花祭り
ジュリアンが女生徒の腰を抱きながら寮の部屋へ戻ってくると、部屋の勉強机でカインが手紙を読んでいた。
窓際にある勉強机には午後の日差しが降り注いでおり、カインの絹糸のような金色の髪に日が透けてキラキラと輝いていた。手紙を読むために少しうつむいた顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かんでおり、長いまつげが落とす影で儚さも漂っている。
隣に女生徒を抱いているのも忘れてジュリアンはカインに見惚れていた。ジュリアンに腰を抱かれている女生徒もカインに目を奪われていた。
「ジュリアン様?」
カインが部屋の戸が開いていることに気がついて顔を上げた。部屋の入り口に立ち尽くすジュリアンと女生徒に気がついて、目尻が上がり眉間にシワが寄る。女神を描いた絵画のような顔が一瞬にして不機嫌そうな友人の顔へと変わってしまった。
「男子寮は女性の出入りは禁止ですよ」
「カインは今日はアルバイトじゃなかったのか」
「先日急用が出来た友人と代わった分、今日が休みです。…私の居ない隙に女性を部屋に連れ込もうとしたんですか」
カインは、学内斡旋アルバイトをしている。
飛竜の値段を調べて全然足りないのは想定内だったが、帰省するための馬車の乗り継ぎと中継点での宿泊などを改めて調べてみたところ、パレパントルが置いていったお金では全然足りないのだ。
学生生活を満喫するお小遣いとしては十分な金額だが、実家へ帰省は出来ないという絶妙な金額だった。
しかも、三日置きに出しているディアーナへの手紙の便箋代と郵便代も馬鹿にならない。
寮監室へ学内アルバイトの申込みに行った時に「隣国の公爵家嫡男がアルバイトですか?」と驚かれたが、ユウムの文化にいち早く馴染むため、友人を多く作るためにも経験としてアルバイトをしてみたい、などと口八丁でごまかした。
もちろん、もともと裕福な家の子はアルバイトしてはいけないという規則も無いので言い訳せずともアルバイトは紹介してもらえるはずなのだが、やはりお金が欲しいのでとは言い難かった。
「いや、そんな事はないぞ。たまたま、たまたま寮の玄関で声をかけてきたのでな。一番近いのはやはり自室だろうと思って来たのだ」
「私が在室していようと、留守にしていようと、規則は規則ですよ。おかえり頂いてください」
「…すまない、レディ。私は寮が女人禁制だったことを失念してしまっていたようだ。今日のところはここでお別れとしよう。また明日、学校で会えることを願っているよ」
「あ、はい。ジュリアン第一王子殿下、また明日…」
女生徒の腰からするりと腕を離すと、ジュリアンは肩を掴んでくるりと女生徒を方向転換させた。女生徒の方は、カインの顔をしきりにチラチラと見ていた。中々足を踏み出そうとしなかったが、ジュリアンがカインを紹介してくれる素振りもなく、カインが自己紹介をする様子もないのがわかると諦めて廊下を歩いて行った。
「声をかけられれば誰でも良いんですか?ジュリアン様」
「誰でもいいわけでは無い。声をかけられても断っているおなごもおるぞ。口が堅そうで、おっぱいの大きい子を選んでおる」
「最低ですね」
「んな!」
部屋の戸を閉めて部屋に入ってくると、ジュリアンはベッドの上にどかりと座った。
カインは読んでいた手紙をたたむと封筒へと戻して机の引き出しにしまい込んだ。
「家族からの手紙だったか?」
「はい。皆元気でやっているようです」
「そうか、家族といえばカインは花祭りには実家に帰るのか?」
「いいえ。二週間の休みでは行って戻ってこれませんので、アルバイトして過ごします」
(帰省する金もないしな、あのクソ親父め)
ディアーナからの手紙を読んだ後は明日の予習でもしようと思っていたカインだが、ジュリアンが戻ってきたので椅子をベッドに向けると足を組んでその上に手を組んだ。
「そもそも、学校が始まって一月半しか経っていないのにもう二週間の休暇があるということに驚いているんですが」
「ああ、我が国は農業や酪農で生計を立てている領地が多いのでな。3月中旬から下旬にかけては畑の土起こしや種まき、育苗などをするために領地に帰らねばならん生徒が多いのだ。半数以上居なくなるのに授業をしていても仕方がないからな」
「領主の子ども自ら農作業するんですか?」
農業で生計を立てている農地ということであれば、カインの父が持っているネルグランディ領も半分は農地だ。そういえば、毎年春のはじめに父ディスマイヤが一月ほど領地に行っていたなとカインは思い出していた。
「クワ入れ神事や、豊穣祈願祭り、豊作祈願祭など地域によって名前は違ってくるが、収穫祭で神に奉納する為の作物のタネを蒔くという祭りがこの時期は各領地で行われるのだ。神に捧げる農作物を育てるのは領主の畑と決まっておる。途中の面倒は小作人に任せることが出来ても畑を起こしてタネを蒔くのは領主がやらねばならぬのだ。神事用の畑といえども中々に広かったりするのでな、一家総出での仕事になるのだ」
「なるほど。ところで、そのお休み期間に王都で行われる祭りが花祭りと呼ばれるのは何故なのですか?」
王都サディスに残るのは、領地の売りが農業ではない貴族や領地を持っていない貴族たちだ。農業に関係ないので別に祭りをやる必要は無いとカインは思うのだ。
ジュリアンはベッドの上で腕を組むと、顎を上げて偉そうな顔をした。
「街に残るのは城勤めの役職を持った貴族や商業や貿易、運送業で身を立てている貴族たちだ。その貴族たちにも活躍の場を与えようというのが、花祭りだ。温室で育てられた花が街中に飾られ、花びらを模した布飾りが街中にばらまかれる。街道には露店が立ち並び、四つ辻ごとにある広場では演奏が行われ、皆が歌い、踊るのだ。経済が回るぞ」
「特に謂れのないお祭り騒ぎということですか?」
「王都での仕事を休み、領地に帰るのは出費がかさむ。王都の子ども一人二人を領地に戻すだけでも中々の出費だ。それでは不公平なのでな、街に残る貴族にも金を使わせようという意味合いが大きいな」
「なるほど。でも、それだと商業をやっている貴族にはプラスになるのでは?」
「まぁ、結果的にはな。だが『花祭り』という名前は伊達ではないのだ。街に飾られる花を無料提供させられているのだ、街に残る貴族たちは。あとは庭を一般開放する様に通達が出る。留守宅は免除だが、残る貴族たちは庭を開放し、軽食を振る舞わねばならぬ。当然、庭をきれいに整えなければならないし振る舞う軽食がショボければ一般市民から軽んじられる。手を抜くことはできんのだ」
「なるほど…。意外とえげつないですね」
はははとジュリアンはいい顔で声を出して笑った。
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