ゴールデンポイント
カインの私室のドアが開いて、イルヴァレーノが入ってきた。
「カイン様。ただいまもどりましたああああああああああああ!!!!」
ドアをきちんと閉めて、部屋の中のカインを見たイルヴァレーノは叫んだ。叫んで、鏡台の前にすわるカインに駆け寄った。
「髪の毛が!!鳥の巣になってるじゃないか!」
「あ、おかえりイルヴァレーノ。思ったより早かったね」
「早かったねじゃない!」
鏡台の前に座っていたカインは、右手にブラシを持ってぼんやりしていた。下ろされた髪の毛の首の後ろ上がりがもじゃもじゃの鳥の巣のようになっていた。
イルヴァレーノはカインからブラシを取り上げると、「あー、あー、あー」と言いながらカインの周りをぐるぐると回って髪の毛の様子を見て回る。
「そういえば、頭の上から梳かしちゃダメなんだった。シルリィレーア様から言われてたのに」
「誰ですかそれ。良いですか、これ以上いじらないでくださいよ」
そう言ってイルヴァレーノは一度退室して濡れタオルを持ってきた。ベッドサイドに置いてあった椅子を持ってきてカインの後ろに座ると、濡れタオルをあてて髪をしめらせ、少しずつ下からブラシで髪を梳かしはじめた。
「アーニー殿ですが、午前中に釣りに行った川より手前、林の中に入っていった場所にある集会所へと入ってきました」
「家に帰ったんじゃないんだね」
「土地管理官代理の家がどちらに有るのかは知りませんが、粗末な建屋でしたからおそらく違うでしょう。中に、午前中に一緒にいたゴロツキを含めて複数の人がおりました」
少し解いては、濡れタオルを当てて湿らせて梳かし、また濡れタオルを当てる。そうやってイルヴァレーノはカインの髪を少しずつ解いていく。
「話を聞くに、アーニーは良い兄ちゃんって感じだったぽいんだよねぇ。なんか、悪い人達と付き合うようになって何か吹き込まれたんだろうかねぇ」
「どうでしょうか。そこまではなんとも。居場所を確認してすぐに戻ってまいりましたので」
イルヴァレーノが髪を一房分けて取り、小さく少しずつ梳かしていく。鳥の巣状態が解消された房を肩の前に流すと、次の一房を取ってまた少しずつ梳かしていく。
「こんなんで、寮ぐらしちゃんと出来ているんですか」
「イルヴァレーノに教わった通り、風呂上がりにきちんと梳かしてからゆるくあんで寝てるから大丈夫だよ」
「じゃあ今日はなんでこんな事になってるんですか」
「油断したんだよ。イルヴァレーノが迎えに来てからこっち、ずっとやってくれるから忘れちゃったんだよ」
カインの髪が半分肩の前へと流されたところで、イルヴァレーノは椅子毎一歩ずれて座り直し、残りの髪を反対側から梳かしはじめた。
「……ディアーナ、怖かったかな?」
「怖かったんじゃないですか? いきなり椅子振り上げる人なんて普通おっかないですよ」
「……ディアーナ、僕のこと嫌いになっちゃったかな?」
「嫌いになったかも知れませんねぇ。急にキレる人なんて、普通は嫌いですよ」
イルヴァレーノの返事に、カインがグルンと振り向いた。
「どどど、どうしよう!? せめてディアーナの目の無いところまでちゃんと我慢すればよかったんだよね!?」
涙目である。イルヴァレーノはブラシを持ったまま両手でカインの顔を挟むと、ぐいっと前に向かせた。
「前を向いていてください。鳥の巣駆除中なんですから」
「はぁい」
一房取って、少しずつ。濡れタオルを当てて、ちょっとずつ。
窓の外が夏の日差しで明るい分、部屋の中が暗くなる。
遠くでカエルのなく声が聞こえる。
カインに拾われた直後に、カエルの歌をずらしながら歌う遊びにつきあわされたことをイルヴァレーノは思い出す。
「カイン様は落ち着いて、どっしり構えていれば良いんですよ。ディアーナ様の前ではいつでも優しいお兄様でいれば良いんです。……僕を使えば良いんです。久々ですが、きっとうまくやれます」
「じゃあ、イルヴァレーノ。今日はポニーテールにしてくれ。首が暑い」
「……カイン様」
「ポニーテールってわかる?高い位置で一本に結ぶんだけど。馬のしっぽみたいに見えるからポニーテールっていう」
「カイン様」
「僕の髪をいじるの久々だけど、うまくやってくれるんだろ?」
「カイン様!」
イルヴァレーノが最後の一房を肩の前に流しながら、声を荒げた。自分の髪が全部前に流されているのを見て、カインは首の後に自分の腕を入れると、そのまま持ち上げて髪を全部背中へ流した。
「イルヴァレーノは、俺の侍従だろ。イルヴァレーノの仕事は、俺の世話だ。俺の髪の毛をかっこよく決めたり、俺を格好良い服に着替えさせたりするのが仕事だよ。時々、お使い頼んだりはするかも知れないけどさ」
カインの頭がかすかに右に揺れた。イルヴァレーノからは顔が見えないが、多分ウィンクしたんだということが分かった。
一時期、カインとディアーナと(巻き込まれた)イルヴァレーノの三人でウィンクの練習をしていた時期がある。カインは右目のウィンクは出来るが左目でしようとすると両目をつむってしまうのだ。そして、右目でウィンクするときも、頭が一緒に右側に少し下がる癖がついている。
「カイン様はそれで良いんですか。……なぜ、僕を拾ったんですか」
足を洗わせてくれたのは、たしかにカインだ。
でも、カインは最初からイルヴァレーノを暗殺者だと知っていた。知っていて拾ったのであれば、自分専用の暗殺者がほしかったという理由ではないのかと、長い間イルヴァレーノは思っていた。
組織との縁が切れても、邸の騎士に稽古を付けてもらったりしていつでも役立てるように腕が錆びつかないようにしていた。
そうして心構えをしていたのに、カインがそういった事を指示することは今まで全くなかった。
「イルヴァレーノを幸せにするためだよ」
カインはなんてこと無いように言って、ほらほらと自分で髪の毛を掴んで頭頂部に持っていった。
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