魔女の国
ガントリークレーン程もある大きな飛竜は、一匹あたり四人乗りだった。首の付け根と胴体にハーネスのようにベルトが通されていて、布団のような多少クッションの利いた大きな座布団が羽の間に固定されていた。
竜は飛び立つ時こそ激しく羽ばたいたが、上空に上がってしまえば気流に乗るのかほとんど羽は広げたまま動かさなくなった。
それでも、時々大きく羽ばたいて高度を上げたり気流を乗り継いだりするのだが。
「…飛竜酔いって、コレが原因ですか」
「わははは。なかなか気持ち悪いだろ」
飛竜が翼を動かす時に、連動して背中の筋肉がうねるのだ。そのうねりが、座布団ごと乗っている人を揺らす。まるで大きな波を小舟で乗り越えたみたいな揺れ方をする。あまり羽ばたかないとは言え、羽を動かすのは竜次第なのでいつ来るかも分からない。見えている波とも違って予測もできない。
「それでも、風が吹き抜けていく気持ちよさと、高い位置から見下ろす景色の良さが上回っていますね。なんとか大丈夫そうです」
「それなら良かった。カインはドラゴンライダー隊に入れるな」
「入りませんけどね」
他国の騎士団になど、入れるわけもない。平民や下級貴族の次男以下であれば無い話ではないだろうが。
「しかし、ドラゴンライダーと聞いていたので飛竜はもっと小さいものかと思っていました。馬くらいの大きさの竜に一人ずつ乗って空から剣を振るのかと」
「そういった運用をしている部隊もありますよ。辺境の飛竜隊などは一人騎乗での運用が主ですね。相手にするのが魔獣や野獣なので、その方が有用なのです」
カインに飛竜について説明してくれるのは、ジュリアンの専属近衛騎士のセンシュール。
カインの乗る竜にはカイン・ジュリアン・ジャンルーカ・センシュールの四人が乗っている。手綱はセンシュールが握っているが、念の為に握っているだけのようで操縦をしている気配はまったくなかった。
「一人乗りの飛竜は、馬に比べて小回りが効かないんです。その上、三メートルから五メートルほどしか高度が取れないので合戦などでは弓の良い的になってしまう。乱戦になれば敵と味方を分けて竜に攻撃させるのも難しくなる。対人戦争ではこちらの大竜に弓兵を乗せて上から射るという戦い方になります」
「なるほど。得意不得意があるんですね」
魔法が使える魔導師を竜にのせたら強そうだとカインは思ったが口には出さなかった。サイリユウムに魔法が使える人間が少ないのはリムートブレイク王国にとっては幸運なのかもしれなかった。
「とはいえ、ここ数百年戦争は起こっていません。馬よりも馬車よりも速いのでもっぱら移動手段として活用しています」
「山も川も無視してまっすぐ飛べるのですから、便利ですよね」
カインたちを乗せた竜は、山も川も越えて真っ直ぐに北へと飛んでいく。障害物が無いのもそうだがそもそも移動速度が速い。フードの中にしまっておいたカインの長い三編みの髪の毛が真後ろになびいてバタバタと揺れている。
「目的地は半日ほどだ。まだ王都から予定地までの街道も整っていないのでな。日程に余裕があったとしても馬車では行くことが出来ぬ場所だ。今はな」
「この大きさでは中々散歩にも連れ出してやれませんので、第一王子殿下の視察は飛竜たちにとっても良い運動になります」
「そうですか」
「見えてきましたよ」
カインの隣でずっとおとなしく座っていたジャンルーカが、右前方を指差した。
しばらく前から竜の下にはずっと森が広がっていた。前方の奥には高い山が連なっているが、その裾野のあたりまでずっと森が広がっていたのだが、ジャンルーカの指し示す先に、丸く開けた場所が見えた。
「新都の予定地だけ、先に整地してあるのですか?」
「いいや。あそこには村があったのだ。はるか昔の事だがな。その名残だ。だいぶ時間が経つというのに草一本生えてこない」
「呪われてでもいるんですか?」
カインは冗談のつもりで言ったのだ。森の中にあって森に飲み込まれない土地ならば、昔小規模の火山があって溶岩で地表が固められているとか、昔あったという村がコンクリート精製技術を持っていたとか、廃村だと思っていたけど実はまだ人が住んでいて伐採しているとか、そういった理由も考えられる。そこだけ魔脈が非常に濃いという可能性もある。
呪いだなんてそんなのは、ただの冗談だったのに。
「そうだ。あそこは呪われているんだ」
ジュリアンははっきりと言った。そして振り向いてカインの目を見ると、ニヤリと笑った。
「あそこは、昔魔女の村があったところなんだ」
ジュリアンのセリフとほぼ同時に、飛竜が高度を落としながら翼をゆっくりと動かした。
目前に迫ったその場所は、きれいに丸く開けていた。そしてその円形の土地には大きく魔法陣が描かれていた。円の中に五芒星が書かれているだけの単純なものだが、たしかに魔法陣だった。
バサリバサリと翼の動きが早くなり、背中に乗るカイン達は筋肉のうねりで上下左右に揺さぶられる。ぐわんぐわんと頭が揺れる状態で、サイリユウム王国の次の王都予定地、元魔女の村へとカイン達は到着したのだった。
少々の胃のむかつきを感じながら、だだっ広い土地をぐるりと見回した。空からだと五芒星が見えていたが、地上からではわからなかった。
「6年後に遷都すると言うには、何もなさすぎではないですか?」
「そうだな。でも、私は私の王都を一から作ってみたかったんだ」
ジュリアンはまっすぐ前、開けたなにもない土地を眺めて口を開く。
「楽をしたければ、前々回あたりの旧王都へ王宮のみを移して遷移先とする方法だってあるんだ。実際百年前の遷都は三百年前の王都へ戻しただけだった。だから、今の王都はどれもコレも…良く言えば伝統的な建築方法で作られた歴史ある建物ばかりだろう?」
ジュリアンはザクザクと硬い土を踏みながら歩いていく。ジャンルーカがそれに続き、カインも後ろをついていく。
「ここは過去のどの旧王都とも近くない。背中にある連峰を越えれば今後国交を深めたいと思っている隣国センディルだ。場所は悪くない。王都を移す意味を考えれば最適の地といえる」
「王都を移す意味とは?」
「それは帰ってから教科書を読め。四年生あたりの経済の授業でやるはずだ。どうせ四年の教科書ももう手にいれているのであろう」
ジュリアンが立ち止まって地面を靴の先で蹴って穴をほっている。
「ここが呪われた土地という事以外、遷都には最高の場所だ。今まではジャンルーカしか魔力を持つ者が身近に居なかった。呪われた土地の存在をおおっぴらにするわけにも行かなかったから、国内から魔力持ちを募集するわけにも行かなかった。……半分、諦めていたんだが…」
五芒星の線は、ジュリアンが靴先で穴をほったところで消えなかった。校庭に石灰で白線をひいたような簡単なものではないのは明らかだった。
「全然予定になかったカインの留学は、神の采配だと思うじゃないか」
ジュリアンはカインとジャンルーカの元へ戻ってくると、二人の手を取って握りしめた。
「この土地を浄化するのに手をかしてくれ」
ジュリアンが真剣な顔をして見つめてくる。カインは、ジュリアンの真面目な顔は初めて見たんじゃないかと過去を思い出す。入学から一月半しか経っていないが、その間ジュリアンはずっとふざけた顔しか見せていなかったのではないだろうか。
「すぐには返事出来かねます」
すでにこんな僻地に連れてこられてしまっているカインには、そう答えるのが精一杯だった。
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