魔法陣のひみつ

白線から落ちたら負けゲームは、小学校低学年ぐらいの子どもに受けが良い。

前世で、知育玩具の営業サラリーマンだったカインはジャンルーカの楽しそうな様子に心の中でガッツポーズをした。

足を引っ掛け、肩で体当たりをし、落ちないようにお互いの腰にしがみつきながら魔法陣の端までやってきた。


魔法陣を縁取る円を描く白線が、今まで歩いてきた直線と交わっている。円が大きいので目の前の白線は一見真っ直ぐに見えるが、遠くまで続くその先をみればゆるりとカーブを描いているのがわかった。

魔法陣の上は草も生えないとは言っていたが、魔法陣の縁の白線のすぐ外から草が生えているわけでもなかった。

白線の一メートルほど先からぼちぼちと草が生えはじめて、段々と密度があがってさらに奥へいくと背の高い草が増えてきてやがて木が生えだしている。


「この魔法陣の上には魔獣が出てこないんですよね」

「うむ。調査を開始してからこちら、魔法陣の上には魔獣は現れたことはない。森から出て、入ってくるということもなかったな」

「周りの森の魔獣はどうですか?アレは一般的に多いのでしょうか?少ないのでしょうか?」


カインが前世でプレイしたド魔学の聖騎士ルートの『魔の森』イベントでは、エンカウント式で魔獣との戦闘が発生した。騎士見習いのクリスがそこそこ強いので戦闘はさほど辛くはないが、主人公の聖魔法のレベルをあげておかないと回復が追いつかなくなりボスである魔王戦が辛くなる。


「あ」


カインが突然声をあげたので、魔獣の量について答えようとしていたジュリアンが怪訝な顔をした。それに気がついたカインが頭を軽くふると「失礼しました」と謝罪して手でジュリアンの言葉の先を促した。


「こほん。この土地のまわりの森は他に比べて魔獣が多い。さほど強くはないが、戦闘訓練を受けていない一般人では襲われたらひとたまりも無いだろうくらいには強い」

「なるほど」


ド魔学の聖騎士ルートの魔の森は、それほどエンカウント率は高くなかった。あくまで恋愛シミュレーションゲームであってロールプレイングゲームではないから当然だ。しかし昨日のジャンルーカと一緒に軽く潜った時は魔獣との接敵回数は多かった。体感ではあるが、魔の森イベントの戦闘回数を遥かに超える数に出会った。うさぎやたぬきのような小型魔獣でいくつか見逃したものもあるから、魔獣の数そのものは相当多いのだろう。


「うーん。思いつきなんですけど良いですか?」

「何か考えがあるのなら申してみよ。採用不採用の判断をすぐにはせぬ」


カインの申し出に、ジュリアンは仰々しく頷いて見せた。カインは左手をゆるく握って筒の形を作って二人の王子に向かって軽く差し出して見せた。


「ここは確かに呪われた土地で、呪いだか穢れだかの悪いものが溜まっているのだとします」


自分の左手の筒の中を右手の人差し指で指し、そこがこの土地の呪いの湧き出る穴を模している事を示す。


「この魔法陣は、その呪いに蓋をする役割があるんじゃないでしょうか」


カインはそういいながら、右の手のひらを平らにして左手の筒の上にポンと乗せて蓋をした。


「悪いものを封じる魔法陣だから、この上には魔獣が発生しないし外からも侵入できません。でも、長い時を経て蓋の隙間から悪いものが溢れてきちゃっているのだとします。それが、魔法陣の周りの魔獣の多さの原因になっているのではないか…という仮説です」


最後に、カインは両手の指をうごうごとイソギンチャクのように動かしながら両手を広げていって、悪いものが漏れているのを表現してみた。


「うーん。なるほどなぁ。そうであれば、この魔法陣は良いものであるということになるな。そうであればこの上に城を建てても問題ないということにもなるが」

「兄上。それでは城のまわりから悪いものが漏れ出る事になってしまいます。城下街に国民が安心して暮らすことができません」

「そこなのだ。いっそこの魔法陣が十倍ほども大きければよかったのだがなぁ。草も生えてこないし、整地にも金がかからず済むのだがなぁ」

「まぁ、あくまで仮説ですし、本当のところはわかりません」


ジュリアンはカインの言葉に頷きつつも、魔法陣の外に視線をやって森をしんみりと眺めた。テントを建てて中をランニングする分には十分に広い土地ではある。しかし王の住まう城を建て、国を動かす貴族たちの王都邸を建て、それらを支える国民達の住居や商店を建て、その他諸々の公共施設を設置して王都を作り上げるには狭すぎる。この魔法陣の広さはおそらく昔あったという魔女の村の大きさなのだろう。城を建てたら終わってしまう広さしかない。


「魔獣は騎士団や平民の兵士団などでもチームで取りかかれば後れを取ること無く倒すことが出来るし食用にもなるのだ。これだけ豊富に発生しているのであれば食料に困ることはなかろう。そう思えば悪いことでもないかもしれぬ」

「兄上。お野菜も食べないといけません。魔獣がたくさんいると畑が作れませんよ」

「ジュリアン様。食肉は魔獣で良くても、卵や乳などを得るための家畜も魔獣をなんとかしないと育てられませんよ」


せっかく「良いとこ探し」をしていたというのに、現実的なツッコミを入れるカインとジャンルーカにジュリアンが口をとがらせた。


「悲観ばかりしていても仕方あるまい。…そうだな、次回の視察ではこの魔法陣の中で野菜が育つか試してみるか。草も生えない土地ではあるが、後から植えたものであれば育つかもしれぬ」

「兄上。ここを畑にしたら、魔獣がはびこる森の中に城を建てることになりますよ」

「でも、城は石造りで堅牢にすれば魔獣は入ってこれないかもしれませんし騎士が見回りをすれば倒せるわけですし。身を守るすべのない野菜と家畜に魔法陣を譲るのは良い案かもしれませんね」


まだ、魔法陣は害のない良いものだというのはカインの推測でしか無いのだが、それを元にアレやコレやと王都づくりに向けて他愛のない空想を話し合う。


「まぁ、せっかく来たのだから少しは版図を広げて帰ろうではないか。カイン、この辺の森の木を魔法で伐採することは出来ぬか?魔獣は日の当たるところを好まぬというからな。森がなくなればいなくなるかもしれぬ」

「無茶を言わないでください。森を燃やして良いのなら大火事をおこして森を焼失させることは出来ますけど、明日帰るんですよね」

「仕方がない。次回は騎士団に斧を持ってこさせるとしよう」


太陽が上がりきる頃合いになっていた。三人はテントまで戻って昼食休憩にすることにした。

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