魔王ディアーナ

(例えば。例えばの話だ)


カインは昼食の肉を咀嚼しながら、午前中に思いついた事について思索する。

聖騎士ルートは主人公がクリスとディアーナと一緒に魔の森に行き、ディアーナが魔王に体を乗っ取られてクリスと主人公に倒されるというシナリオだ。

カインはこれまで、ディアーナを魔王にしないためにはどうすべきかを考えてきた。イベント発生前にカインが魔王を退治してしまうとか、魔の森イベントにカインが付いていって乗っ取られるのを阻止するとか。

主人公が持っているはずの聖魔法で、魔王を剥がすとか祓うといったディアーナを傷つけない倒し方が出来ないかとか。


(ディアーナが魔王になったとして、倒させなければ良いのでは?魔王ディアーナに支配されるこの世界もありなのではないだろうか?)


カインは折りたたみの椅子に座ったまま、足をあげてくるりと後ろをむくとカップを持った腕を思い切り伸ばし、魔法でお湯を作ってカップに落とした。


「あちっ」


跳ねたお湯が手にかかった。カップを逆の手に持ち替えて、お湯のかかった手をブンブンと振ってしずくを飛ばすとまたくるりとまわってテーブルに体を向けた。


「横着だなぁ」

「水はねの被害を最小限にするためです」


果物のはちみつ漬けをカップに落としてスプーンでぐるぐるとかき混ぜて飲んだ。甘い。


(魔王ディアーナに支配される世界って、どんなだろう)


ド魔学では、魔の森を魔獣を倒しつつ進んでいくと洞窟があり、そこで体を失い弱体化していた魔王が現れ復活のためにディアーナに取り付くというシナリオになっている。

敵としての能力はディアーナの物で、魔の森でパーティを組んで一緒に戦っていた時に使っていたスキル類と同じ物を使って攻撃してくる。魔王が入ったことで威力は増していたが。


(だから、もともとの魔王の能力が分からないんだよな…。復活のためとは言っているが、その後どうするつもりだったのかも、魔王が昔何をしたのかもゲーム内では語られていなかったはずだしなぁ)


魔王イコール悪者という先入観はいかんのではないか?ディアーナが魔王になっても、別に悪いことをするとは限らないのではないか。


◇◇◇


黒いゴスロリ衣装に頭には黒くて小さなねじれ角を付けたディアーナが、腰に手をあてて胸をはって高笑いをしている。

カインは燕尾服を着てすぐとなりで傅いている。


「ふぅーはははは!ディは魔王なのよ!」

「魔王ディアーナ様、魔王就任おめでとうございます!まずは何をいたしますか?」

「んー。お兄様、魔王って何をするの?」


首をかしげて不思議顔をしつつカインの顔を魔王ディアーナが覗き込んでくる。

カインは愛おしそうに微笑むとディアーナの手をとってレースの手袋の上から口づけを落とした。


「世界征服とかかな。王様よりもえらくなって、世界中が魔王ディアーナ様の言うことをきくことになるんだよ」

「じゃあ、世界征服する!世界征服したら、女の子が騎士になっても怒ってはダメよってお父様とお母様に言える?」

「もちろんだよ、ディアーナ」

「夜寝る前にお菓子食べても怒られない?」

「怒られないよ。でも、虫歯になったら困るから歯は磨こうね」

「はい!」


ディアーナがピン!と腕を伸ばして元気よく返事をした。

カインは優しく微笑むとディアーナの角の生えた頭を優しく撫でてやり、角の付け根をこしょこしょとくすぐった。

ディアーナがくすぐったいよと肩をすくめながらクスクスと笑う様はとても愛らしく可愛くて愛らしい…


◇◇◇


「カイン、何を考えているのかわからぬが顔が気持ち悪いから帰ってこい」

「兄上、気持ち悪いとか言ってはダメですよ。あの…カインはお疲れですか?午後は少しおやすみしますか?」


魔王ディアーナについて考えていたカインはジュリアンとジャンルーカに声をかけられて我に返った。九歳のディアーナで想像してしまっていたが、魔の森イベントは学園に入ってからだからディアーナはもっと大きくなっているはずで、想像通りにはならない。


「すみません。聖魔法と魔法陣について考え事をしていました。疲れていないから大丈夫ですよ」

「聖魔法と魔法陣…?私はてっきりスケベなことでも考えていたのではないかと思ったぞ」

「兄上…」


また顔に出ていたらしい事について、カインは反省した。貴族たるもの感情をあまり表情に出してはいけないのだ。反省反省。


「ところで、やはり野菜はほしいですね。こうずっと肉ばかりなのもさすがに飽きるというか胃もたれしそうというか」

「うむ。森をひらいて畑を作れればよいのだがな。農業従事者を連れてくるには魔獣の問題を片付けねばならぬ。魔獣の問題を片付けるためには兵士や騎士を派遣せねばならぬ。兵士や騎士を派遣するには食料問題を解決せねばならぬ」

「ぐるっと一周まわりましたね」


ジュリアンは眉間を押さえて顔をしかめた。


「前回の遷都時から生きている人間はおらんのでなぁ。教えを請える者がおらぬ。そもそも前回はすでにある旧王都に戻っただけであるから、資料も引っ越しについてしか残っておらぬのだ」

「イチから作れる王都レシピとか、野原に王都を作ってみよう!みたいな本があればいいですね」


先は長そうだ。本当に六年で遷都が可能なのかだいぶ怪しいとカインは思ったが、それはジュリアンもわかっているだろうから口には出さなかった。

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