カインを連れて行かないで!
―――――――――――――――
「カイーン!出かける準備をするがよい!泊まりの準備だぞ!」
カインが冷えたオムレツを半分ほど食べたところで、食堂にジュリアンが入ってきた。それに対して、反応したのは食堂に居たカイン以外の生徒たちだった。
「ジュリアン第一王子殿下!カイン君を泊まりで連れ出すというのですか!?」
「なんの権利があってそんな事を!?カイン様の自主性を重んじるべきです!」
「カイン君は二年生、三年生の勉強や授業の様子を我々から聞くという約束があるのですよ!?」
「出かけるなら殿下お一人で出かけるか、シルリィレーア様をお誘いしてはいかがですか!?」
「カイン君を連れて行かないで!」
まだオムレツを食べている者、食べ終わって食器を厨房で洗っていた者、食べ終わって友人と談笑していた者たちが、一斉に立ち上がって入り口付近に立っていたジュリアンに向かって叫んだ。
思いもよらぬ事態にジュリアンは思わず足を止めて身を引いてしまった。
「な、何なのだおぬしら。そもそもカインとさほど親しくもなかったのではないのか?」
「今朝、仲良くなりました!」
「これから仲良くなります」
「せめて、マディが帰ってくるまでは連れて行かないで!!」
昼食と夕食は、街の食堂が開いているので寮に残っている者たちもちゃんとしたご飯が食べられる。しかし朝食の時間帯はやっている店がほとんどない。そのため寮に残っている者たちは自分たちでなんとかしなければならない。これまでは、寮の食堂が休みの日にはマディが皆の朝食を作っていたらしい。有料で。
そう言った話を聞いたカインは、マディが実家に戻っているのは二年生の教科書を取ってくるためであることを知っているので、冷えたオムレツに対して文句が言えなくなってしまったのだった。
「マディ先輩はおそらく明日の朝には帰ってきますよ」
「そうなのか?」
カインがティボーにマディの予定を伝えると、背の高いティボーは見下ろすようにカインの顔を覗き込んだ。
カインはオムレツをスプーンにすくいながら、マディから聞いている話を伝える。
「実家に置いてあるものを取りに戻るだけと言っていましたので。実家に長居はしないとも言っていましたし」
「そうだな、実家に帰ると見合いをさせられるから嫌だといつも言っているもんな」
「うん?マディ先輩には恋人が居ますよね?」
「街の食堂の看板娘な。自分はやがて家を出るから、とアイツは言っているがなぁ。三男とはいえ子爵家の息子だからな。家からは反対されているらしいな」
「…そうだったんですね」
カインはスプーンを口に入れてオムレツを食べる。塩コショウでしか味を付けていないのに、苦い気がした。
「で、カインを連れて行って良いのか悪いのか。どうなのだ」
カインの隣の席までやってきて、どかりと座りながらジュリアンが言う。一応、皆の反対を押し切って無理やり連れては行かないようだ。こういうところは物分りが良いと言うか、人が良いと言うか。
カインは口にオムレツが入っているので黙っている。ジュリアンとはカインを挟んで反対隣にすわっているティボーがテーブルに半分身を乗り出してジュリアンを覗き込むと、ニヤリと笑った。
「マディが帰ってくるなら、カイン君は連れて行っても構わないと思いますよ、殿下」
「マディがいれば良いのか?…もしかして、皆が食しているオムレツはカインが作ったのか!?」
「うまかったですよ」
ティボーがますますニヤニヤと笑いながらジュリアンに言う。ジュリアンは無言でカインの残り半分のオムレツを見つめてくるが、カインはとにかくお腹が空いている。ジュリアンの無言の圧力を無視してきれいに皿を空にした。
「カインの意志は中々に硬いのだな…」
「普段良いものを食べている王子様に食べさせるようなものではありませんよ」
カインはスプーンを皿の上に乗せると、ジュリアンに向き合った。
「それで、何処か行くんですか?」
「ああ、バイトだ。ちゃんと賃金を払ってやるぞ。魔法を使える準備をして来い」
「私は、何処に行くんですか、と聞いているんですが」
「喜べカイン、飛竜に乗せてやるぞ」
「飛竜に乗りたいんじゃなくて、飛竜で実家に帰りたいだけです」
「飛竜酔いしないか事前に確認するチャンスだぞ?いざ大金払って飛竜酔いが酷くて帰れんなど言うことになったら目もあてられぬぞ」
カインは振り向いてティボーの顔を見た。
「飛竜って酔うんですか?」
「俺は乗ったことないからわからんな」
ティボーの返事はそっけなかった。カインは再びジュリアンの方に向き合うと腕を組んで顔をしかめた。
「私は、休みの後半は勉強したいんですけど」
「三日で帰ってくる。休みの後半の後半は勉強すればよかろう」
何を言っても結局は連れて行かれそうなジュリアンの態度に、カインはため息を吐いた。
「わかりました。準備しますから、何処に行けば良いんですか」
「寮の門前に馬車を待たせてある。部屋まで一緒に行って荷造りを手伝ってやるぞ?」
「けっこうです。馬車で待っていてください。出先でパーティなどはありませんよね?」
「ナイナイ。行くのは北の国境近くの平地だ。なにもないからな、寒くないように防寒だけしっかりしておくがよい」
使った皿と食器を洗って棚に戻し、カインは寮の自室に戻る。
三日ということは二泊なので、下着を二セットとタオル二枚をくるくるとまるめてナップザックに突っ込んで背中に担いだ。
魔法を使える準備をしてこいと言われていたので、ティルノーアから貰ったローブを羽織る。裾が花びらのようにビラビラとしているこのローブは、空気を通さないので防寒の役にもたちそうだった。
ファビアンから貰った細身の剣は、迷ったが今回は置いていくことにした。
自室の鍵を閉めて、寮の門まで歩いていけば王家の紋章が入った立派な馬車が待っていた。
「おお、カイン。魔法使いっぽいな。良いぞ良いぞ。さぁ、乗るがいい」
カインが近くまで寄ると中からジュリアンが馬車の戸を開けて手招きしていた。カインが馬車に乗り込むと、中にはジュリアンの他にジャンルーカも乗っていた。
「こんにちは、ジャンルーカ殿下」
「こんにちは、カイン。僕も、兄上と同じく殿下とかしこまらなくて良いですよ」
「では、ジャンルーカ様。ジャンルーカ様も一緒に出かけるのですか?」
「はい。ご一緒できてうれしいです」
ジュリアンが王族らしい王族というか、王族っぽい言葉遣いなのに対して弟であるジャンルーカはとても丁寧な話し方をする。座り方も、ジュリアンが膝を開いて腕を組んで座っているのに対してジャンルーカは膝を揃えて手も膝の上に乗せておとなしそうに座っている。ジュリアンには悪いがなんとなく弟のほうが賢そうなイメージだなとカインは思った。
「今日、これから向かうのは新都の予定地だ」
「新都、ですか?」
馬車が動き出すと、ジュリアンが今日の目的地について説明を始めた。
「この国は、百年毎に王都を移動しているのだ。三年後が次の百年目なんだが、きりが良いので私の卒業に合わせて遷都することになっている。だから六年後だな」
「三年ずれるのは構わないのですか?」
「誤差の範囲だろう。儀式的に百年きっかりという期間そのものに意味があるわけではないからな」
「そういうものですか」
「新都で王になるのは私だからな、新都を作り上げる諸々は私に一任されておるのだ。今回はその予定地の視察だ」
寮から王宮はさほど遠くはない。
ジュリアンの話を聞くうちに馬車は城の門を通り過ぎていく。馬車は城の敷地内の石畳をしばらくはまっすぐに進み、やがて右に折れた。
この先には騎士団の詰め所があり、飛竜を離着陸させるための広場があるという。
「予定地が、ちと訳アリの土地なのでな。魔法が使えるブレイク人のカインに見てもらいたいのだ」
「訳アリですか?」
馬車が到着して、待っていた騎士が戸を開ける。
一番入り口に近い席に座っていたカインがまず降り、ジャンルーカ、ジュリアンの順で馬車から降りる。
馬車から降りてすぐ目の前の広場には、ガントリークレーンほどの大きさの竜が三匹翼を収めて立っていた。
カインはそれを見上げて、異世界に転生したんだなぁと改めて感慨深い気持ちが胸に滲んだのだった。
―――――――――――――――
誤字脱字いつも本当にありがとうございます。助かっています。
評価、感想、励みになります。
今日も読んでくださってありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます