寄り道:アイロンの授業
サイリユウム貴族学校には、単発の変な授業がたまにある。
毎週何曜日の何時間目、の様に決まっているわけでも無いのだが、何年生のいつ頃といった大雑把な時期だけは決まっているらしい。
入学直後には『りぼん結びの授業』というのがあった。どうしても縦結びになってしまう生徒は居残りまでさせられていた。カインもリボン結びといえど結び方に種類が有ることをはじめて知った授業であった。ディアーナにあった時に是非髪に結んでやろうとその後もこっそり練習している。
そんな変な授業の一つである『アイロンの授業』というのが今日行われていた。
教師曰く、借りたハンカチを返すのに自分で洗濯をして自分でアイロンをかければ想いはきっと伝わるでしょうということだった。なんだそりゃ。
アイロンのかたちは、現代日本に有るものとさほど変わらなかった。先が尖っていて後ろは四角くなっている船の様なかたちをした鉄板に重りになるようにこんもりと金属が乗せられ、握るためのハンドルが付いている。
リムートブレイクのアイロンは熱の魔法がかかっている魔石をセットすると鉄板部分が熱くなる仕組みになっていた。
サイリユウムは魔法の殆どない国なので、魔石アイロンではない。
小型の七輪の中に炭を入れ、その上にアイロンを乗せて鉄板を熱するのだ。そのままだと熱が高すぎてハンカチなどのアイロン対象が焦げてしまうので、七輪の横には水を十分に含んだタオルが置かれており、一度そこに押し付けて温度を調整してアイロンがけをするのだ。
「やけどに気をつけて、ハンカチにアイロンをかけてくださいねぇ」
教師がそう言って見本をみせてくれる。
ポケットに入れたまま洗濯してしまい、干す時になって発見されたみたいにぐっしゃぐしゃのハンカチが用意されている。
アイロンの効果をわかりやすく見せるためとは言え、よくぞココまでグシャグシャのハンカチを用意できたものだとカインは感心すらしてしまうシワシワっぷりである。
教師はまず、手でハンカチの両端をつかんでパンパンと音を立てるようにハンカチを振って広げた。その後に平らなアイロン台の上に広げて置くと、アイロンのハンドルを掴んで濡れタオルの上に軽く乗せて温度を下げる。
その際に、ジュワッという水が蒸発する音が出て教室から「おぉ」という声が漏れた。
布の真ん中から端へ、真ん中から端へとアイロンをかけていく。シワシワだったハンカチはあっという間にシワひとつ無い綺麗な一枚の布になった。
「これが基本ですねぇ」
そういってハンカチの端っこ二点を指でつまむと高く持ち上げて教室中の生徒たちに見せる。
その後、もう一度アイロン台にハンカチを戻すと今度は二つ折りにして折り目にアイロンをかけていく。四つ折り状態でアイロンがかかったものをまた頭上に掲げてみんなに見せた。
「畳んだ状態でアイロンをかければ、この様に折り目の美しいハンカチになります。これ応用します」
教師は、その後扇形にアイロンをかけて
「ポケットチーフとして胸に挿す時にアイロンをかけておくと崩れにくいです」
真ん中でねじる様に折ってからアイロンをかけて
「コレで腰のポケットに入れておくと猫が顔を出しているように見えます」
などと、アイロンがけでハンカチを飾り折りしてみせた。
そして、さぁどうぞと生徒たちに実践を促したのだった。
カインの目の前にも、見事なほどにしわくちゃなハンカチが置かれている。
実は、学内斡旋アルバイト達が数日前に『しわくちゃハンカチを作る』というバイトをやっていたのだ。カインも参加した。
二年生以上のアルバイト生徒達は「そんな季節かぁ」みたいな顔をしていたが、何に使うかは特に言っていなかった。
「今日はアイロンをやります」と教師が言ってハンカチが配られたことで「コレだったのか」とはじめて知ったのだった。
意味不明なアルバイトだと思っていたが、教材づくりだったとは。
カインは、前世ではもちろんアイロンを使っていた。前世のカインはワイシャツも自分で洗濯する派だったので、アイロンも自分でかけていた。もちろんコンセントを差して電気で熱くなるやつだ。
リムートブレイクでも、イルヴァレーノが魔石アイロンを使っていたと思うが、公爵家令息のカインは使ったことは無かった。
ミニ七輪の上に乗っているアイロンを手に取ると、濡れタオルの上に乗せる。ジュワッという音がしてアイロンの隙間から蒸気が登ってくる。ジュワッという音が教室のあちこちからも聞こえてきた。
ハンカチを焦がしたくないので濡れタオルの上に置きすぎたら温度が下がりすぎたのかシワは伸びたもののあまりパリッとしなかった。カインは音ゲーでパーフェクトを逃した音ゲーマーの様に首をかしげると、もう一度七輪に乗せてアイロンを熱した。
何回か繰り返すうちに、だいたいの最適温度の様な物が分かってきて、ついにカインのハンカチはパリッときれいな布になった。
「カイン君は器用ですね。もう出来るようになりましたか」
教室を巡回して様子を見て回っていた教師がカインの手元を覗き込んで褒めてくれた。
「低い温度から試してだんだん上げていくというのは賢いやりかたですね」
そう言ってチラリと横を見た教師につられて視線を動かすと、真っ黒になったハンカチをみて半笑いしているディンディラナが居た。
温度を下げ切らないままアイロンがけをして焦がしてしまったようだ。そのまま周りを見渡せば、アルゥアラットとジェラトーニは焦がすこと無くアイロンをかけているようだった。
アルゥアラットのハンカチはきれいに端が揃った四つ折りになっていたが、ジェラトーニのハンカチは折る時にズレてしまった様で下に重なっている部分がはみ出してしまっていた。
ジュリアンはシルリィレーアに色々と声をかけられながら真剣な顔をしてアイロンがけをしている最中だった。
「カイン君。次は飾り折りに挑戦してみてくださいね」
「はい」
教師は声をかけて次の生徒の様子をみに歩いていってしまった。
カインはしばらく真四角にのばされたハンカチを眺めていたが「ふむ」と一つ頷くとアイロンを手にハンカチを折り始めた。
「お、飛竜ではないか。器用だな」
カインの手元を覗き込んだジュリアンが、飾り折りされたハンカチを見てそう言った。
カインの手元には、いわゆる『折り紙のツル』が乗せられている。
確かに、細くて長い首や丸っこい胴体、先が細くなっているしっぽなどは飛竜っぽい。むしろ、ツルより飛竜の方が形は近いといえる。
そういえば、ツルって別にしっぽ長くないよな?とカインは一瞬だけ過去に思いをはせた。
その後、一部生徒の間で飛竜ハンカチが流行った。
しかし、飛竜を壊せない。手を拭いたら崩れちゃう!可哀想!などという理由から手をブンブン振って水を切ったり制服のズボンで手をこすって拭くなど、貴族にあるまじき行儀の悪さを見せる生徒が出てしまい学校で禁止されてしまったのだった。
その後、ちょうど飛竜の羽部分に模様が出るように刺繍をしてプレゼントする、というのが流行るのだがそれはまた別のお話である。
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