八月暴動

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エルグランダーク公爵が治めているネルグランディ領は広大なので、いくつかの地域に分割してそれぞれに土地管理官を配置している。

ある程度の権限を持って担当地域を管理できるようにと、平民から召し上げた土地管理官には継承不可な一代男爵の爵位を与えており、課税配分などは各自の裁量に任せていた。


それは、領地が広大だからこそ地域によって得意な作物が違う事、天候や気温が異なる事、大雨や旱魃などの天災の有無も地域による事などを配慮した上で、領地内全てで統一した税率で課税するのは公平ではないという考え方から来ている。


毎年春の公爵による現地視察に合わせて行なわれる領主の歓迎会は、夜会として開催されている。

種まき、苗植えを始めるまえの決起集会も兼ねていて、領地内の各土地管理官たちが招待される。

夜会であるため、未成年であるキールズ以下の子ども達は当然のことながら参加はしていない。


本日行なわれる歓迎会は、カインとディアーナを主賓としているため昼食会のガーデンパーティとして開催され、招待されているのも領主直轄地の領民たちだ。特に若い世代に出席して欲しいと通達されているらしい。

おしゃれをして、美味しいものを食べて、同年代の友達が沢山できるかもしれない。そう思ってディアーナもとても楽しみにしていたし、楽しそうなディアーナを見られると思ってカインも楽しみにしていたのだ。


「それなのに、これはないよ」


会場の前庭には、真っ白いテーブルクロスの掛けられたテーブルが幾つも置かれており、その上には軽食や可愛らしいお菓子が用意されている。

朝食後にカインが用意した氷で冷やされている果汁やお茶もティーワゴンで用意され、各自給仕係の使用人達が側で待機している。

準備万端の会場には、なんらおかしなことはない。


正門から庭に入ってすぐの所に、招待されて来たらしい領民たちが居るのだがその様子がおかしいのだ。

みな、普段どおりの農作業するような服を着て、真面目な顔をしてまとまって立っているのだ。緊張して、とかそういった雰囲気ではない。

皆平民で、殆どが農業従事者ではあるがネルグランディ領は貧しくはない。領内の数カ所に『街』と呼ばれる繁華街があるのだが、そこへ買い物へ行ったり遊びに行ったりするのによそ行きの服を持っていたりするものだ。

エルグランダーク子爵家でも、収穫の頃には城の庭を開放して労い会を開いたりしているが、そのときにはみな一張羅を着て参加している。

それなのに、今回は皆わざわざ農作業時の服を着てやってきている。皆というか、主に若者層の者たちだ。

クワだのスキだのの武器になるような農具を持ってこなかっただけましだとカインは思うことにした。


「パーティを楽しみに来たという感じがしませんね」

「お兄様……」


カインのつぶやきに、隣に立っていたディアーナがギュッと手を握ってきた。カインはその手を握り返して、反対の手でポンポンとさらに包むように優しくたたいてやった。


「お前たち!どういうことだ。公爵家ご子息の歓迎会だと聞いていただろう!」


先に来ていた、直轄地の土地管理官代理のレッグスが大声を出して若者たちに問いただした。レッグスの大声に、若者たちはビクリと肩を揺らすと自分の周りの者とコソコソと話をしはじめた。


「……不思議ね?見たことの無い子が三割程いる気がするわ」

「アルディもそう思う?私も、ちょっと見覚えのない子がいるのよね」


レッグスの妻のアニタと、カインの叔母のアルディがそんな会話をしている。

実際に農作業をしている家の当主やその妻については覚えていたとして、その子どもたちのことまで覚えているものなのだろうか。いくら地元密着型貴族といえどそんな事あるのかとカインは不思議に思い、つい聞いてしまった。


「領地の人たちの顔をみな覚えているのですか?」


カインの声に二人が顔を見合わせ、クスクスと笑った。可愛いおばちゃん達だなぁとカインはこんなときだが顔が緩むのを感じてしまった。


「農作業で手一杯になる時に、私達がみんなの子どもを預かったりしていたのよ。畑の近くに敷布を敷いて、小さい子たちを集めてまとめて歌を歌ったりお話を聞かせたりね。お昼にはそれぞれの子達とご飯を食べて、その後また私達の所に子どもをあずけて畑に行くのよ。順番にお昼寝したりね」

「キールズやコーディリアを産んだ時は、よその子と一緒になって畑の側でお昼寝したわ。ザリガニ釣りやセミ取りをしたり、石はじきで遊んだり。ちょっと大きくなってきた女の子とは一緒に豆の筋とりをしたりね」


なるほど、領民の農作業がスムーズに進むための手伝いというのはそういう事も含まれているの……か?それはどうなんだろうと、カインは少し疑問であった。


「だからね、私がこの領地にお嫁に来てよりこっちだと、この辺に住む子達はみんな私達の子どもみたいなものなのよ。ちゃんと、みんなの顔は覚えているわ」


そう言って懐かしそうに微笑む叔母の顔は慈愛に満ちた優しい顔だった。

「お義兄様には、渋い顔をされてしまうのですけどね」とちょっと困ったような眉を下げた顔をカインに向けた後、若者たちが固まって立っているあたりをまっすぐに見るように背筋を伸ばした。


まぁ、王都を拠点としているディスマイヤからすれば、領民に混じって地べたに座り子守をするというのはあまり貴族らしい行いではないんだろうなとカインも思う。



「夏休みに帰省した子どもの為に、この様な豪勢な食事を用意し、それを振る舞って権威を見せつけるその傲慢さを糾弾しにきた! その白いテーブルクロスも、その上にのる軽食や菓子も、この様な夏に高級品である氷まで用意しているが、それらは全て我ら領民が汗をかき丹精込めて作った物を取り上げて、売り払った金で得たものだろう!! 働く我らの上にあぐらをかき、贅沢で豪華な暮らしをしているあなた達貴族を許すわけにはいかない!」


若者の中から、一歩前に出てきた男がそう叫んだ。代表として出てきて叫んだ男がアーニーじゃないことを意外に思いながらも、アーニーじゃなくてよかったなぁともカインは思った。

次回の集会がいつなのかを突き止めて、そこで説得なり何なりするかーという話を昨日したばっかりだったのに、今日の歓迎会をその集会の会場にされてしまっては笑い話にもならない。


「楽しみにしていたのにねぇ……ディアーナ」

「懲らしめてやりなさい。の出番? お兄様?」


こんな場面でもワクワクしたような顔でカインを見上げてくるディアーナは、最強の女の子だなとカインは嬉しくなってニッコリとディアーナへ笑顔を返した。

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誤字報告いつもありがとうございます。

予測変換とかですね、バックスペースキーの不調ですとかね……色々とありまして(言い訳)


感想もいつもありがとうございます。全部読んでいます。励みになります。本当にありがとうございます

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