育ち盛りは肉を食え

一緒に来た騎士たちが野営の設営を終え、テントと簡易的なかまどが作られると、いくつかの隊に分かれて付近の探索と食料調達ということになった。

穀物や水、乾燥果物などの簡易的な食料は持ち込んでいるものの、新鮮な食肉などは現地調達ということだ。

近い将来ここが新しい王都となるのであれば、この付近でとれる食材や住民の脅威となるような野獣や魔獣についての調査が必要だということもある。


「カインとジャンルーカにはセンシュールとバレッティが付いていく。騎士二人をつけるが無理をするでないぞ。魔法では無理だと思えばさがって騎士に任せるがよい。あまり深くまで行かず近場を探索するように」

「はい、兄上」


カインとジャンルーカはあくまでお客さん扱いである。食料調達や現地調査員としては物の数にはいっていないのだろう。侮られているということは、チャンスである。


「ジャンルーカ様。甘く見られていますからチャンスですよ。見返してやりましょう」


カインがこっそりとジャンルーカの耳元でささやく。ジャンルーカも悪巧みをする子どもの顔をして強くうなずいている。


「センシュール様、バレッティ様、よろしくお願いいたします」


カインは付き添ってくれる騎士に頭をさげて挨拶をする。騎士二人は恐縮しながらこちらこそと慌てて頭をさげかえしていた。


カインとジャンルーカと騎士二人は、野営場所から西に向かって森に入っていった。振り向いて設営場所が見えるところまで、と言われているがそんな浅い場所で獲物が捕まるものだろうかとカインは顔をしかめる。


「あの広場がぽっかり空白地帯になっているだけで、ここは十分に森の奥地ですからね。ちょっと入っただけで魔獣と出会う可能性は十分にありますから。周辺への注意は怠らないでください」


カインの不審を感じ取ったのか、センシュールがそう解説してくる。たしかに、飛竜の背中から見たこの辺は見渡す限りの森だった。その森の奥地にポッカリと丸く開けているのがこの土地だったのだ。そしてこの土地は開けているだけで人も住んでいないのだから、野生動物が警戒して近づかないという事も無いのかもしれない。


「であれば。いいですか、ジャンルーカ様。魔法は詠唱が必要な分、発動に時間がかかります。獲物を見てから呪文を唱えていたら間に合いません。なので、途中まで唱えておいて準備します」

「途中まで唱える…呪文の途中で間が空いても大丈夫なのですか?」

「集中力が切れなければ大丈夫です。途中まで唱えても、間に別のことを考えたり、何処まで唱えたのか忘れてしまったりしてはダメですが。明確に続きであると自分で認識できれば大丈夫です」

「うう…難しそうです」


ジャンルーカが眉毛をハの字にして情けない顔をする。

カインはその顔を見てフッと笑うと、ジャンルーカの手を握って大きく振る。手を大きく振ると、自然と歩幅も大きくなるので、歩く速度が早くなる。


「いい方法があるのです。『小さき炎よ我が手より出て我が指示する目標を、小さき炎よ我が手より出て我が指示する目標を、小さき炎よ我が手より出て我が指示する目標を』とずっと言い続けるんですよ」

「ずっとですか?」

「そうずっと。そして、獲物が出てきたら『延焼せよ!』って続けちゃえば良いんです」


指を振りながら、カインがしたり顔で説明する。ジャンルーカがなるほどと神妙な顔をしてうなずくが、騎士のバレッティが皮肉そうな顔をしてツッコミを入れてきた。


「それだと、ちょうど新しく唱え始めた時に獲物が出てきたらどうするんです。獲物を見てから呪文を唱えるのと同じになりませんか」


獲物の出現と呪文の唱え直しが同じなら意味がないのではないか?と意地悪そうな顔でいってくる。それを受けて、ジャンルーカもそれはそうかもしれないと困ったような顔をした。

センシュールは真面目な表情でカインの顔色を伺っている。


「あ!獲物だ!魔法で対抗しなくっちゃ!炎の魔法を使うぞ!呪文はなんだっけ?そうだ、小さき炎よ我が手より…」


カインは、年齢よりも幼いように聞こえる少し高い声で、わざとらしく芝居がかった口調でそう言った。前に手を出して、魔法を打つポーズだけ取る。三秒ほどポーズを決めて止まっていたが、スッと姿勢を正してバレッティの顔を見上げた。


「というわけです」


とだけ言ってバレッティの目を見つめ続ける。バレッティは「は?」という顔をしてカインの視線に視線で返すが、わけがわからずセンシュールの顔を見て助けを求めるような表情をした。

センシュールは、苦笑いをしてバレッティの肩を叩くと、カインの代わりに解説してくれた。


「心構えの問題だ。発見、確認、準備、行動というそれぞれは一秒から三秒ほどの瞬間的な作業でも、全部で十秒以上かかれば、魔獣に後れをとる事だってある。それを、呪文をずっと唱え続けることで、たとえ呪文の頭からだったとしても発見の時点ですでに行動が開始できている状態にできるってことだよ」

「はぁ…。なるほど?」


魔法が使えないからか、バレッティには説明されてもピンと来ないようだった。


「ジャンルーカ様。呪文を唱えて魔法を出す、ということを繰り返しやっていくと、呪文を省略出来るようになっていきます。そうすれば、もっと短時間で魔法が出せるようになりますから。そうしたら繰り返し呪文を唱え続けなくても大丈夫になりますから」

「そうなんだね。よかった。ちょっと間抜けだなって思っていました」

「ふふふ。おんなじ事をぶつぶつと呟き続けるのってちょっと危ない人っぽいですよね」


ジャンルーカとカインは、迷子にならないように手をつなぎながら歩いていく。手をふるリズムに合わせて一緒に呪文を途中まで唱えて最初に戻る、ということを繰り返していた。

それは歌を歌いながら手をつないで森を散歩する兄弟みたいなお気楽そうな姿に見えた。


「お気楽ですねぇ。お子様は」

「まぁ、食料調達や近辺調査は明日が本番だしな。他班の者たちやジュリアン王子がきっちりやるだろう」


何かあれば三歩で駆け寄り剣が届くという距離を置いて、大人二人は後から付いていく。


「炎の魔法は迷わず頭を狙ってください。動物は末端をやけどしたぐらいでは死にませんが、呼吸ができなければ死にます」

「…わかりました」

「狙いが付けにくかったり、まだ炎を出すだけで精一杯だったら胴体を狙ってください。的が大きい場所を狙えば外しにくいはずです。頭とか足とか的の小さいところを狙うより体のど真ん中を狙うんですよ」

「はい」


呪文の途中途中で、カインが物騒な指導をしている事は大人二人には伝わっていなかった。

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