魔法使いファッカフォッカ
草木の生えていない土地をずんずんと歩いていく。
野営準備をしている人たちから程よく距離を取ると、カインとジャンルーカは向かい合った。
「ところで、魔法使いファッカフォッカというのはなんですか?」
「ファッカフォッカはすごいんですよ!魔法でみんなを幸せにするんです。お腹の空いている子に、好きな食べ物が出てくる魔法をテーブルクロスにかけてあげたり、大事なものを木の上に飛ばしてしまった子の背中に魔法で羽をはやしてあげたりするんです」
ジャンルーカがキラキラとした目で一生懸命説明してくれる。カインの知るリムートブレイクの魔法とはジャンルが違うようだった。好きな食べ物が出てきたり背中に羽をはやしたりという魔法は聞いたことがなかった。とても便利そうな魔法なので師事できる機会があれば話を聞いてみたいと思った。
「魔法使いファッカフォッカは絵本ですよ。子どもたちに人気のシリーズで十作ぐらい出てます」
種明かしをしてくれたのは、センシュールだ。ジュリアンの専属だが念の為の護衛としてカインとジャンルーカに付いてきていた。
十二歳と九歳の子どもにニコニコと笑いかける騎士のセンシュールは機嫌が良さそうだった。
「魔法使いファッカフォッカは、ほとんどの子どもが読んでいます。おかげで、我が国の魔法使いに対する印象が悪くないと言っても過言ではないんですよ」
「みんなを幸せにする魔法使いだから?」
「ええ」
センシュールはコクコクと頷いて、手を広げながら同意する。
「いやぁ。ジュリアン殿下もああは言ってましたけどね、本当は魔法を間近で見たいんだと思いますよ。やっぱり、魔法って憧れですから。ささ、魔法の練習ですよね。危なくなったら止めますからどうぞどうぞ」
体のでかい騎士のセンシュールが、どうぞどうぞという手振りをしながら三歩さがって立ち止まった。
魔力を持って生まれたら枷がはめられて魔法が使えない…つい先程そういった話を聞いたばかりでこの対応をされてもカインはどういった感情を持って良いのかちょっとわからなかった。
なんなの。どういうことなの。
「まぁ、いいや。ジャンルーカ様。まずは体の中の魔力を意識しましょう。僕と手をつなぎましょう」
「はい!よろしくおねがいします!」
カインとジャンルーカで右手と左手をそれぞれつないで輪を作る。カインは自分がティルノーアに一番最初に習ったことを思い出しながら魔法を使うための基礎を教えていく。
一時間ほどアレやコレやとやっているうちに、ジャンルーカは魔力を体内で循環させることと練ることが不安定ながらも出来るようになっていた。
「それでは、僕の後に続いて呪文を唱えてみてくださいね」
「はい!」
「小さき炎よ我が手より出て我が指示する目標を延焼せよ」
「小さき炎よ我が手より出て我が指示する目標を延焼せよ」
カインが前に突き出した手の先からは、大人の腕の太さほどの炎の柱が渦を巻いて前方へと飛び出し、三メートルほど先の空中で爆ぜて消えていった。
ジャンルーカがカインの真似をして突き出していた手の先からは、ポンと可愛い音を立てて握りこぶし大の炎が飛び出して三十センチほど前まで進んで消えていった。
「カイン、見ましたか!?炎が出ましたよ!」
「ええ、見てましたよ。すごいですね!一発で成功させるなんて、素晴らしいですよジャンルーカ様」
カインはジャンルーカの頭を優しく撫でながら褒める。ジャンルーカは頬を赤らめながら照れくさそうにえへへと笑った。
「じゃあ、次は水の塊を出してみましょう」
「はい!」
そうやって、色々な属性の最低レベルを順にやっていくと、ジャンルーカは炎と風と土に相性が良さそうだということがわかった。そして、カインと一緒で聖と闇の属性とは縁がなさそうだった。
「聖と闇は、僕が使えないからうまく教えられていないだけかもしれませんので、機会があれば出来る人に教わってみてください」
「魔法が使えるのって楽しいね、カイン。もっと練習してもいい?」
ジャンルーカがワクワクとした笑顔でカインの顔を見上げてくる。ティルノーアから魔法を教わって、初めて魔法を使った時のディアーナと同じ顔だ。懐かしさに、カインは目を細めて微笑んだ。
「ジャンルーカ様。この後、森で夕飯の食材調達をしなければなりません。沢山獲物を取ってジュリアン様をギャフンと言わせないといけませんからね。魔力を温存しつつ魔法の練習をしましょう」
「兄上を、ギャフンと」
「そうですよ、ちゃんと制御できるから枷は必要ないんだ!って見せつけてやりましょう。なので、今日はこれから炎の、魔法に絞って練習しましょう」
「はい!」
ジャンルーカはとても素直だ。ゲームでディアーナとの婚約話が出た時に、女たらしの兄に譲るというエピソードも何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうカインである。
ヒロインと結婚したいからという理由だったら、ディアーナとの婚約は断るだけでも良かったのだから。そのへんの事情をなんとか解明して、ディアーナとジュリアンとの婚約を阻止したいカインである。
「小さき炎よ…我が手より出て、我が指示する…目標を延焼せよ!」
ジャンルーカが詠唱を噛まないように、間違わないように慎重に唱えながら魔法の練習をするのを眺めているカインのそばに、センシュールが並んで立った。
「魔法が当たり前の国から来て、あの魔力を抑える道具は不快に思ったでしょう。申し訳ございません」
そういって、かすかに頭を下げる気配がした。カインはまっすぐジャンルーカを見ているので、隣に立つセンシュールがどんなポーズを取っているのかも分からない。
「ブレイクとの国境近くの村なんかは、魔法が使える国民に対しても枷なんかはしてないんですよ。国境を越えた交流も頻繁ですしね。ただ、王都に入るときには簡易的な枷を付けてもらったりはしてますが」
「あなたが謝罪するような事ではありませんよ。便利な力ですから、その力を持つ人たちを奴隷のように使わないだけ良識的だと思っています」
便利な能力をみんなが持っていれば、それは当たり前の能力である。しかしそれを持つのがごく一部でしか無いとなると、それは特権階級になるか道具として使用されるか。極端な話だがどちらかに偏ってしまうことは良くある話である。
「異能はやはり忌み嫌われやすいですから。能力を持った人に能力を発揮させず、普通の人として過ごさせることで差別や搾取から守っているという側面もあるんです。魔法使いファッカフォッカもプロパガンダの一種ですし」
カインは寮で薪に火をつけるのに魔法を使ったが、便利だなという感想だけで忌み嫌われるようなことはなかった。実は寮の風呂掃除でも水魔法を使ったりしたが、一緒に掃除していたマディからは「カイン様と一緒だと楽でいい」としか言われなかった。
それは、魔法使いによる犯罪や暴力がこの国から徹底して排除されてきたからこそなのかもしれない。人を幸せにする魔法しか使わないという絵本が広く普及している事の効果ももしかしたらあるかもしれない。
しかし
「僕は、持っている能力を正当に評価される世界の方が良いです」
カインは、一生懸命魔法の練習をするジャンルーカを見ながらそうつぶやいた。
隣に立つセンシュールは「全員が公明正大な世界なら可能かもしれませんね」と寂しそうな声で返事をしたのだった。
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