鳥の巣

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花祭りまで後わずか、長期休み前のソワソワ感が漂う学校の中。その中にあって第一組は特にざわついていた。

ジュリアンはことあるごとに吹き出し、両手で口を押さえて声を出さないようにしているが肩がずっと震えている。

級友の前ではいつも朗らかな笑顔を崩さない留学生のカインが珍しく不機嫌を隠さないような顔をしている。

シルリィレーアは、斜め前で揺れている大きな赤いリボンを困惑した顔で眺めている。

級友たちは、その赤いリボンを見ても良いのか見ない振りをした方がいいのか判断が付かず、目を泳がせている。

シルリィレーアの斜め前の席に座っているのはカインである。


「あの…。カイン様?その…今日は髪型を変えていらっしゃいますのね?」

「はい。コレには事情がありまして。決して、決して、けっっっして、好んでリボンを付けているわけではないのです」

「そ、そうですのね」


午前の授業が終わり、食堂へと移動する廊下でシルリィレーアが意を決してカインの大きな赤いリボンについて問いかけた。

食堂に移動する時には、いつもは我先にとダッシュする男子生徒も今日ばかりはゆっくり歩き、いつもは何を食べようかかしましくお喋りしながら歩く女生徒達も静かに周りを歩いている。

この時、第一組の生徒たちは(シルリィレーア様ナイス!)と心がひとつになっていた。


「アーハッハッハ!カイン!食後にシルリィレーアに相談すると良いぞ!長髪同士で解決策が見つかると良いな!」

「……言われずともそのつもりでしたよ!」

「怒るでない。私が悪いわけでは無いのだからな、男のくせに髪を伸ばしているからそんな事になるのだ」

「魔法使いは髪の毛を伸ばすものなんですよ…」


食堂につくと、シルリィレーアは気を使って壁側の席を選んで着席した。

ジュリアンが「私が食事をとってきてやろう」と偉そうに言いながら定食を二人分運んできてくれた。

学校の食堂は寮の食堂と違って四人掛けの丸テーブルと六人掛けの四角いテーブルがランダムに置かれている。

壁際の丸いテーブルに着いた三人はしばらくは黙々と食事に集中していたが、先に食べ終えたジュリアンが手持ち無沙汰になり、カインの後頭部に手を伸ばすとするりとリボンを解いてしまった。


「あ!」


とっさにカインは両手で後頭部を隠す。手に持っていたナイフとフォークがそのせいで床に落ちてしまい、カラーンと高い音をたてる。一瞬、食堂にいる生徒たちの視線を集めてしまうが、カインが壁に背を向けて座っていることもあり、王子であるジュリアンの座るテーブルでもあるのですぐに皆自分の食事をする作業に戻った。


「ジュリアン様、人の装飾品をそんなに勝手にとってはいけませんよ。解いたリボンを戻せるのですか?」

「何を言うか。朝、カインにリボンを結んでやったのも私だぞ」

「あら。ジュリアン様はリボンを結ぶのがお上手なのですね?」

「当たり前だ。脱がすためには、着せられねばならぬだろう?練習したのだ」

「……へぇ?私は脱がされた事もリボンを結んで頂いたこともございませんわね。……どなたの服を脱がせて、どなたの服を着せたことがあるのでしょうか?」

「………今朝、カインにリボンを結んでやった。今、カインのリボンを解いた」


シルリィレーアはジト目でジュリアンを見ているし、ジュリアンは目を泳がせている。カインはため息をつくと、シルリィレーアに背中を向けて、手をどけた。


「シルリィレーア様。ご覧ください」

「まぁ、まぁ」


カインの後ろ髪は、首の少し上あたりで引っ絡まってゴチャゴチャと鳥の巣の様になってしまっていた。そこだけボワッと膨らんで、猫が遊んで絡まってしまった毛糸玉の様になっていた。そのインパクトの凄さに、シルリィレーアは怒っていたことを忘れてしまった。


「どうなさったの?この…鳥の巣のような状態は」

「髪をブラシでとかしたら、こうなってしまったのです…」


カインはしょんぼりとうなだれると、絡まってザリザリとする後頭部を手でさする。ほどこうと頑張ったのか、ところどころ切れ毛になってしまってピンピンと飛び出している毛もあった。


「いつもは、ちゃんと編んで登校なさっているではありませんか。なぜ今日だけこのような事に?」

「いつもは、入浴後に梳かしてからゆるく編んで、布でくるんでから寝ているんです。でも、昨日はちょっと時間が無くて入浴してから手ぐしで梳かしてそのまま寝てしまいまして」

「それにしたって…」


梳かして編んで、くるんで寝るのはイルヴァレーノから重々そのようにして寝るようにと言い含められていたからだ。実家に居た頃はイルヴァレーノが全部やってくれていたし、時折手を抜いて寝てしまっても翌朝イルヴァレーノが髪を梳かせばこんな鳥の巣にはならなかった。


「カイン様、もしかして頭のてっぺんからブラシを通しましたか?」

「はい。髪は上から下へ梳かすものでしょう?」

「濡れ髪や洗髪直後なら良いですけれど、乾いた長い髪を梳かすときは、下から梳かすのですよ。毛先から少しずつ梳かして行って、だんだんブラシの位置を上げていくのですわ」

「そうなの…ですか?」

「なんていうのかしら…。こう、一番上から梳かしてしまうと、ゆる〜く絡まっていた部分が寄せられて行って、あるところでギュッと結ばれてしまうのです。えぇと、伝わりますかしら」


シルリィレーアが身振り手振りで髪を梳かすジェスチャーを一生懸命している。ゆらゆらとわかめのように腕をくねらせて、右腕と左腕を絡ませてギュッと力を入れて左右に引っ張って見せる。

その様子がおかしくて可愛らしくて、カインは思わずふふふと微笑んだ。


「絡まってしまった毛糸をほぐすのに、端からゆるめながらやらないといけないのと同じですね。引っ張ってしまうと固結びになってしまう」

「そう!それですわ!」


伝わったのが嬉しいのか、シルリィレーアもパァと明るい笑顔を顔に浮かべて手を合わせて喜んでいる。ジュリアンが面白くなさそうな顔をしていた。


「ジュリアン様。とりあえず今はブラシもありませんしもう一度カイン様にリボンを結んで差し上げてくださいませ」

「シルリィレーアが結んでやれば良かろう」


完全に拗ねている。面白がってリボンを解いたのは自分のくせに、混ざれない話題で盛り上がっていたカインとシルリィレーアに嫉妬しているのだ。


「婚約者のいる女性に髪を触らせるわけにいきません。ジュリアン様が結んでください」

「解くのも結ぶのもお上手なのでしょう?ジュリアン様は」


カインが今度はジュリアンに背を向けて椅子に座り直す。二人から言われて仕方なくリボンをカインの髪に結び直すジュリアン。目の前にある鳥の巣のようなカインの髪をみて、また吹き出した。


「とりあえず、今絡まってしまった毛に関しては後でトリートメントクリームをお分けいたしますから、今夜入浴する時にそれを使って少しずつブラシで梳かしてみてくださいませ」

「下から、少しずつ上に向けてですね」

「そうですわ。濡らして、クリームを浸透させて、少しずつ、ですわよ」

「かしこまりました」

「結べたぞ」


いつもはゆるく三編みにしてあるカインの髪は、今日は首の上で一本に結ばれて大きな赤いリボンが結ばれている。鳥の巣部分を隠すために、幅の広い大きなリボンが付けられているのだ。

ジュリアンが午後の授業中にもう一度リボンを解いてしまい、カインの鳥の巣頭はクラス中の皆に知られてしまった。

入学して一月半ほどしか経っていないが、他国の言葉であるはずのユウム語を話し、いつも朗らかに微笑んで誰にでも優しく接していたカインはクラスの皆から「王子様より王子様」と言われていた。

クラスメート達は、王子様より王子様なカインのドジな一面に親近感を持つと同時に、クラスの王子様の鳥の巣頭という不祥事については心にしまい、絶対に他のクラスに知られてはならぬと一致団結したのだった。

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