きせいじじつってなぁに?

「まぁ、あとはアーニーをとっ捕まえてからだな。この話はいったん終わりだ」


エクスマクスは腕を組んだまま背もたれから体を起こすと、そのまま組んだ腕をテーブルに乗せた。


「明日は、カインとディアーナの歓迎会を昼にする予定になっているが。そこで発表ということでいいか?」


そう言いながら、一同の顔を順番に見ていくエクスマクス。カインとディアーナがそろって首をかしげ、キールズとスティリッツが顔を見合わせている。


「なんの発表?」


コーディリアが父親の顔を見上げながら聞けば、エクスマクスは呆れた顔をして鼻でため息をついた。


「何って。キールズとスティリッツの婚約だ。結婚の約束をしたんだろ?」

「えぇ!?」


話が早すぎる。キールズは先程「これから両親の承諾をもらう」といったことを言っていたんじゃなかったのか。カインはキールズの顔を見た。

キールズも、豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。


「なんだ? ちがうのか? さっきはもうアニタとレッグスにも話をしてきたって言っていただろ」

「いつから話を聞いていたんだよ、父さん」

「お前がスティリッツを抱いて庭に駆け込んでいったから、何事かと思って庭を覗いたら大声で叫んでいたから聞こえたんだよ」


キールズとスティリッツの話に関してはほぼ最初からだった。というか、キールズは何処からスティリッツを抱いて走ってきていたのか。カインはふくよかで抱くにはちょっと重たそうなスティリッツと細く見えるキールズを交互に見た。

半袖シャツから見えるキールズの腕はよく見ると意外と筋肉質なので、着痩せする細マッチョタイプなのかもしれないとカインは思った。 細く見えてもエクスマクスの息子なのだ。


「ていうか、叔父様。良いってことですか? キールズとスティリッツさんが結婚するのは」


カインは前世でサラリーマンをやっていたので、何も無いのにいつの間にか許可されたことになっている、みたいな状況が少し気持ち悪かった。そわそわするというか、ムズムズするというか。

通りすがりに聞いた話をそのまま正式採用してしまうような、そういうふんわり感がどうしてもゾワゾワしてしまうのだ。


「今更だな。キールズとスティリッツがいつ言いに来るか待っていたぐらいだよ。なんだっけ?両片思いって言うんだろ?アルディがもういっそ二人を部屋に閉じ込めて既成事実作らせましょうとか言ってんのを止めるの大変だったんだぞ」


アルディというのは、カインの叔母である。つまり、キールズとコーディリアの母でエクスマクスの妻である。


「叔母様……」

「お兄様、お兄様。きせいじじつってなんですか?」


ツンツンとカインの裾を小さく引っ張ってディアーナがこっそり聞いてきた。人さし指と親指で小さくつまんで引っ張る様の可愛いこと可愛いこと。

カインは体を斜めに倒しながらディアーナに頭をよせて、小さな声で耳打ちする。


「こうしますよって前もって言ったり、こうしても良いですか?って許しを得たりするまえにやっちゃうことだよ」

「うーん?」

「お父さまとお母様に、騎士になっても良いですか?って聞く前に騎士団に入団しちゃうとか、この人と結婚してもいいですか?って聞く前にチュッチュしちゃうとか……」

「カイン様?」


サッシャから鋭い声で名前を呼ばれて、カインは肩をすくめて姿勢を戻した。

ディアーナは「きせいじじつで騎士団に入団……」と真剣な顔をして目の前のビスケットを眺めている。


「それでも、一応けじめだから! 父上、俺とスティリッツはお互いに愛し合っています。結婚の許可をおねがいします」

「子爵様。どうか、よろしくおねがいいたします」


キールズとスティリッツがそろって頭を下げた。テーブルに額が付きそうだ。

ソレを見て、エクスマクスが困ったような顔で笑ってみせると、ゴホンと咳払いをして姿勢を正した。


「キールズはまだ十五歳で学生だ。騎士としても見習いだしな。スティリッツには悪いがあと三年は婚約という形で頼む。結婚はもちろん構わない。我が家に嫁にきてくれるのだろう? アルディも楽しみにしているよ」


そう言って、朗らかに笑った。

エクスマクスの言葉を聞いて頭を上げたキールズとスティリッツはお互いの顔を見て頬を赤らめて、手を合わせて喜んだ。


「おめでとう! キールズ、スティリッツさん」

「おめでとう! キー君、スティリッツさん」

「おめでとう! 兄さん、スティリッツ!」


それぞれで、お祝いの言葉をかけた。スティリッツはコレから大変だろう。いくらエルグランダーク子爵家が地元密着型貴族といえども、まったくの無作法でいいというわけにはいかないだろうから、色々と勉強しなければならないこともあるんだろう。

でも、嬉しそうにお互いを見つめ合いながら笑っているキールズとスティリッツを見てカインは自分も嬉しい気持ちになった。


キールズとスティリッツの交際が公になることで、カインに何かがあったとしても「キールズをディアーナと結婚させて公爵家を継がせる」という話にはもうならないだろう。

ゲーム中のカインルートでのディアーナの悲劇は、キールズに恋人が居ることを周囲が知らなかった事が原因ともいえる。

恋人と引き離してまで公爵家を継がせようなんて言うほどディスマイヤも鬼ではないはずだし、そもそもエクスマクスがさせないはずだ。ゲームでは出てこなかった叔父の性格を知っている今のカインであれば、そう思えるのだ。


ディアーナの不幸フラグを一つへし折れた事ももちろん喜ばしいと思うカインだが、目の前で顔を赤くしながらも愛おしそうにスティリッツを見つめるキールズと、涙目になりながら嬉しそうに微笑んでいるスティリッツを見て、素直に良かったなぁと喜ぶ事ができていた。


幸せそうな二人を見て、カインはアーニーを殺さなくて良かったと心のなかで叔父に感謝した。

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