お土産は無事故でいいのお兄ちゃん

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寮のカインの部屋から荷物を運び出すと、馬車に詰め込んで馬車に乗り込んだ。

御者は、アルノルディアとヴィヴィラディアだった。護衛を兼ねているという。


カインとイルヴァレーノが馬車に乗り込むと、四頭立ての立派な馬車はゆっくりと前進し、寮と学校の間の広場をゆっくりと一周して校門から出た。

馬車はバックが出来ないので、馬車停まりに並んで止まっている馬車はぐるりと広場を一周しないと敷地から出られないのだ。


「それにしても広いな。こんなでっかい馬車ウチには無かっただろ。いつ買ったの?」

「ディアーナ様の誕生日プレゼントに、と先月の末に旦那様が購入なさったんだよ」


イルヴァレーノの言葉にカインが目を丸くする。

普通の馬車だって安くはない。こんなに立派で大きな馬車ならかなり高い。それに


「税金が高いだろう?」


個人所有の馬車には税金がかかる。馬車の車輪の数や繋げられる馬の数によっても値段は変わるが、キャビンの中に何人乗れるかで金額がだいぶ違う。

下位の貴族には、舞踏会などに出席する時に見栄を張る用に一台だけなんとか持っているなんていう家もあるぐらいだ。

エルグランダーク家にはすでに二台の馬車があった。

父が毎日馬車に乗って王城まで仕事に行き、母が刺繍の会に出向いたり奥様友達のお茶会に出向いたりするのに馬車を使うと、それで馬車がすべて出払ってしまう。

そのため、カインは何度か騎士と相乗りで馬にのって孤児院に向かうこともあったわけだ。


エルグランダーク家の三台目の馬車。

四頭立てでキャビンも大きく、真っ白い立派な馬車は、9歳の娘への誕生日プレゼントだという。


「馬車一台の支払いと維持ぐらいでぐらつくエルグランダーク家ではございませんよ」

「わぁ。言い方がパレパントルっぽい」


綿が詰められて、ビロードの布が張られているベンチシートはフカフカで座り心地がいいが、夏の今だと尻にあせもができそうだった。

ござ座布団とか開発したら売れるんじゃね?などとカインは考えるが、葦やい草が何処で手に入るのかわからなくて頭の中の保留案件棚に仕舞われた。


「この馬車の名前は『カイン号』……と、ディアーナ様がつけようとして旦那様と奥様に止められていました」

「そりゃそうだよね。ディアーナの誕生日プレゼントなんだから『プリティディアーナ号』とかじゃないと」

「はぁ……。相変わらずですね」


馬車の名前はセレネー号というらしい。

ディアーナとおそろいの月の女神の名前だな、とカインは思ってから首をかしげた。


ディアーナはローマ神話で、セレーネはギリシャ神話だ。

こちらの世界にはローマもギリシャも無い。ただの偶然なのだろうか。乙女ゲームの世界だからそこんとこ気にするなって事でいいんだろうか。

そういえば、こちらの世界の神話って何かあるんだろうか?リムートブレイクには神殿は有るものの、あまり宗教活動は盛んではない。

神話に関する本でも探してみようか。 そこまで考えていたカインだが。


「あ!」


急に大きな声を出すと、馬車の御者窓をコンコンと叩いてアルノルディアを呼び出した。


「どっか街の中で馬車が停められそうな場所があったら停めて!」

「カイン坊っちゃん?何か忘れ物でもしましたかい?」


馬車がでかいので、そこいらへんの何処にでも停められるものでもない。

大通りをゆっくりと進みながら、ヴィヴィラディアとアルノルディアが馬車停めを探していた。


「ディアーナのお土産買わないと!せっかくこんなでかい馬車で帰れるんだから沢山買って帰らないと!」

「お土産って……あの帰省かばんの中身はほとんどがディアーナ様へのお土産だったじゃないですか」


馬車への荷物の積み込みを手伝ったイルヴァレーノはかばんの中身を知っている。実家に帰るからとはいえ、カインの私物は三日分の下着ぐらいしか入っていなかった。


「七日かかる旅程なのに、三日分の下着しか入ってないって明らかにおかしいでしょ」

とイルヴァレーノは着替えを詰めろとカインにせまったが、

「宿屋で洗濯させてもらえば問題ない。夏だから一晩で乾くよ」

とカインは荷物の詰替えを拒否したのだった。

公爵家の嫡男とはとても思えない発言だった。イルヴァレーノはこの留学は失敗だったんじゃないかと密かに顔をしかめたのだった。


「というか、荷造りしていたってことは帰省する気あったんですよね。迎えに来ると分かっていましたか?」

「まぁ、夏季休暇まで帰ってくるなとか言うほど父様も母様も冷たいとは思ってないよ。事前に小包かなんかで旅費が届くか馬車が手配されるかするかなぁとは思ってた。もし本当に援助も迎えも無かったとしても帰れる様にアルバイトはしていたけどね」


カインの言葉に、イルヴァレーノは困ったような顔で笑ってみせた。


「やっぱりね。そんなことだろうと思ったよ。行き違いに成らないように最終授業の日に来ておいてよかった」

「うん。イルヴァレーノが迎えに来てくれたから、帰省費用が浮いたし沢山お土産を買って帰れるな!」


馬車がゴトンとたてに一度揺れて、止まった。

御者台からヴィヴィラディアが降りて車輪に車輪止めを噛ませるのを待って、カインとイルヴァレーノは馬車から降りた。


「ディアーナのためにお土産を買ってくる!アルノルディアとヴィヴィラディアは馬車で待ってて。イルヴァレーノ、行こう。まずは本屋だ」

「なんで最初に重いものから買うんだよ……」


ぶつくさ言いながらも、イルヴァレーノはカインの後をついて歩いていく。

ここ半年程は、同じ様な長い金髪の後ろを歩いていたが、背の高さが全然違う。

自信満々に腕を大きく振って歩くその後姿はそっくりだったが


「やっぱり、こっちの方がしっくりくるな」


つむじを見下ろすこともない、ゆるく編んだ三編みが揺れる背中を眩しそうに見つめてイルヴァレーノはそっとつぶやいたのだった。

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