りてくる、父ディスマイヤの姿だった。
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ようやく仕事の修羅場をぬけました。
おまたせしました。よろしくおねがいします。
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