集合すると気が大きくなるものだ
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カインは隣に立っているキールズのベルトをクイクイと引っ張って気を引く。キールズは前を見たまま体を傾けてカインの頭に耳を寄せてくれた。
「キールズは、領地内での税金の使い方を把握してる? 特に、領民の為に使ってる感じの使い方」
「代表的なのは幾つかわかる。一応、父さんの後を継ぐつもりで勉強はしているからな。まぁ、カインが引き続きうちに領地を任せてくれるなら、だけど」
「もちろん。ありがとうキールズ」
カインが礼を言うと、キールズは体を起こして姿勢を正す。
さて、どうしようかとカインは領民たちを改めて見る。代表として前に出てきた三人ほどがまだ何かを言っている。
昨日のアーニーにしたみたいに風でふっとばして水を頭からぶっかけて頭を冷やしてもらうか。いったん全員氷漬けにして頭を冷やしてもらうか。
昨日もすぐに溶けたアーニーは元気に走って逃げていったので、一瞬凍るぐらいなら死にはしなそうだ。
武器らしい武器を持ってきていないのだし、一応は今の所「領地をまとめる貴族に窮状を訴えている」ということにすれば穏便に済ませることが出来るかも知れない。
過去にプッツンして色々とやらかしているカインではあるが、平和に終わることが出来るのならば平和にすませたい。特に、ディアーナの将来と関係無いところでは無闇矢鱈と高圧的に人を虐げるようなことはしたくない。
それこそ、ディアーナにはみんなから愛されるお嬢様になってもらいたいのだ。みんなというのは王族や貴族だけでなく、領民、平民も含まれる。
街にお忍びで行ったディアーナが、お忍びであることがその美しさ可愛らしさ愛らしさからバレバレなのにみんなから微笑ましく受け入れられて楽しく街遊びできるなんていう漫画みたいな未来だって見てみたい。
そこでならず者に襲われている町娘をかばって大立ち回りをし、拾った棒でならず者をやっつけるディアーナ。街中のみんなから拍手喝采をあび、てれながらも救った町娘と友達になり、その後一緒に遊ぶんだ。そんな夢の様な未来があったら良いなと思って一瞬の白昼夢を見るカインである。
「はじめまして、こんにちは。ぼくの名前はカイン・エルグランダーク。このネルグランディ領の領主であるエルグランダーク公爵の息子です」
領民の熱い訴えが途切れた瞬間を見計らって、カインは一歩出ながら大きな声で挨拶して名乗った。
集まった人たちに声が届くように、しかし怒鳴り声にならないように気をつけて声を上げる。ささやかに背中から追い風のように風を吹かせて声を流してみた。
「ネルグランディ領は、他の領地に比べてとても豊かで、住んでいる人たちも穏やかだと聞いております。今日、お会いできるのをとても楽しみにしておりました」
領民が集まっている方へと顔をむけ、3列目ぐらいまでの顔がみえる人たちについては一人ひとり目を合わせていく。
おどおどとして目線をそらす人と、ぎらりと睨みつけてくる人がいる。叔母の言っていた見覚えの無い人というのがどちらの行動を取っている人なのかは、あまり領民と交流のなかったカインにはわからなかった。
「はじめまして、ごきげんようみなさま。 わたくしの名前はディアーナ・エルグランダークと申します。同じく、エルグランダーク公爵の娘です」
人の観察をしていたカインの隣に、いつのまにかディアーナが立っていた。カインのマネをして、胸をはってよく通る可愛い声で名乗りを上げた。
「いつも、ここに来る時はコーディとキールズ兄様に遊んでいただいておりましたが、今日はもっと沢山のお友達ができると、とても楽しみにしておりました」
そういって、柔らかい優しい笑顔を浮かべてスカートを摘んで少し上げた。簡易的な挨拶の仕方だ。
カインは、驚いてディアーナを見おろしたがディアーナはまっすぐに領民たちをみている。
まだ小さい9歳の女の子が前に出てきて、楽しみでしたと挨拶をしたのだ。領民たちの間に軽く動揺がはしっている。カインとディアーナが領民を見るのが初めてなら、領民がカインとディアーナを見るのも初めてのハズだ。
夏の太陽を反射してキラキラと光る金髪と、夏の空を移しているかのような深い青い瞳の美しい兄妹が、空気を読まずににこやかに挨拶をしてみせたのだ。気勢をそがれもするだろう。
歓迎会のスタートが遅れていて、ボウルの中の氷が溶けてしまっている。カインは水が入っているだけのボウルを手にとってその場で水を捨てると、ボウルをディアーナに預けて支えてもらった。
「氷がとても高価で贅沢だと、先程おっしゃいましたね」
にこやかに、あくまでにこやかに。
カインはディアーナの持つボウルの上に手をかざすと、口の中で何事かをつぶやいてゴロンゴロンと氷を空中に作り出していく。氷は、現れた端からボウルに落っこちていき、あっという間に山になる。
「お兄様、ボウル冷たいぃ」
「うん。ありがとう、ディアーナ。ボウルこっちにちょうだい」
ディアーナからボウルを受け取って、それを領民たちに向けて掲げた。
「夏の暑い中、僕たちの為に集まってくださる皆さんをおもてなししたいと思って僕が氷を作りました。贅沢だと思ってくださるなら、おもてなしになるでしょうか? 熱い思いを語ってくださり、喉が渇いてはいませんか?」
カインはグラスに冷えたお茶と氷を入れて両手に持つと、立ちすくんでいる領民たちの前へと進んでいく。
気まずそうな顔をしている人と、怪訝そうな顔をしている人にそれぞれグラスを差し出した。
「貴族であり、領主……の父はいませんが、代わりに息子である僕に是非お話を聞かせてください。貴族に対して不満に思っていること、領地で仕事や生活をする上で不便に思っていることを直接聞くことができるなんて、とても貴重な経験です。そのための歓迎会でもあるのですから」
気まずそうな顔をしている方の人は、おずおずとグラスを手に取ってその冷たさに驚いていた。
怪訝そうな顔をしている方の人はなかなかグラスを受け取ってくれない。結露でグラスの外側が濡れていき、カインの手が濡れていく。
「おにいさんの、さっきのお話をもういちどわたくしにもきかせてくださいませんか。お恥ずかしながら、言葉がすこしむずかしかったのでわからなかった所があるのです。なにか、困っていることがあるのですか?」
また、ディアーナがカインの後をついてきて、怪訝な顔をしている人に向かって話しかける。少し困った顔をして首を少しかたむけている。成人男性として平均的な身長のその人は、ディアーナから上目遣いで見上げられている。
ついに怪訝な顔の人もグラスを受け取って、ぐいっと冷茶を煽って飲んだ。
さすが、可愛いは正義である。
「きちんと話を聞かせてください。そのためにも、みなさんまずはお茶を飲んで水分補給をしてください。お茶もお菓子もせっかく用意したのに、無駄にするほうがもったいないとはおもいませんか」
そういって、カインはさらにお茶の入ったグラスを目が合った時に気まずそうにしている人たちを中心に渡していく。
カインは、自分の顔が美しいことを自覚している。今回はさらにディアーナが常に追いかけてきて隣に立つようにしてくれた。
美しい顔から、優しく微笑まれつつお願い事をされて無下に出来る人は中々居ないものである。
固まって立っていた領民たちだが、すこしずつバラけてテーブルの方へと移動する人が出てきた。すかさずアルディとアニタが顔見知りの人間を捕まえてテーブルへと誘導していく。
コーディリアとキールズも同年代の子を引っ張ってバラけさせていく。
カインはホッとして胸をなでおろし、傍らにたつディアーナを見た。ディアーナはカインを見上げると、ボンネット帽のつばを狭めてカイン以外から顔が見えないようにしたうえで、ニカっと淑女らしからぬ顔で笑ってみせた。
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