お腹いっぱい食べたいからデレたわけじゃないからね!
実際問題として、カインに出来ることは何もないだろうとカイン自身は考えていた。
攻略対象の
目の前の敵を倒すとか、手の届く範囲で策略を巡らすとか、目の届く範囲で困った子に手を差し伸べるとか。
そういったことには力を発揮できるが、呪われた大地を浄化せよというのは流石に規模がでかすぎる。
そもそも、カインは聖属性の魔法を持っていない。ゲーム主人公を退けるために覚えたかったが、結局聖属性は覚えられなかったのだ。
「カイン、お兄様は騎士たちと今夜の野営について打ち合わせしに行きました。ねぇ、魔法について色々おしえてください」
ジャンルーカが、カインのローブの端をつまんでツンツンと引っ張ってくる。振り向いて見下ろせば、だいたいディアーナやアルンディラーノと同じぐらいの背丈だなと思う。ジャンルーカは今彼らと同じ九歳。当たり前といえば当たり前か。
「そういえば、ジャンルーカ様は魔力があると先ほどジュリアン様が言っていましたね。ユウムの人としては珍しいですよね」
「うん。僕のお母様のお祖母様がブレイクのお姫様だったと聞いています。それで、僕に魔力が現れたんじゃないかって言われています」
「そうだったんですね」
サイリユウム国の人は基本的に魔法が使えないが、まれに魔力を持って生まれる人はいるとイアニス先生は言っていた。特に、サイリユウムとリムートブレイクの国境にある街では魔法を使える人はそこそこ居るらしく、魔法が使えるかどうかというのは血統によるのではないかとイアニス先生は言っていた。
「ジャンルーカ様は得意な魔法などはありますか?僕は炎系の魔法が得意です」
カインが話を広げようとして話題を振ったが、ジャンルーカは悲しそうな顔をして頭を横に振った。
「僕には魔法を教えてくれる人がいないので、きちんと魔法が使えません。ですので、魔法が使えないようになっているんです」
そういって、カインに右手首を見せてくれた。手首にはきれいな青い石が連なったブレスレットが装着されていた。
「きれいなブレスレットですね?」
「これは、魔力制御装置です。ユウムでは、魔力を持って生まれるとこの装置を付けて魔法が使えないように制御されるんです」
「はぁ?」
カインは、王子相手であるのに思わず素で声がでてしまった。魔力を持って生まれたのに、魔力を制御される。王子という立場なんだから、魔法を教えてくれる人なんてどうとでも為るだろうに。それこそ、リムートブレイクに指導ができる魔法使いの派遣を要請したって構わないだろうに。
「それは外せないのですか?せっかく魔力を持って生まれたのに、魔法が使えないなんてもったいないです」
「魔法が使えない人達の国で、魔法がつかえるというのは一つ間違えたら恐怖の対象になってしまうそうです。だから、僕は魔法が使えないほうが良いんです…」
嘘だ。
魔法が使えないほうがいいなら、カインに魔法について教えて下さいなんて言うものか。魔法使いの居ない国で、少数だけの魔法使いが居れば、それは確かに脅威になるのだろう。
カインの前世は魔法なんて全く無い世界だった。あの世界で、火炎放射器も無く炎を撒き散らすことが出来る人物とか、液体窒素ボンベを持っていなくても目の前のあらゆる物を凍らせることの出来る人物なんて、テロし放題の危険人物である。
しかし、まだ何もしていない善良な人物に対して枷をはめるというのはいかがなものか。しかも、隣の国ではそれが当然のように行われている程度の能力なのだ。
「このブレスレットは、外せないのですか?」
カインはもう一度聞いた。ジュリアンは二人に頼むと言ったのだ。この場でブレスレットを外す事ができる可能性は高い。
「今回は、兄上が外す為の鍵を持ってきています。僻地で何かあったときのために」
「では、外してもらいましょう」
「でも…」
ジャンルーカがまた、カインのローブをつまんで引っ張る。不安そうな顔で見上げてきてる。
カインは、ついジャンルーカの頭を撫でてしまった。頭の位置がちょうどディアーナやアルンディラーノと同じ位置にあるのだ。
「せっかくこんな僻地に来たんですから。魔法を試すには絶好のチャンスですよ」
にっこり笑ってもう一度ぐしゃぐしゃっと強く頭を撫でると、ローブをつまんでいたジャンルーカの手を取り、騎士と何事か相談しているジュリアンの元まで歩いていく。
「ジュリアン様。ジャンルーカ様のブレスレットを外してください」
ジュリアンのそばまで行くと、カインは前置きもなしにそう話しかけた。
「それはできぬ。そのブレスレットはいざという時にのみ外して良いと言われておる」
「そもそも、魔法使いは危険だというのであれば、私に魔力を制御する腕輪を着けないのはおかしいですよ」
「カインは隣国からの客人だ。そもそも、ブレイクではきちんと魔法について教育されておるではないか。制御不能になることもあるまい?」
「私は今年十二歳で初めて学生になるのですよ。ブレイクも学園入学は十二歳からで変わりません。家庭教師の質なんてあてになりませんよ?」
「公爵家だろう。しかも国内筆頭の。そこの家庭教師が怠慢などあってはならぬだろう。そもそも、素性調査は一応やっておるし、カインが暴走しないかどうかを見張るために私が同室になっておるのだ。そのうえで枷までつけようものなら、国際問題になってしまうだろう」
「コレが枷だとは思っているんですね」
ティルノーア先生が、魔法の技術力は大人になってからの方が伸びるが、魔力は子供の頃にどれだけ練るか使うかが肝だと言っていた。ジャンルーカが魔力持ちであることが判明して以降ずっと枷を付けられていたのであればそれはどれほどもったいないことをしていたのかという話だ。
「ここは最果ての地なのでしょう?騎士九名と私達しかいません。こんな僻地では覗き見するものだっていないでしょう。魔法の練習をするには最適だとは思いませんか、ジュリアン殿下」
「カイン…」
ジュリアンは顎に手を添えて思案顔だ。カインはもうひと押しかなとジャンルーカの顔を見下ろす。
「ジャンルーカ様は魔法を使ってみたいですか?」
「使ってみたいです!魔法使いファッカフォッカみたいに、みんなを幸せにする魔法使いになりたいのです!」
魔法使いファッカフォッカとは?という顔でカインがジュリアンの顔をみる。ジュリアンは深い溜め息をついて片手で眉間を押さえた。
「この後、森で食料調達をする。その間はジャンルーカの腕輪をはずそう。カインに責任を持たせるわけにも行かぬから、騎士を二名つける。見事うさぎでも捕らえてみせよ、ジャンルーカ」
「はい!兄上!」
「ちょっと待って下さい。いきなり本番は無いです。今すぐブレスレットを外してください。本番前に僕が出来うる限りで魔法を教えます。どうせこんななんにも無いただの平原に来たんですから、暴走したって被害もクソもないですよ」
「クソとか、貴族の言葉では無いぞカイン」
カインは譲らない。
いきなり本番をやらせて、ほらなやっぱり出来ないじゃないかというのは前世でよく見た。特に幼稚園や保育園に営業で立ち寄った時に男の子たちが言い争っている場面で良く遭遇する。出来るもん!出来ないだろう!じゃあやってみろ!という売り言葉に買い言葉であることがほとんどだが、その場でやろうとすると大体出来ないのだ。
ただの意地っ張りで本来出来ない事を出来るもん!と言ってしまっている場合も多いが、前日まで普通の状態ならちゃんと出来ていたのに売り言葉に買い言葉で勢いでやると出来なかった、という子も確かに居たのだ。
子どものメンタルは思うより脆い。いつだって営業に来たカインに体当たりをしてくる年長組のガキ大将だって、好きな保育士さんの前だと何故かうまく走れなくなることだってあるのだ。
「練習時間をください。そうしたら、僕とジャンルーカ様でみんながお腹いっぱいになるほど食料調達してみせますよ」
ジュリアンは、この場にいる誰かに危険が及ぶようなことがあればすぐに枷をはめる事を条件に、ジャンルーカのブレスレットを外したのだった。
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