歌って踊って農業もできる騎士団

特に歌ってもいないし、踊ってもいません

  ―――――――――――――――  

「これから夏野菜の収穫が最盛期になります。初冬から収穫になる根野菜の苗植えも考えなければなりませんから、農家はとにかく忙しい時期です。騎士団からも人をお借りしている状態ですし、早く兄を何とかしないと……」


「え? 騎士団が農業の手伝いをしてるんですか?」


スティリッツの言葉にカインが思わず聞き返す。


「ネルグランディの騎士の多くは農家の三男や四男だ。子どもの頃には家の手伝いもしていたし、いまでも休暇になると作物の世話を手伝うために家に帰る者は多い。ウチの騎士たちの農作業の手腕はどこに出しても恥ずかしくないレベルだぞ」


そう言ってエクスマクスは胸を張った。心なしか顔も得意げである。

なるほど、騎士団が農業の手伝いをしていると言うよりは、兄弟が放蕩し仕事をサボり始めたので騎士団に入った弟たちが実家に帰って家業を手伝っているという状況なのだとカインは理解した。


リムートブレイクとサイリユウムは今のところ一応の友好国で、戦争の気配は全くない。そもそも、両国とも国土の広さに対して人口がさほど多くなく、まだまだ自国内の開拓で手一杯の状態であるのだ。戦争をする意味がない。

両国とも、今のところ騎士団は治安維持と魔獣や野獣の退治、そして開拓や災害復興が主な仕事になっている。

ならば、農業支援も仕事の一環と言えなくもない……のか?なんとか納得しようと頭をひねるカインである。


「農作業はとにかく人手がかかる。その集会とやらに集まる若者たちが何か事をなす前にかたをつけたいな……。粛清などということになって働き手を失いたくはない」


渋い顔をしてエクスマクスが腕を組みながらそうつぶやいた。

今はまだ、仕事をさぼって貴族に対する愚痴を言う会を開催しているだけとも言える。王都で徒党を組んで貴族の愚痴など言ったら即収監だろうが、この領地で言えば貴族と言えばエルグランダーク子爵くらいしかいない。

直轄地以外の土地管理官あたりは男爵位の者もいるが、領民と一緒になって畑を耕す半分農家みたいな貴族ばかりなので、子爵も含めたその貴族たちが「そんな事より働き手」というスタンスなら、若者の愚痴大会は「そんな事」になるのだろう。

領地密着型貴族のプライドは農作物の品質と出荷量である。

貴族に対する愚痴よりも、農作業をさぼっている方が許されないと思われている節もある。


「アーニーは、貴族の搾取とか平民の独立とか言ってましたよね。もしかしてなんですが、税金の使いみちを知らないのでは?」


カインの前世は身分制度の無い民主主義国家の市民であった。貴族はいなかったが、働けば働いた分だけ税金は取られるし、取られた税金は弱者と呼ばれる老人や子育て世代に持っていかれた。独身一人暮らしの人間が一番割を食う世の中ではあったが、知育玩具の営業として子どもたちと接触する機会が多かったので税金を納めることで子育てに参加出来ていると思えばそこはぐっと我慢ができた。


前世のカインが打倒政府!という心持ちにならなかったのは、自分の収めた税金が待機児童解消のために使われたり、道路の穴っぽこを埋めて自転車が走りやすくなったり、子どもが渡るには危なかった交差点に横断歩道と信号機が新設されたりするのに使われているのを知っていたからだ。


この世界でも、革命を起こすか教育を充実させるかすれば身分制度の撤廃や民主主義国家の成立は可能かもしれない。

しかし、ソレには地道な努力が必要なのである。今、貴族を糾弾して追い落とし、愚痴集会の人たちが上に立ったとして領地を治められるのかは甚だ疑問である。


「一生懸命育てた野菜や穀物の一部を貴族に取り上げられて、貴族はそれを売って贅沢をしている。とだけ思われてたら、反発を買うのかも知れない。税金として回収されたその野菜や穀物を売ったお金で領民のみんながどんな恩恵を受けているのかを、きちんと説明できれば愚痴大会も収まるんではないですか? 叔父様」


カインがエクスマクスをじっと見る。

領地運営の方針や年間計画や新規開墾計画なんかは、春の公爵視察の時にきっちり話し合いをしているはずではあるのだが、実運用が領民の近い位置で生活している子爵と、肩書では領主となっている公爵との間では価値観や感覚のズレが発生してしまうことも有るのかも知れない。

カインはそのやり取りにはまだ関わっていないのでどのような方針で領地運営をしているのかはよく分かっていない。それでも


「働いて得た物の一部を貴族に納めるのは搾取ではない、ということを知ってもらう事が大事なのかも知れません」


カインは、ただ「田舎の平民の人たちはアホだなぁ」ぐらいに思っていたのだが、アーニーやスティリッツの話を聞き、叔父の話を聞き、集会に集まっている人たちの不満というものを聞いて自分の考えを述べるうちに少しずつ思考が固まってきた。

ぼんやりと違和感を感じてモヤモヤしていたものが、言葉に出すことで輪郭がはっきりしてきたのを感じている。

平民が貴族に対して不平言ってるよ〜。前世でもやたら政府に噛み付く人いたしな〜。ぐらいの他人事として貴族視点でぼんやり考えていたのだが。


「王都からネルグランディ領地までの馬車が通れる整備された道、開墾されたり好き勝手に取られたら枯れてしまう高級きのこの管理林、取り扱う作物の特性によって出る繁忙期の差を均すための人事配置、当人達では解決できない物事の裁定。飢饉への備え。なにより、魔獣や害獣駆除に対する武力の維持。それらを支えるお金が何処から出てきているのか。それらを知らないから、自分たちが一生懸命働いたお金を持っていって贅沢している無駄な人って思われるのかも知れません」


カインとしては、これは教育の敗北なのだと考えた。

前世の世界なら納税の義務については小学校で習う。それに付随して税金が暮らしにどのように使われているのかも学ぶはずだ。

それがないから、搾取だと言われるのだ。


「ふむ。まずはアーニーをひっ捕まえて、そのへんの事について問いただそう。そのうえで、アーニーにそんな中途半端に知恵を吹き込んだのが誰か聞き出すか。一年ほど前から急に家業を手伝わない若者が増えたのだから自然発生した思想ではなかろう」


腕をくんだまま椅子の背もたれに寄りかかったエクスマクス。椅子の支柱がギィギィと怪しい音をたてている。アーニーをひっ捕らえると言ったあたりでスティリッツをちらりと見た。


「兄が、コーディリアちゃんや…えっと、カイン様にした事を考えれば立場的にも許されない事なのは分かっています。でもせめて、なぜ兄があんなふうに考えるようになってしまったのかは知りたいと思います」


俯いて、静かにそう言うスティリッツ。机の下でキールズがそっと手を握ってやっているのがカインから見えた。

  ―――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る