寄り道:【童話】参上!正義の味方、美少女仮面魔法使いディアンナ!
今日も寄り道です。
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ハアハアと息を切らし、街角を走る一人の少女の姿があった。
少女は月明かりを反射して輝く銀色の長い髪を、静かな湖の風に揺れる水面のようになびかせている。
随分と長く走っているのか、額からは汗が流れ輝く宝石のようにきらきらと光りながら落ちていく。
「あぁ、いきどまりだわ!」
走る少女の行き着いた先は行き止まりだった。引き返し、別の道を行こうと反転したその時!後ろから下品な男の声が聞こえた。
「ふっふっふ。追いつめたぜお嬢さん。おとなしく一緒に来てもらおうか」
「いや!やめて!」
男が近寄り、いよいよ少女の細く百日紅の枝のようなすべらかな腕をつかもうとしたその時!
壁の上から冬の風鳴りのような凛とした美しい声がその行為を止めた。
「やめないか!下品な男が美しい少女に触れることすら罪であるぞ!」
男が声につられて壁の上を見上げたら、そこにはなんとローブをはためかせてひとりの魔法使いが立っていた。
夜であるというのに、まるでそこに太陽が昇ったかのような明るい金色の髪をなびかせ、仮面の下からこちらを睨みつけている瞳は夏の空のように深く青い。いや、その瞳の煌めき具合は夏の日差しを反射する湖と表すほうが適切であった。
「美しき少女を拐かそうとする悪漢め!この正義の味方、美少女仮面魔法使いのディアンナが来たからには逃がさぬゾ!覚悟するがよい!」
美少女魔法使い仮面のディアンナはそういうと、悪漢に向けてズビシと指を突き出した。
◇◇
「ちょっと待ってください」
「なんだぁい?イルビーノ君。まだ読み始めたばかりじゃないかぁ」
魔法の授業中である。早速書いてきたといってティルノーアが紙の束を持ってきたので、読ませてもらっていたイルヴァレーノは、一ページ目を読み終わる前に一度紙の束をテーブルに置いた。
「正体を隠すために仮面までしているのに、名乗ってどうするんですか!?」
「あぁ~。それは偽名だよ、偽名~。名無し仮面!とかじゃあかっこわるいじゃんねぇ」
「金色の髪に青い瞳でディアンナだなんて、偽名の意味ないですよね?」
「そうかなぁ~?」
「隠す気ないですよね?」
「ディアンナが来たからには逃さぬぞ!覚悟するが良い!」
イルヴァレーノがティルノーアに詰め寄っていると、後ろからディアーナの声が割り込んできた。
声のした方をイルヴァレーノが振り返れば、学習机の上にシーツをかぶったディアーナが立っていた。
「仮面の美少女魔法使い、参上!」
机の上のディアーナが、ズビシとイルヴァレーノに向けて指を突きつけてきた。
イルヴァレーノは目をクワッと見開くと、ソファから立ち上がって叫んだ。
「ディアーナ様は影響を受け過ぎです!騎士はどうしたんですか騎士は!」
叫びながらも学習机に大股で歩いていくと、ディアーナの腰を掴んで抱き上げた。
「シーツが長過ぎます。足で踏んづけて転んだらどうするんですか。そんな格好で机の上に乗っては危ないですよ」
「はぁい」
「普通の格好なら机の上に乗ってもいいのぉ〜?」
「普段の格好なら、こんなところから落ちてもディアーナ様なら怪我しません」
「照れるよぉ。イル君」
「褒めてませんよ」
ディアーナを抱き上げたままソファに戻るとそっと降ろして座らせて、自分も隣に並んで座る。
ディアーナはティルノーアの書いてきた物語を手にとってもう一度頭から読みはじめた。
「先生、これ魔法騎士とかじゃダメかな」
ペラリと紙をめくりながら、ディアーナがボソリとそういった。
「ディね、騎士にもなりたいし魔法使いにもなりたいなって思うのだけど。どっちにもなれたらかっこいいよね」
「魔法騎士ね〜。なるほどぉ。確かにそれは最強だよねぇ」
ティルノーアは、ソファの背もたれにダルンと寄りかかって、ずりずりと尻が前にずり落ちてきている。もはや首だけが背もたれにもたれ、背中で座面に乗っている状態になっている。
「ボクは剣はからっきしだからなぁ〜。カイン様は剣も魔法も使えるから、カイン様におねだりするといいんじゃないかなぁ〜」
ティルノーアはカインに丸投げした。
ディアーナは、青い瞳をキラキラと光らせて「そうだね!お兄様ならきっと魔法騎士にしてくれるね!」と楽しそうに答えていた。
お兄様にお手紙書かなくちゃ!と学習机に戻って引き出しから便箋を出して吟味しはじめたディアーナ。そちらをちらりと見てからティルノーアに視線を戻したイルヴァレーノはため息を付いた。
「あまりカイン様に無茶振りしないでください」
「そう?カイン様なら、もしかしたら実現してくれちゃうかもよぉ〜?」
ディアーナ様のお願いだしね。といいながらティルノーアはひじ置きを掴んで自分の体を持ち上げると、ソファにきちんと座り直した。
「じゃあボクは、『参上!正義の味方、仮面の美少女魔法騎士ディアンナ!』を書き直して来ようかな〜。次回の魔法の授業までには書いてくるからねぇ〜」
「…王宮の仕事は良いんですか」
「王宮の仕事はつまんないんだもの〜」
おもしろ物語を書くのは、ティルノーアの現実逃避の一つらしい。
一応、時間の後半は魔術書を読んでわかりにくいところを解説するという家庭教師らしい仕事をした後、ローブの背中をシワシワにしたまま帰っていった。
遠い隣国の空の下で、カインがクチュンと小さなくしゃみをひとつした。
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もう少しで繁忙期が過ぎ去ります…
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