ディアーナの決意
カインが隣国へと旅立っていき、3日ほど経ったある日。ディアーナはサッシャの目を盗んでイルヴァレーノの使用人部屋へとやってきた。
「だから…ここに入ってきてはいけませんと何度いえば」
「イル君に内緒の話があるからここに来たのよ。ねぇ、イル君。サッシャを仲間に引き込みましょう」
「はぁ?」
カインは居なくなったが、イルヴァレーノは相変わらずカインの私室の隣にある隠し部屋で寝起きしている。カインはいつか帰ってくるからだ。
ディアーナも去年から自分の部屋を持つようになり、それはカインの部屋の真下にある。ディアーナの部屋の隣にも使用人用の隠し部屋があり、そこにはサッシャが寝起きしていた。
「引き込むって、どういうことですか?」
「淑女な私は世を忍ぶ仮の姿だって事を明かすの。何から何まで身近な世話をするのがサッシャであるかぎり、ずっと騙し続ける事はできないよ」
「それはそうかも知れませんが」
「あと、イアニス先生にサイリユウム語のお勉強を増やしてもらおうと思うの」
「まさか、追いかけて留学する気じゃありませんよね?」
「そのまさかよ!我慢をしないのよ!我慢しなくて良い努力をするのよ!」
それは、カインが良く言っていた言葉だった。
しかし、それをすればカインの卒業後の3年はディアーナだけがサイリユウムに残ることになる。一緒にいられるのは3年だけだ。6年間の離れ離れが3年ごとにわかれるだけだった。
「学校入学までは3年あるので、準備をするのは良いかもしれませんね。実際に留学するかどうかはまた別に考えましょう」
「うん!」
ディアーナはいつも返事は良い。うんと言ったが、おそらく留学する気は無くなっていないのだろうとイルヴァレーノはわかっていた。
「サッシャにバラすにしても、上手にバラさないとお父様とお母様にバラされて台無しになるよね」
「そうですね。うーん。サッシャに、ショコクマンユウのお話や遊び人に扮装する王様の話を聞かせてみるのはどうでしょうか」
「いきなり、昔々のお話です…と話しかけるのも難しいよ?」
イルヴァレーノとディアーナで二人そろって頭をひねっているが、なかなかいいアイディアは出てこなかった。
こんな時、カインがいれば「いいことかんがえひらめいた!」と言って何か良いアイディアを出してくれるのに、とふたりとも思っていたが口にはださなかった。口に出してしまえば寂しい気持ちが言葉と一緒にでてきてしまうからだ。
「サッシャの身の回りについて調べてみましょう。サッシャの趣味とか、友人関係とか…。好きな物や嫌いなものを知って、付け入るスキが無いかを探りましょう」
「イル君、お願いできる?」
「お任せください。少々お時間をいただきますが、お調べいたします」
「さすがニンジャだね」
「ニンジャではありません」
イルヴァレーノの部屋は狭く、家具もすべて最低限の物が一人分あるだけなので椅子も一つしか無い。なので、ディアーナは椅子に座りイルヴァレーノはベッドのヘリに座っていた。
サッシャに付いては今すぐにどうこうは出来ないという結論になったので、ディアーナはもう席を立つだろうとイルヴァレーノは思ったのだが、ディアーナは椅子に座ったまま立とうとしない。
「まだなにかありますか?」
「お父様とお母様の、お兄様に対する誤解を解きたいとおもうのだけど、どうしたらいいと思う?」
「誤解とは?」
妹を溺愛しすぎている、という事については紛れも無く真実で誤解ではないとイルヴァレーノは思うのだが、それ以外になにか誤解されていただろうか?
ディアーナは足を組むとその上に肘を乗せて腕で顎を支えた。サッシャが見たらはしたないと言われる姿勢だが、イルヴァレーノは特に咎めなかった。カインからディアーナのストレス発散に付き合ってやれといわれていたからだ。
「お兄様のお見合いについてよ。お兄様が一方的に女の子たちにひどい態度を取ったと思っているみたいだけど、それは違うのよ」
「違うのですか?」
「……違わない子もいたけど、殆どは違うよ」
ディアーナは足を組み直して、今度は腕組みをする。唇を突き出してンームと喉を鳴らしている。とてもじゃないが淑女のする態度ではない。
「けーちゃんって女の子がいるんだけどね。王妃様の刺繍の会で初めて会って一緒に遊んだ子なの。その子もお兄様のお見合い相手としてお茶会に来たけど、ずっと私となぞなぞのお話をしていたの。お兄様は私達の様子を笑って見てただけで会話に参加しなかったのよ。けーちゃんは、お父さんにどうだった?って聞かれてずっとディと喋ってたって言ったらしいよ」
「カイン様とお話ししなかったと伝わってしまったんでしょうか」
「別に無視されたとは言ってないと思うけどね、けーちゃんは良い子だし。あと、王妃様の刺繍の会で良く顔を合わせる子たちとは3人きりのお茶会でも普通に喋っていたよ。次回の刺繍の会についてとか、今やっている刺繍の話とか、お花の話とかお菓子の話とかだけど」
カインがアルンディラーノを攻撃しようとして謹慎になり、その後参加していた子どもたちに謝罪文と一緒に刺繍したハンカチを贈ったことがある。一部はイルヴァレーノが刺繍した物だったが、表向きはすべてカインが刺繍したハンカチという事になっている。
そのハンカチをきっかけに、おもちゃで遊ぶのではなく刺繍をするために会に参加する様になった子どもたちが何人かいるのだ。
学校入学前の幼い子どもたちが、刺繍の会で集まって拙い刺繍を練習したり見せ合いっこしたりする様子は王妃様も喜んでいた。
カインとディアーナも隔月で開催される王妃様主催の刺繍の会はずっと通っていた。カインが刺繍の会に参加するときは騎士団の訓練を休むため、なぜかアルンディラーノも刺繍の会に参加していた。
そこですでに仲良くなっていた令嬢たちは、カインがディアーナを溺愛しているのを知っている。なので、お見合いを兼ねた顔見せのお茶会にカインがディアーナと一緒に現れても驚かなかった。
殆どの令嬢はいつもの刺繍の会の延長のような会話を楽しんで解散したが、一部の令嬢はそれでもお見合いだからと親から言われた通りの質問や反応にチャレンジしていた。するとディアーナを絡めない話題だとカインが冷たい態度だったのでショックを受けたのだが、その後の刺繍の会で再会したときには普段通りのカインだったのでホッとしていたのだった。
「お兄様は、お見合いだったから冷たい態度を取っただけなのよ。その後は刺繍の会では普通に友人として接していたし。刺繍の会で面識の無いご令嬢には、ただただ冷たい男性に映ってしまったとはおもうけど」
「はぁ…。お見合いだから冷たかったんですね」
「そうそう」
「カイン様なんだから、もうちょっとうまく出来たでしょうに」
「ほんとうにね」
普段のカインを知らない令嬢が、お見合いにだけ出向いて顔を合わせて無視された。その親御さんへお見合いの様子が伝わって苦情が来たというところか。
そもそも、お見合いなんてものを学校が始まってから、友人関係が出来てからすればそういった問題にもならなかっただろうに。3歳差と年齢が近い王太子殿下がいるのだから、王太子殿下の婚約者が決まってからお見合いしても良かったはずなのだ。
「サッシャを巻き込む。お父様とお母様の誤解を解く。この2つをやりとげるよ。イル君も協力してね」
「お嬢様の思うままに」
カインが気持ちよく帰ってこられるように、ディアーナは裏で暗躍するのだと強く拳を握りしめた。
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