家族のお茶会
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食堂に入ってきたのはカインが最後だった。
カインがディアーナの隣に座ると、給仕がティーカップをカインの前に置いて壁際へと控えた。
「まずは、俺の話から聞いてもらおうか」
カインがお茶を一口飲むのを待って、エクスマクスが口を開いた。エクスマクスも胸当てなどの装備を外して軽いシャツとズボンに着替えていた。
「ここ最近……一年程か、家業を真面目に手伝わん息子についての相談が増えていたのだ」
そう言ってエクスマクスがスティリッツを見る。スティリッツは、コクリとひとつ頷いた。
「兄もそうです。それより前は、父や母と一緒に農家の皆さんの相談に乗ったり、種まきや収穫期の忙しい時期には手伝いに回っていたり、配分の決まった飼料の運搬を手伝ったり……土地管理官のお手伝いをきちんとやっていました。子爵様のおっしゃるとおり、一年ほど前から兄はあまり家の手伝いをしなくなりました……」
「ああ。かと言って、家業が嫌だとか、街へ出て商売をしたいとか、王都へ出て仕官したいとか言うわけでもない。ただ、このままではいけないとか、暮らしを豊かにするとか、なにやらでかい事ばかり言うのだという」
スティリッツの話を受けて、エクスマクスが引き継ぐように話を続けた。顔は呆れた様な表情で、最後に大きくため息を吐いた。
「兄も。兄も……家の手伝いをせずによく出かけるようになりましたが、他で働いているというわけでもなさそうでした。フラフラとしてばかり居て、と父に叱られてからはあまり家に寄り付かなくなってしまいました。家に帰ってこない間に、コーディリアちゃんに言い寄っていたなんて先程キールズ様から聞くまで知りませんでした」
そこまで言うと、スティリッツは向いに座るコーディリアに深々と頭を下げた。おでこがテーブルに付きそうになっている。
「ごめんなさい、コーディリアちゃん。怖い思いをさせてしまったわ。ちゃんと、私達が兄を諌めて止めなければいけなかったわ」
「スティリッツ!良いのよ!良くないけど、良いのよ!スティリッツが悪いんじゃないわ」
コーディリアが慌てて手を振ってスティリッツの頭を上げさせようとしている。ようやく顔を上げたスティリッツの目尻には涙が浮かんでいた。
それを見て、またエクスマクスが大きくため息をつく。
「コーディリアとキールズも。なぜ俺に相談しなかったんだ。婚約だの結婚だのの話になれば子ども同士で決められるものでは無いことぐらいわかるだろう? 一応はウチも子爵家なのだ。断るにしろ受けるにしろこちらの意見を通す事はできたのだぞ」
カインが食堂へ来るのが遅れていたうちに、庭の茶会のあらましはすでにエクスマクスに伝わっているようだった。
キールズとコーディリアが気まずそうに顔を見合わせ、コーディリアは俯いてしまい、キールズは父親の顔をじっと見た。
「家どうしの話にしたくなかったんだよ。一応うちは子爵家で、アーニーの家は管理官代理とはいえ平民だろ。アーニーを処罰したり家から追い出したり……領地から追い出したりするようなことにしたくなかったんだよ。ここ一年ぐらいでなんかよそよそしくなったしガラが悪くなってきてたけど、アーニーは幼馴染だし友達だし。兄弟みたいに育ったところあるし。スティリッツやおじさんとおばさんを悲しませたくも無かったんだよ……」
「
キールズとコーディリアがそれぞれに、それぞれの想いを話す。
カインは大分大きくなってから、それも毎年春だけしか領地に来ていなかったから、アーニーとは面識が無かった。時々、キールズやコーディリアから「仲の良い近所の友人」の話が出ることはあったがそれだけの認識だった。
しかし、キールズとコーディリアは生まれた時からこの土地で過ごしていたのだ。生まれた時から側にいて一緒に遊んだりご飯を食べたりした友人の心変わりについて、さっさと切り捨てることが出来なかったのだろう。
「ウチは子爵家とは言うが、兄上から領地の運営を任されているってだけだからな。縁つなぎのために婚姻を利用するなど意味がない。国境防衛の為の騎士団を預かっている事で騎士爵も頂いておるし、子爵なぞいらんと兄上に言った事もある。子爵家であることを笠に着て、平民に何かを強いるようなことは性に合わんよ。それに、アーニーが何を言っていたのか知らんが、にわか仕込の提案を真に受けて『そりゃいい』なんて可愛い娘を嫁にやったりもせん。もっと父を信用してくれ」
エクスマクスはそう言ってニカっと笑うと、大きな手のひらでコーディリアの頭をゴシゴシとなでた。
「で、だ。直轄地近辺の領民からアニタとレッグスへ、それと騎士団での見回り時に俺に直接訴えがあったのが先程話した息子が家業をないがしろにしてワケのわからん理想を話すようになったって話だ」
コーディリアの頭から手をはなし、ティーカップを持って一口のんだ。ソーサーに戻したところで給仕がさっと寄ってきてお茶のおかわりを注いで去っていく。
「アニタとレッグスからはアーニーも同じように働かずにフラフラするようになったと相談を受けている。キールズとコーディリア、そしてスティリッツの話を聞いたところそれは間違いないようだな」
「叔父様」
しばらくの間、家族の話だったので黙ってみていたカイン。話が戻ってきたので、小さく手をあげて叔父を呼んだ。
「逃げるアーニーをイルヴァレーノに付けさせました。 アーニーは森にある建屋に行ったそうです。それで、そこにはアーニー以外にも複数人の人間がいたのだとか。 もしかして、そこにいる人たちが『家業をないがしろにしている人たち』なんじゃないでしょうか?」
「そいつらは、そこで何をしているんだ?」
「さぁ……。勉強会とか、集会とかでしょうか。何か、貴族に不当に搾取されているという想いを強くする何かでしょうね」
アーニーの捨て台詞。「利益ばかりを貪る貴族」という言葉。
騎士団長として率先して領地を見回り、溝にハマった牛を引き上げたり害獣駆除をしては加工した肉を領民に配っているというエクスマクスを知っていれば出てくる言葉ではない。
カインもイノシシを担いで大変良い笑顔で城に帰ってきた叔父を見たことが有る。その時カインの隣に立っていたディスマイヤは大変に渋いお顔をしていたのを覚えている。
「一揆など起こされれば処罰しないわけにはいかんが、できればそうしたくない。そうなる前に、芽のうちに潰して性根を叩き直したいところだな。集会場所が明らかになったのはありがたいが、できれば一網打尽にしたい」
「ただ集まっている時じゃなく、勉強会や集会を開いている所に乗り込むのが一番ってことですね」
居場所の無い人がたむろしているだけの時じゃなく、明確に人が集まる時。まずはそれを探らなくてはいけない。
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