もうすぐ夏休み

窓を開け放った教室で、生徒たちは汗をかきながら授業をしていた。

制服は夏服にかわっており、男子生徒は白い開襟シャツに黒いズボン姿になっている。


「ジュリアン様ぁ。遷都は北国にしましょう。一番北にある旧王都のセイレストにしましょう。きっと涼しい」

「セイレストは、夏は涼しいが冬になったら雪で閉じ込められるぞ。神渡りの休暇で領地に帰れなくなるじゃないか」

「とにかく、あと一週間もしたら夏休みだ。俺の領地はココよりは涼しいからな。最終日の授業が終わったら即行帰ってやるんだ」


授業の合間の休み時間に、机にぐったりと倒れ込んでいる友人たちが口々にそんな事を言っている。

女生徒達は扇子で自分を仰いで涼を取っているが、男子達は手で顔を仰いだりノートで開襟シャツの中を仰いだりしていた。

女生徒達の扇子も、本来は笑ったりする時に口元を隠すためのもので風を起こすものでは無いのだが、この暑さで『本来の本来』の使い方で扇子を使っている。ややこしい。


「女子のものだからとか遠慮せずに、男子も扇子を使ったら良いんじゃないですかね」


カインはそういって提案してみるが、貴族男子のプライドなのかどれほど暑くても扇子を持とうという男子は出てこなかった。

現代知識チートで大儲けチャンスじゃないかと、うちわでも作ってみようかと思ったカインだが、そもそも紙がさほど安いものでもない世界なので、下手したら毛皮の扇子よりも高価なものになる可能性があるのでやめておいた。


「っていうか、カイン様。何かおかしいですよね」


みんながぐったりしている中、カインだけが涼しい顔をして姿勢正しく座っている。余裕の顔をして次の授業の教科書を出すなどの準備をしている。

机に突っ伏しながら、ディンディラナがジト目でカインを見上げてくる。


「僕らは貴族令息ですよ。暑かろうが寒かろうが平気な顔をして居ないといけないでしょう?平常心、ポーカーフェイスですよ」


カインがそんなもっともらしいことを得意顔で言ってみせるが、後ろから迫ってきていたジュリアンがカインの首を掴んだ。


「あ!カインの体が冷たい!なんか体の周り薄皮一枚ぐらいのところに冷気を感じるぞ!」


ジュリアンは王族らしい鷹揚な言葉遣いも忘れてそう叫んだ。

アルゥアラット、ジェラトーニ、ディンディラナの三人はガバリと体を起こすとカインの体にまとわりついた。


「本当だ!カイン様涼しい!」

「あぁ、冷たい。生き返る〜」

「やめろ!くっつくな!暑苦しい!!!」

「あ!カイン様の机の中に氷がある!氷の塊が!」


カインは氷魔法で机の中に氷の塊を作り出し、風魔法でその冷気をぐるりと体にまとわりつかせていたのである。

そのために今日の授業の教科書は机に入れずに毎回かばんから出し入れしていた。


汗をかくような暑さの教室内で、男子五人がおしくらまんじゅうの様にひっつきあっているのを見た級友たちは、ついに暑さで頭がおかしくなってしまったのかと可哀想な物を見る目で彼らを見つめているのだった。



「そう言えば、カイン様は夏休みには国に帰るんですよね」

「うん。一月半も休みがあるからね。アルバイトのおかげで速度の出る馬車に乗れそうだし」

「カイン様、国に婚約者がいるんでしょう?」

「は?」


ジェラトーニの言葉に、カインがジト目で聞き返す。こいつ何いってんの顔で見つめ返す。


「だって、カイン様宛にしょっちゅう手紙来るし、カイン様もしょっちゅう手紙だしてるじゃん。しかも、毎度毎度可愛い便箋と封筒で」

「そうそう、それにさ。寮監から手紙渡された時の顔な、すごい顔してるもん。あれ絶対婚約者だってみんな言ってるよ」


公爵家の嫡男であるカインに、十二歳で婚約者がいるのはおかしいことではない。が、カインに婚約者などいない。

見合いで令嬢をフリまくって同年代の女子に嫌われていたり、三歳下に王太子殿下がいるために王太子殿下狙いの令嬢は王太子の婚約者が決まらないと高位貴族の令息に振り向かないなどが主な原因ではあるが。


「手紙は家族宛てですよ。母が可愛いもの好きなので、母宛には可愛い便箋を使うようにしているんですよ。あと、たまにアルンディラーノ王太子殿下からも頂いています。アルンディラーノ王太子殿下は御母上に分けて頂いた便箋を使うことがあるので可愛らしく見えるのではないですか?」


家族宛の手紙という言葉に嘘はないし、婚約者など居ないという言葉にも嘘は無い。

友人たちは疑いの目で見てくるが、嘘を言っているわけではないので堂々と胸を張る。顎を上げて見下ろすように視線をやって「フフン」と笑ってやった。


「あー。カイン様が国に帰らないなら、領地にお誘いしたかったのに」


アルゥアラットがそういって名残おしそうな顔をした。


「何か、楽しいことでもあるの?アルゥアラットの領地には」


興味を持って、カインがそうたずねたところ、アルゥアラットはいい笑顔で返答した。


「畑の水撒き手伝ってもらおうと思ってさ」


カインはすこぶる渋い顔をしたが、じゃあウチもウチもと農業が売りの領地出身者たちが次々と手を上げたのだった。

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