領地で会いましょう
馬車の貨物室にも馬車の中にも沢山のお土産を積み込んで、ようやくセレネー号はサイリユウムの王都サディスを出発した。
国境までは四日、国境を越えてから家まで三日。
「一月半しか無いのに、ディアーナに会えるまで七日も掛かるのマジしんどい。四頭立てだし一日ぐらい短縮できないかな」
「四頭立てですが、箱がでかくて重いので無理です。そもそも、お土産をこんなに詰め込んでおいてスピードが出せるわけないでしょう」
馬車の中は、お土産でいっぱいだ。
座席にも床にもめいいっぱい積まれているので、カインとイルヴァレーノは二人で並んで座っている。
御者席への連絡窓がある関係で、二人並んで進行方向とは逆向きに座っている。主人と侍従の座り方ではない。
「それに、ディアーナ様とお会いできるのは七日後ではなく、四日後です」
「へ?」
カインが目を丸くしてイルヴァレーノの顔を見た。イルヴァレーノはカインの視線をほっぺたにたっぷりと感じてから、もったいぶってゆっくりとカインの方を向き、目を合わせてニヤリと笑った。
「ディアーナ様は国境近くにあるネルグランディ領でお待ちです。『三日分の距離をこちらからつめておけばいいのよ』とおっしゃって、カイン様の夏休み開始日に合わせて邸を出発したんですよ」
「もしかして、この馬車って」
「そうですよ。カイン様をお迎えにあがるためにねだられたんですよ」
なんということか。なんということであろうか。
ディアーナに会いたいという気持ちはカインの一方通行ではなく、ディアーナもまたカインに会いたいと思っていてくれたのだ。一日でも早く。そのためには国境近くまで自ら出向くという大冒険をしてまで。
「おお、神よ……」
両手で顔を覆い、自分の膝の上に額をつけるようにうずくまって肩を震わせるカイン。それを見て、呆れた顔をしたイルヴァレーノは背中をポンポンと軽く叩いてやった。
「俯いていると馬車酔いをしますよ」
「うん。僕は今ディアーナの愛に酔っているよ」
「……そうですか」
カインが土産物を買い込んで出発時間が遅くなったせいで、その日の宿についたのはだいぶ夜が更けてからになってしまった。
夕食を取り、布団に入ったのも遅かったと言うのに慣れ親しんだ言葉で話せる嬉しさから、カインはずっと喋り続けた。最後には「うるさいもう寝ろ!」とイルヴァレーノに頭から毛布をかけられてしまった。仕方なく目をつむったカインだが、馬車の移動は思ったよりも疲れていたようで、目をつむってしまえば気絶するように寝てしまったのだった。
そこから三日、カインは御者台に座ってアルノルディアと懐かしい話をしたり馬車の操作を教わってみたり、
ヴィヴィラディアから領地の最近の状況を聞いたり、イルヴァレーノのユウム語の挨拶について話したりしながら馬車の旅を進めて行った。
エルグランダーク家が所有しているネルグランディ領はリムートブレイクの東の端にある領地で、サイリユウムの国境と接地している。
そのため、アルノルディアとヴィヴィラディア。そしてここには居ないがサラスィニアもユウム語ができるそうだ。
イルヴァレーノも、ディアーナと一緒にイアニス先生からサイリユウム語を習っていたがまださほど流暢では無いらしい。
「イルヴァレーノと申します。ご拝顔たまわり恐悦至極に存じます」
「カイン様がお世話になっております。隣国におります旦那様に代わり、お礼申し上げます」
「これにて御前を失礼いたします。お時間頂きありがとうございました」
この三語を徹底的に丸暗記させられたらしい。
カイン様をお迎えに上がるのであれば、おそらくやんごとなき人と挨拶する機会があるから、とパレパントルに仕込まれたそうだ。
何か想定外のことを質問されたりしたらまずかったとホッとした顔で夕飯の川魚を食べていた。
そうして、国境を越えて川沿いをしばらく行き、なだらかな丘と整備された林のあるのどかな道を進むと城が見えてきた。
ネルグランディ領主の城、つまりカインの父の城である。
今はディスマイヤの弟であるエルグランダーク子爵が代官として領地を治めているので、城にも子爵一家が住んでいる。
それでも、主寝室やカインとディアーナの部屋はきちんと用意されている。客間で過ごすということはないので気が楽なのだ。
薔薇の蔦を這わせたアーチ状の門をくぐって城の敷地に入ると、広い庭には生け垣で迷路が作られている。
迷路の脇を馬車でゆっくりと進み、城の玄関前まで来て止まる。
御者台からアルノルディアが降りて馬車の扉を開けようとする前に、カインは自分でドアを開けて飛び出した。
「おかえりなさいませ、お兄様!」
玄関前のポーチにディアーナは立って待っていた。
二の腕あたりからスリットが入ってふわりと広がっているドレスの袖からちょこんと白い指先が出ていて、スカートの裾を小さく摘んでいる。
足が見えないように工夫されつつ、絽と紗を絶妙に使い分けて重ねられたふんわりとしたスカートも涼やかだ。
日除けのつばが広くなった帽子の側面をリボンで引き下げて顎下でリボンを結んでる。ディアーナが笑って首を振る度にそのリボンが揺れる。
「ディアーナが可愛すぎて目が潰れそう」
眩しそうに目を細めながら、足腰の弱った老人のようにあるいてディアーナに近寄っていくカイン。
ディアーナの前まで進むとひざまずき、そっとその手を取って自分の額を乗せた。
「萌え袖マジ尊い。ディアーナのおてて小さい白い可愛い」
「お兄様の手は少し大きくなりましたね」
カインは立ち上がってディアーナのほっぺたに手を添えると、その顔をまじまじと覗き込んだ。パチパチと瞬きをするディアーナの目を観ると、カインはヘニャリと相好をくずしてディアーナのおでこに自分のオデコをくっつけた。
「ちゃんとディアーナが存在している奇跡。ほっぺた少しシュッとしたね」
そう言いながら、カインはディアーナのほっぺた、まぶた、オデコにふれるだけのキスをしていき、最後にぎゅうと抱きしめた。
帽子をかぶっているせいで頭のてっぺんの匂いはかげなかった。
「お兄様。私がちゃんと世を忍ぶ仮の姿を保っているというのに、お兄様がこんなでは意味がありませんのよ!」
そういってディアーナがぐいとカインの胸を押して引き離した。
感動に酔っていたカインは目を大きく開いて少し悲しそうな顔をしたあと、一歩さがって紳士の礼を取った。
「ただいま戻りました、ディアーナ嬢。お久しぶりにお会いできたこと幸甚の極みでございます」
「おかえりなさいませ、お兄様。一日千秋の思いでこの日を楽しみにしておりましたわ」
お互いに礼のポーズを取り、にっこりと穏やかな笑顔で遣り取りをする。
そして
「きゃー!おにいさま!ディはおっきくなったのよ!」
「ディアーナァー!!!あああああぁぁん可愛いよぉおお」
ディアーナはカインに飛びついて抱きつき、カインはその勢いを殺さないままぐるぐると逆ジャイアントスイングをしてぐるんぐるんとディアーナを回したあと、遠心力に負けてディアーナを抱っこしたまま地面に倒れてしまった。
カインは地面に寝転がったままディアーナをぎゅうぎゅうと抱きしめ、ディアーナはカインの上でバタバタと足をばたつかせて喜んでいた。
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