寄り道:甘えて貰いたければ甘やかせ

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魔女の村最終日。

騎士たちがテントを畳んだり焚き火の始末をしたりしているのをジュリアンが眺めていると、クイクイと袖をひかれた。振り返れば、そこにはご機嫌そうなジャンルーカが立っていた。


「兄上、良いことを教えて差し上げます」


そう言って、耳を貸すようにジェスチャーしてきた。ジュリアンは少しひざを曲げてかがみ、耳をジャンルーカの口元に寄せた。

ジャンルーカは両手をメガホンのようにして自分の口と兄の耳を囲い、声を漏らさないようにしてそっと囁いた。


「カインは火の魔法を使うとき、瞳が紫色になるんですよ」


ジュリアンは、それがどうした?と思って続きを待ったが、ジャンルーカの教えてくれる良いこととはそれだけのようだった。

姿勢を正して改めてジャンルーカの顔を見れば、ドヤァと得意満面の顔で見返してきた。


「青と紫でゆらゆら揺れるので、とっても綺麗なのですよ」

「そ、そうか」


ジュリアンはそれ以外に返事ができなかった。

ジュリアンにとっては、それがどうかしたのか?としか思えない内容で、魔法使いとはそう言うものなのだろうな、という感想しかない。

ただ、ジャンルーカの得意そうな顔をみるとそんなつまらない反応をしたら拗ねそうで、何かもう一言いわねばと気が焦っていく。


「魔法使いが魔法を使うとそうなるのだろうか?おぬしも魔法を使っているときは瞳の色が変わっておるかもしれぬな?」

「そうですね!最後に魔法を使ってみて良いですか!?」


ジャンルーカは、ここを発つ時にはまた枷となる腕輪をはめることになる。

魔法が使えるのは今だけだ。

ジュリアンもジャンルーカの瞳の色が変わるところを見てみたいと思ったので、良いぞとうなずいた。


「ありがとうございます!」


ジャンルーカはパッと明るい顔をすると、くるりと反転してカインの居るほうへと駆け出した。


「え?おい、ジャンルーカ?」


すっかり、自分に瞳を見せてくれるものだと思っていたジュリアンはあっけにとられて駆け去っていく弟の背中を見送るしか出来なかった。


◇◇


飛竜の背中、ご機嫌なジャンルーカ、不機嫌なジュリアン、考え込んでいるカインとそんな空気に肩身を狭くしている騎士のセンシュール。

センシュールが軽く肩をぶつけてカインの気をひいた。


「なんですか?」

「カイン君、殿下達はどうしたんですか」

「…知りません。どうしたんですかね」


カインは関わりたく無くて、無心で考え事をしているふりをして景色を見ていた。しかし、センシュールがしつこく突いてくるので、小さくため息をつくと振り向いてずりずりと飛竜の上を尻をずらしながらジュリアンの隣まで移動した。


「ジュリアン様。良いことを教えてさしあげます」

「なんだ」


ジュリアンの肩に自分の肩をくっつけてカインが耳打ちをする。風を切って飛んでいるので近くにいかないと声が届かないのだ。

ジュリアンはふてくされた顔をしたまま前を向いているが、意識がカインに向いているのは感じた。


「甘えてほしければ、甘やかさないとダメですよ」

「…甘えてほしいなんていっておらぬ」


「何処に行くにも後を付いてきて自分を褒め称える弟が可愛いって先日言っていたじゃないですか」

「…そんな事は言っておらぬ」


「そうでしたね。それを言っていたのはシルリィレーア様でした」

「う…ぬぅ。ぐぅ」


カインはちらりとジャンルーカを見た。何の話をしているのかな?気になるけどお邪魔したらわるいかな。という顔をしている。良い子だ。


「良いお兄さん振りたかったら、ちゃんと良いお兄さんをしないとダメですよ。甘えて欲しかったら甘やかさないとダメです。わがままをすべて聞くとかそういう事ではなく、きちんと話を聞いて返事をするとか、何かやり遂げたときには褒めてあげるとか、そういうことでいいんです」

「話を聞いて、出来たら褒める」

「そうです。とりあえず、今回の遷都予定地視察に付いてきて、がんばって魔獣を沢山倒した事を褒めてあげてください。まだ9歳なのにテントで寝泊まりして毎食焼いた魔獣の塊肉だけなんてワイルドなお泊り会に連れ出したんですから。労ってあげてください」


カインがそこまで言うと、はじめてジュリアンが顔をカインに向けてジト目で睨んできた。


「カイン。おぬしやはり妹か弟がいるだろう」

「いませんよ。私は一人っ子です」


ふんっと鼻を鳴らして、ジュリアンがずりずりと尻をずらしながらジャンルーカの座っている方へ移動していく。


風切音でジュリアンとジャンルーカが何を話しているのかは聞こえないが、ジュリアンが声をかけ、頭をなでてやるとジャンルーカが目を丸くして驚いたあと、嬉しそうに笑ってジュリアンに抱きついていた。

ジュリアンもまんざらでもない顔をして胴にひっついているジャンルーカの頭をなで続けている。


ずりずりと尻をひきずって移動してきたセンシュールが、助かったよと情けない顔をしてカインに声を掛けてきたので、カインは兄弟を見たままいいえと答えた。



無性にディアーナに会いたい気持ちが湧いてきて、泣きそうになった。

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私事が忙しく、本編ではない更新ですみません。

遷都予定地からの帰り道でのお話です。

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