何故かうまくいかない

ーーこわいこわいこわいこわいこわい!

目の前で起こったことに今になって心が動き出した。寒さで震えていた体が、夏の日差しで温まってくるに従って今度は恐怖で震えだす。

コーディリアはキールズと協力してスティリッツを抱えて歩きながら身震いする。


初めて会った時に、絵本の王子様のようにキラキラと光りながら優しい笑顔で挨拶してくれた一つ上の従兄弟。木登りや魚釣りやかけっこや昆虫相撲で遊ぶガサツな男の子ばかりが身の周りにいたコーディリアには特別な男の子に見えた。優しげに朗らかに微笑むところや、椅子を引いてくれたりドアを開けて待っていてくれたり、カインはコーディリアの王子様だった。常に、気遣われるのはディアーナの次だったことは気がついていたが、それでもカインはコーディリアの王子様だったのだ。毎年、公爵が視察に来る春が楽しみだったほどに。


しかし、今日のカインはただ恐ろしかった。

途中までは、穏やかに話を進めていたはずだった。ずっと、家族ぐるみで付き合っている優しい近所のお兄さんだったアーニーが急にコーディリアに言い寄るようになった気持ち悪さはあった。でも、それまで十年も優しいお兄さんとして遊んでくれていた記憶があるから無下には出来なかった。だから、公爵家の子息であるカインが無礼な事をされたにも関わらず、穏便に済まそうとしてくれているのにはホッとしていた。


なのに。


コーディリアは、ちらりとカインの方を見る。

エクスマクスに荷物のように小脇に抱えられ、ジタバタと手足をばたつかせている姿はただのイタズラを見つかってコレから叱られる少年にしか見えない。

コーディリアは今、兎に角カインが怖かった。


一度凍り、融けたお茶会会場はびしょびしょになってしまった。

茶菓子は全て湿気てしまい、融けた水が入った冷茶は色がすっかり薄くなってしまっている。髪を結んでいた紐が凍って割れたカインの髪の毛はぼさぼさで、カインと同じ前世の記憶がある者がこの場にいれば「さだこ!」と指をさして笑っただろう。

髪をバサつかせたまま、エクスマクスに抱えられて城へと運ばれるカイン。


「庭はびしょびしょになってしまったな。サロンに移動するか。おぉい、誰かサロンの方へ茶の用意を頼む!」


庭を片付けはじめた使用人達に、歩きを停めずに声をかけるエクスマクス。使用人は一同頭を下げると、数人が早足で屋敷へと向かっていった。


「実は、アレの親からも相談されていることがある。スティリッツも来ているようだし、色々と答え合わせみたいなことをしようじゃないか、なぁ、カイン」


カインを抱えているのとは反対の手でカインの頭を大きく掴むと、そのままぐしゃぐしゃとかき混ぜるように撫で回した。

横を歩いていたディアーナも、エクスマクスの大きな手の隙間に手を添えて一緒になってグシャグシャと頭をかき回した。


「まぁ、アレだ。カインは一度髪を整えるか。グッチャグチャだぞ」

「叔父様がぐちゃぐちゃにしたのよ」

「わはははは。そうだな、ディアーナも一緒にぐちゃぐちゃにしたな」


玄関から屋内に入ったところでようやくカインは床に降ろされた。ボサボサの髪を両手で掻き上げて後ろに流すと、ようやく顔が見えるようになった。

カインの顔が見えるようになって、その瞳がただ青いだけになっているのをみて、ディアーナはホッとした。カインのシャツの裾を掴んで引っ張ると、カインの顔を覗き込んだ。


「お兄様、だいじょうぶ?」

「ごめんね、怖い思いをさせたよね」


カインは弱々しく微笑むと、ディアーナの肩を優しくなでた。ボンネット帽をかぶっているので頭は撫でられなかった。カインは無性にディアーナの頭のてっぺんの匂いがかぎたかった。


「ディアーナ様、室内でお茶の時間をやり直すということですので一度お着替えいたしましょう」


サッシャが畳んだ日傘を腕に掛けながら、ディアーナの側に寄ってきて言った。日に当たらないように薄手だけれども長袖のワンピースとボンネット帽という格好は、たしかに室内でお茶を楽しむには過ぎた格好だった。


「サッシャごめん。よろしく」

「もちろんでございます。さぁ、ディアーナ様参りましょう」


ディアーナは、サッシャに背中を押されて階段を登っていった。カインは周りを見渡して、そう言えばイルヴァレーノはアーニーの尾行を命じたんだったと思い出した。


「叔父様僕も着替えてきます」

「大丈夫か?」

「落ち着きました。大丈夫です」


ペコリと頭を下げて、一人で自分に割り当てられた部屋へと戻る。

半礼装といったかしこまった服を脱ぎ、簡単なシャツとズボンに着替えて鏡台の前に座った。何時もと変わらないが、髪の毛がボサボサになったカインの姿が鏡にうつる。

まるで寝起きのようだとカインは自分の姿を見て笑った。


ゲームのカインルートで、公爵家を血縁者に継がせるためにディアーナの結婚相手として指名されるキールズ。そのキールズを焚き付けて片思いを成就させ、なおかつ恋人であると宣言させた。

今日の夜には叔父と叔母に申し出て婚約まで行く所だった。

キールズに婚約者がいるとなれば、ディアーナと結婚させようとはならないはずだった。そこまではうまくいっているはずだった。

ディアーナの不幸になる未来の一つを潰せるはずだった。


なのに、どうしてこうなった。


カインは両手で顔を覆うと、そのまま膝にオデコをつけるまで上体を倒してうずくまった。

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