ディアーナの茶番(1)
誤字報告、感想いつもありがとうございます。
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朝のランニング中、ディアーナとイルヴァレーノで最後の打ち合わせをしている。
「サッシャは、渡した本は読みましたかね」
「面白かったですって感想を教えてくれたから、読んだと思うよ」
「面白かったんですか…」
門番騎士の前を通り過ぎつつ、ハイタッチをする。
今の早朝の門番は、先日領地から帰ってきた父と一緒にやってきたばかりの若い騎士だ。ランニング中に門の前を通り過ぎる度に片手を差し出すディアーナとイルヴァレーノに最初は戸惑っていたが、「手をぱっちんとするのよ!」とディアーナに言われてから、彼もすれ違う度にハイタッチをしてくれるようになった。
「イル君の暴れん坊な王様も、ディの書いた元宰相の世直し旅も読んでくれたから、いよいよ作戦を決行しよう」
「…やるんですね」
「やるよ!」
イルヴァレーノはあまり乗り気では無い様だったが、もう前から決めていたことだったのでやると言われればやるしかなかった。
「では、今日は芸術の授業がないのでお茶の時間の前に決行ということで」
「うん。準備よろしくね、イル君」
「はい」
そのまま、細かい打ち合わせを走りながら行い、朝食に間に合うように二人は解散した。
「サッシャ。お茶の時間まで少し時間があるから、お庭に花を見に行きましょう」
ディアーナは、おしとやかに微笑んで侍女のサッシャに声をかけた。
「承知いたしました。本日は日差しが強そうですので、日傘をご用意いたしましょう」
「ええ、お願いね」
サッシャが出かける用意を整えると、ディアーナはサッシャを連れ立って庭にでる。前庭をゆっくりと一周回って、一通り季節の花をみて回ったところでディアーナは振り向いてサッシャに微笑んだ。
「ねぇ、サッシャ。お兄様にお花を送りたいの。届いた頃にちょうど花が咲くようにしたいのだけど、どうしたら良いかしら」
「そうですね。……裏庭や温室には、植え替え準備中の花が咲く前の花が植わっているそうです。行ってみますか?」
「ええ、そうね。行ってみましょう」
ディアーナとサッシャは、裏庭へと移動するために邸の塀沿いに歩いていく。
大きな木が塀に沿って並んで植えられている場所に差し掛かった。春には小さな白い花が沢山咲いてきれいな木だが、今は濃い緑の葉がわさわさと茂っており木陰が濃く落ちてすこし薄暗くなっている。
サッシャは、ディアーナが歩く先に穴掘り用のスコップが落ちているのに気がついた。
この屋敷に勤めている庭師の老人はきっちりと仕事をする人物だ。こんな風に仕事道具を置き忘れる様な人ではないと思っていたので不思議に思った。
木陰の下に入り、日差しも遮られたので日傘を畳んだサッシャは、ディアーナが転ばないように先をいってスコップをどけようと考えた。
歩く速度を早めてディアーナを追い越そうとしたその時、ディアーナが右手を横に突き出してサッシャの行く道を塞いだ。
「サッシャ、止まって」
「ディアーナ様?」
ディアーナとサッシャの二人が立ち止まり、ディアーナが木の上を見上げたその時。
バサリと音がして木の上から黒尽くめの男が降ってきた。
「……公爵家令嬢、ディアーナ・エルグランダークだな」
「そうですわ」
黒尽くめの男に名前を呼ばれ、ディアーナがそれを肯定した。
それを聞いて、男は背中からナイフを取り出すと両手に逆手で持って構えた。
「お命頂戴する!」
黒尽くめの男がディアーナに向かって駆け出してきた。サッシャはとっさに動けなかったが、ディアーナは大きく前に踏み出した。
ディアーナはスコップの先を思い切り踏みつけると、テコの原理で持ち手が飛び上がる。
浮き上がったスコップの持ち手を掴むと、ブンっと振って体の正面に持ってくると両手で構えた。
黒尽くめの男が体をねじりながら思い切りナイフを振り抜いてくる。ディアーナはスコップの先、金属部分でそれを弾き、弾いた衝撃を流すようにスコップをくるりと回転させて二撃目をスコップの背で弾く。
両手のナイフ二本、二連撃を弾かれた黒尽くめは、一旦距離を取るために後方へバク転していく。
「何者かは知らないけれど、命をあげるわけにはいかないの」
ディアーナはそういってニヤリと笑う。
二歩ほど横に歩くと、サッシャの前に立ってスコップを構えた。
「ディアーナ様、いけません」
サッシャがディアーナの肩に手を置こうとしたところで、黒尽くめがまた駆け出してきた。ディアーナは今度は自分からも向かっていった。
スコップを黒尽くめに向かって思い切り振り抜く。黒尽くめはべたりと地面につく様に姿勢を低くしてそれをやり過ごすと、下からナイフで切り上げた。
スコップの遠心力に逆らわない様に体ごとぐるりと回転したディアーナは、後ろ回し蹴りの要領で黒尽くめのナイフを踵で弾き飛ばした。
ナイフを弾かれた黒尽くめは蹴られた方向に逆らわないように体を流して側転し、地面を蹴って壁に向かって飛び上がると、壁を蹴ってディアーナに向かって飛ぶ。
空中から飛び蹴りを入れようとする黒尽くめに向かってスコップの柄を両手で構えるディアーナ。
足先を柄で受けるとそのまま万歳をするように持ち上げて力を上方に流してしまう。足を絡め取られてバランスを崩した黒尽くめは、そのまま空中で回転するとかろうじて着地し、後転して距離をとった。
「そろそろ引いたらどうですか、長引けば警備の騎士がやってきますよ」
ディアーナがそう言うと、黒尽くめは「チッ」と舌打ちすると最後に投げナイフを投げつけた。
ディアーナはそれをスコップの軸を目の前に突き出して受けた。木で出来ている軸にナイフが深々と刺さっている。
黒尽くめは、ナイフを投げたと同時に木の枝の中に消えていた。
「サッシャ、大丈夫?驚いたわね。一度部屋に戻りましょう」
何事もなかったかのように微笑んで振り返ったディアーナが声をかけると、サッシャは真っ白い顔でコクコクと頷いた。
部屋に戻るとディアーナはソファに座り、サッシャにも向かい席に座るように促した。
二人揃ってふぅーとため息をつくと、背もたれに体重を預けて少しゆるく座った。普段なら姿勢が悪いと叱るサッシャだが、今日は自分自身も疲れてしまったのか注意をしないし、サッシャ本人も背もたれにもたれて座っていた。
部屋のドアがノックされ、イルヴァレーノが入ってきた。
「イルヴァレーノ。お茶を入れてくださる?三人分」
「かしこまりました」
入ってきたイルヴァレーノにディアーナがお茶を入れるように言うと、うやうやしく受けてティーポットのある棚へ歩いていく。
ボコボコとお湯が沸く音がしてきた頃、サッシャが声を出した。
「ディアーナ様はお強いのですね」
キタ!と思ったが、淑女らしく澄ました顔で感情を出さない様にディアーナは抑えた。柔らかく微笑み、サッシャに向かってゆっくりと頷いた。
「淑女は剣が強くてはいけないので、内緒にしていてくださいね。お父様とお母様に知られたら怒られてしまいますの」
「そうなのですね」
カップを三つ持ってきたイルヴァレーノが、それぞれの前に置いて行く。
そしてサッシャの隣の一人用のソファに座って、自分のカップを手にとってフゥフゥと息を吹きかけている。
「あのね、サッシャ。公爵家の長女、淑女のディアーナは世を忍ぶ仮の姿なの」
「……世を忍ぶ仮の姿」
「あなただから秘密を明かすのよ、サッシャ」
ディアーナは胸の前で手を組むと、顎を引いて上目遣いでサッシャをみつめる。
サッシャはディアーナをジッと見つめているので、隣の椅子でお茶を冷ましているイルヴァレーノの目が泳いでいることには気がついていなかった。
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