夏休みだ!

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「さて、今日の授業はこれで終わりです。明日から一月半の夏期休暇に入りますが、羽目を外しすぎないように。寮の私室はやむを得ない場合に寮監が立ち入る場合があるので見られて困る物は持ち帰るように」


教師の言葉が終わると同時に教室を飛び出していく生徒が数名。

夏休みを一日でも無駄にしないために、今日のうちに領地に向けて出発すると言っていた生徒たちだ。

領地の近い者や、そもそも実家が王都にある者は教室に残って夏休みの予定を打ち合わせたりしていた。


カインも一日も早く家に帰りたかったが、道中で宿泊が必要になるので効率的に行く為に明日の早朝に出かける予定にしていた。

荷造りもほとんど終わっているので、王都に実家のあるジェラトーニとジュリアンと一緒にゆったりと教室を出た。

学校と寮の間の広場に、沢山の馬車が止まっていた。家に依っては領地や家から迎えの馬車が来ているようで、それぞれ使用人や家族が目的の人がやって来ないかと馬車の近くで待っていたりする。

寮の近くにある井戸から桶に水を汲んで馬に水を飲ませている馬丁などが行き来していた。

十数台の馬車が並んでいる中に、他の馬車に比べて屋根が高い馬車が一台あった。馬も、他の馬車が二頭引きなのに対してその馬車だけ四頭引きになっている。馬が二頭飛び出してしまっている。


「なんか、でかい馬車がある」

「ジュリアン様の迎えでは?」

「私は明日になってから城に戻る予定となっておる」

「じゃあ、誰のだろう」


馬車の前をゆっくりと歩いていく。馬車に掲げられている紋章などから、あれは何処の家の馬車で、それはあの家の馬車だな。なんてジェラトーニとジュリアンの解説を聞きながら歩いていくと、やがてその大きな馬車の近くまでやってきた。

四頭の馬の脇から、ひょこっと赤毛の少年が顔を出した。


「イルヴァレーノ……」


カインのつぶやきが聞こえたわけでは無いだろうが、馬の影から出てきた赤毛の少年はカインが歩いてきたのに気がつくと一礼してから小さく手を振ったのだった。

カインはジュリアンとジェラトーニに一声かけて駆け出し、イルヴァレーノの前に立つ。半年で五センチほど身長が伸びていたカインだが、イルヴァレーノも同じぐらい背が伸びているようで、目線はまっすぐ同じ高さにあった。


「お久しぶりです、カイン様。お迎えに上がりました」

「イルヴァレーノ。なんで?」

「帰省できる程、お金を持たされなかったそうじゃないですか。一月半の長期休みも帰ってくるなというほど旦那様も冷たくはないということですよ」

「そうか。それはそうと……」


カインはキョロキョロと周りに視線を泳がせ、馬車のキャビンの中を背伸びして覗き込もうとする。

イルヴァレーノは手でその視線を遮るように腕を振り、どうどうとカインの肩を叩いた。


「一刻も早くお会いしたいでしょうけれど、今日はお連れしてきておりませんよ。……見せびらかせたくないかと思いまして」


カインは、自分は一人っ子であると級友たちに言っている。ここにディアーナが来ていたらその努力は水の泡になる。その上、「王子様より王子様」という評判は地に落ちるどころか地中深くに埋まってしまうことだろう。


「いいぞ、イルヴァレーノ!さすが僕の腹心だ!」


ここでジュリアンとディアーナが出会い、見初められても困るのだ。ようやくシルリィレーアと向き合い始めたジュリアンにはよそ見をしてほしくなかった。

なんせ、ディアーナはこの世の誰よりも可愛らしくて愛らしくて魅力的な女の子だから、ちょろいジュリアンなんかひと目見ただけで恋に落ちるに違いない、とカインは思っていた。


「この大きい馬車はカイン様の家のだったの?」

「国境を越えての長旅ならば、大きなのも頷けるな」


ジュリアンとジェラトーニが追いついてきた。

イルヴァレーノが一歩さがって頭を下げた。


「良い。頭をあげよ。カイン、おぬしの付き添えであるか?」


ジュリアンが片手を上げてイルヴァレーノの頭を上げさせた。声を掛けられたのでイルヴァレーノは頭を上げるが、視線をすこしうつむかせていた。

貴族学校に通っているのだから貴族だろうと思って頭を下げたイルヴァレーノだが、頭を上げさせるその言葉遣いで、相手がかなり高貴な人間であると察したからだった。

パレパントルの教育の賜である。


「私の侍従、エルグランダーク家の未来の執事です。イルヴァレーノといいます」

「イルヴァレーノと申します。ご拝顔たまわり恐悦至極に存じます」


カインに紹介されたのを受けて、イルヴァレーノが自己紹介をした。よそ行きの顔を作ってふわりと笑ってみせた。


「……カイン様といい、リムートブレイクって美形ばっかりの国だったりする?」

「イルヴァレーノ、かっこいいだろ?あげないよ」

「いや、ほしいとは言ってないよ」


「イルヴァレーノ、こちらがこの国の第一王子殿下であらせられる、ジュリアン様。こっちが、同じクラスのジェラトーニ・ドレヴィディ伯爵令息だよ」

「第一王子殿下、ドレヴィディ様。カイン様がお世話になっております。隣国におります旦那様に代わり、お礼申し上げます」

「いや、むしろ僕らの方がお世話になってるけどね」


カインの荷物を一緒に運ぶために、イルヴァレーノもカイン達の後ろをついて歩く。

寮に着くと、カインは寮監部屋に荷物を運ぶために侍従を中に入れる事を声かけた。物珍しそうに廊下の装飾などを眺めながらイルヴァレーノが付いてくる。

半年も経っていないぐらいなのに、カインはイルヴァレーノがそばに居ることがとても懐かしいことのように感じられた。

六歳の時に庭で拾って、留学する十二歳直前までずっと一緒に居たのだ。カインにとってはディアーナの次に一緒に居る時間の長い相棒だ。


廊下を歩くカインは、ふと思い立って振り向いた。

すぐ後ろを歩いていたイルヴァレーノは、カインと目が合うと眉間にシワを寄せて声を出さずに「前を向いて歩け」と口をパクパクさせた。

そのぞんざいに扱う様子に懐かしさを覚えて、カインはふにゃりと笑ったのだった。

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