オムレツはバターたっぷりに作るとうまい
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花祭りは終わったが、学校の休暇はあと7日ある。
領地に帰省している学生はまだまだ帰ってこないので寮の中はとても静かだ。カインはサイリユウムに来ても日課として続けていたランニングを済ませて着替えると、朝食を取ろうと寮の食堂へやってきた。
「そういえば、食堂のおばちゃん居ないんだっけ」
食堂のカウンターの向こうにある厨房には誰もいなかった。休み期間中は厨房が開放されているので残る生徒は自炊することが出来る。ただ、貴族の子息令嬢ばかりが集められたこの学校で自炊できる生徒は少ない。
先に食堂に来ていた生徒たちは、厨房の食料棚から取り出したパンや果物などのそのまま食べられそうなものをかじっていた。
その様子を見て、カインは王都に実家のある生徒はそりゃあ実家に帰るわなぁと苦笑した。
前世では一人暮らしサラリーマンだったカイン。薄給だったこともあり基本的には自炊していたのだが、米は無洗米を炊飯器に仕込んでスイッチを押すだけだったし、鶏の唐揚げはオイルスプレーをかけてオーブントースターでチンして作っていた。煮物も味噌汁もIHクッキングヒーターで温度調整も自動で出来たしタイマーをかければ煮すぎて吹きこぼすという事もなかった。前世の自炊は文明の利器に助けられてのことだったので、ここで前世と同じ程度の自炊が出来るとはカインも思っていなかった。
しかし、卵を焼くくらいは出来るだろうと厨房へ入ってみたのだがそれも無理だと考え直した。
厨房の調理器具が全部業務用サイズなのだ。当たり前だ。普段は寮生全員分の料理を作っているのだ。
鍋も大きければかまども大きい。何より、かまどやオーブンに火を入れるのだけでも苦労しそうだった。
「マディか?」
厨房の道具類を眺めていたら後ろから声をかけられた。人違いではあるが、現在厨房にはカイン以外の人間がいなかったので、自分に向かって問いかけられたのだとカインはふりむいた。
「カインです。マディ先輩はいませんよ」
「あー、悪い。休日に厨房に入るなんてマディぐらいかと思ってたから。で、カイン?君は料理ができるのか?」
声をかけてきたのは、体が大きいので上級生だと思われる男子生徒だった。頭をボリボリと掻きながら厨房の入り口に立っていた。
「簡単なものなら作れるかなと思って見てみたんですが、道具や機材が大きすぎて難しいですね」
「あぁ、それならあっちの戸棚の向こうを見てみろ。賄いや今日みたいな生徒の自炊用のコンロがあるんだ。…そういえば見たことあるな。カイン、君は厨房の手伝いアルバイトしてなかったか?」
「私は、下ごしらえや煮込みをかき混ぜるとかばかりでしたから。戸棚の向こうまで見たことありませんでした。ありがとうございます。ちょっと見てみますね」
男子生徒に礼を言ってカインは戸棚の後ろに回り込む。確かに、小型のコンロが設置されていた。
前世で言うところの、魚焼きグリルがついたガステーブルのような形で、グリル部分に薪を入れて燃やすと、ガステーブル部分で調理ができる様になっている。
丸い穴が二つあいていて、そこに五徳のような脚付きの台が設置されている。この大きさなら薪に火を付けて鍋を熱するのもさほど時間がかからなそうだ。
壁にぶら下がっている鍋やフライパンも普通のサイズだった。
「マディが良くここで料理してるんだよ。ときに、君は料理ができるのか?」
調理道具を眺めていたら、後ろから声がかかってカインはビクリとしてしまった。振り向けば、先程の先輩男子生徒がついてきていた。てっきり厨房には入ってこないものだと思っていたので不意を突かれてしまったカインである。
「簡単なものなら。えーと、卵があるならオムレツでも焼こうかなぁとか…」
「そうか!一個作るのも二個作るのも同じだな!?同じだよな!な!」
「え、えぇー…」
勝手に決めつけると、先輩男子生徒はうきうきと食料庫に消えていき、卵を10個も持って戻ってきた。
カインは壁際に積んである薪を取るとコンロの下穴にポイポイと投げ込んでいく。業務用よりは使いやすそうではあるが、カインもこの世界の住人になってからは料理するのは初めてである。どれくらい薪を入れれば足りるのか分からない。とりあえず入るだけ入れて置いて、火力が強すぎたら薪を抜き取ることにした。足元に火消し用のバケツを寄せておく。
「火種わかるか?たしかマディがあっちの…」
「あー…。大丈夫です」
カインはお腹が空いていた。朝からランニングをして戻り、いつもなら食堂に来るだけで食べられる朝食がまだ食べられていないのだ。火種からコツコツと火起こしなどしていられない。
「小さき炎よ我が手より出て我が指示する目標を延焼せよ」
カインが薪に手を向けて呪文を唱えると、指先に炎が現れてコンロの下穴へと飛び込んでいった。ボボボと音を立てて薪に燃え移るとやがてコンロの上の穴からチロチロと火が漏れてくるようになった。
「おおお。魔法か?今のは魔法なのか?…あ、君がアレか!ブレイクからの留学生っていう」
「カイン・エルグランダークと申します。お見知りおきください」
「俺はティボー・キンティアナだ。魔法っていうのは初めてみた。便利なもんだな」
カインはフライパンを五徳の上に乗せるとボウルに卵10個を割り、調味料を適当に入れてかき混ぜた。フライパンから煙が出てきたのを見て一旦おろして底を水桶に付けてジュワっと言わせた。コンロに戻す前にバターをこれでもかとフライパンに乗せて溶かすと溶き卵を半分入れてかき混ぜた。
そこでようやくコンロの上に戻して木べらの端でかき混ぜながら少しずつ形を整えて端によせていく。
「いっちょあがり!」
焼き上がった大きなオムレツをフライパンをひっくり返して皿にボテッと乗せると、コンロに戻す前にまたバターをこれでもかとフライパンに乗せた。
「初めての道具なので少し端が焦げてますが、よければティボー先輩お先にどうぞ」
残り半分の溶き卵をフライパンに入れてかき混ぜながら、カインはコンロに向かって自分用のオムレツを焼く。二個目なのでフライパンを浮かしながら火加減を調整してみたら、今度はきれいなオムレツが出来た。
さて皿に盛って自分も朝ごはんにしようと振り向くと、卵と皿を持った生徒が行列を作っていた。
「…あの」
「バターの焦げるいい匂いがして、覗いてみたらティボーが熱々のオムレツ持っていたもんだから」
「今日はマディが居ないからパンしか食べられないと諦めていたんだ」
「ティボーが良くて俺らがダメってことはないだろう?」
「卵を割って混ぜるぐらいは手伝うから、な?な?」
花祭り休暇に寮に残っている生徒は少ない。すでに食べ終えて食堂から居なくなっている生徒も居たはずだ。
それでも行列には十数人が並んでいる。
カインは、お腹が空いていた。
「君が食べ終わってからでも構わない。僕らは温かいごはんが食べたい!」
そう言われても、十数人にジッと見守られる中で自分だけオムレツを食べるのは想像しただけで味がわからないに違いなかった。
「自分の食べたい量だけ溶き卵作って並んでください。塩コショウは好きなだけ入れてください。僕は焼くだけですから、味の保証はしませんからね!」
カインのオムレツは決して上手なわけではない。一人暮らしサラリーマンの自炊の域を出ない。表面は少しボコボコしているし茶色く焦げてる部分もある。薪の火で焼くのでフライパンそのものの熱ムラもある。
しかし、パンと果物だけで朝ごはんを済ますしかないと思っていた生徒たちにはごちそうであった。貴族しか通っていないこの学校で、入学前は本当のごちそうを食べていた人たちだろうに、人によっては泣きながらオムレツを食べていた。
カインは、フライパンを振り続けてヘロヘロになった腕で冷めたオムレツを食べることになってしまったが、かわりに三年生と四年生の教科書を手に入れることが出来たのだった。
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