飛び級制度とお出かけ準備

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入学式はつつがなく終わった。

入学生代表挨拶は、当然のごとくジュリアンが行った。

留学生としてカインも壇上で紹介されたが、当たり障りのない挨拶をしてやりすごした。


学校内では一応「学業上では身分を考慮せずみな平等である」という建前はある。それは身分をかさに着て宿題を押し付けたりテストで八百長を強要したりしてはいけないという話でしかない。

挨拶をするときは偉い人から、廊下ですれ違う場合は身分の高い人を優先して道を譲る、などの身分ルールは普通に存在している。

そのため、クラス分けは成績順ではなく身分順であった。そもそも貴族学校は入学試験がないので1年生のウチは成績順にしようが無いのだが、2年生以降も成績順になるわけではなかった。

カインはジュリアンとシルリィレーアと同じクラスになった。


「カイン様、一年間よろしくおねがいします」

「シルリィレーア様、こちらこそよろしくおねがいします」


入学式が終わり、講堂から教室へと入ってカインとシルリィレーアはお互いに挨拶をした。

代表挨拶後ずっと壇上に居たジュリアンは最後に教室へ入ってくると、二人の挨拶に割り込んできた。


「カイン、シルリィレーア。私もよろしくしてやるからな」

「おねがいします」

「ありがとうございます」


「お前達、もう少し私を尊び敬ってもいいと思わないか?もっとこう…うやうやしい挨拶とか」

「先生がいらっしゃいましたわ。カイン様、ジュリアン様、お席に着きませんと。ではまた後ほど」

「む」


席順は教室の前面にある黒板に記載されていたので、そのとおりに座った。

その日は授業はなく、クラスメイト全員で自己紹介をしたり今後の授業の進め方を解説されたりして終わった。

カインは解散後、教壇へ駆け寄ると教師に話しかけた。


「先生、飛び級について教えてほしいのですがお時間よろしいでしょうか?」

「カイン君。もちろん構いません。飛び級ですか?」

「はい」

「では、この後帰寮準備を整えたら職員室にお寄りください、資料を用意しておきましょう」

「ありがとうございます」


カインは軽く会釈すると自席へと戻った。

シルリィレーアとジュリアンがカインの席に集まっていた。


「カイン様、この後用事がございますの?」

「職員室に寄って、資料をいくつか頂いて来ます。少し先生のお話も聞きたいと思っております。何かありましたか?」

「せっかくなので、学校周辺の街でもご案内させていただこうかとジュリアン様と話していた所なのです」

「ははは。私御用達の美味しい食堂を紹介してやろう」

「ジュリアン様御用達のお店は給仕に可愛い女性が多いだけで食事は脂っこいものが多いのですわ。カイン様のご用事が長引かないのであれば、お昼ごはんをご一緒しませんこと?」


二人の誘いは、外国から来たカインを気遣ってのことだろう。が、この友情はカインにはありがたかった。留学生だからと気を使って距離を取られても寂しい。

早く国に帰りたいとは思っていても、少なくとも一年はこの学校で過ごすのだ。授業によっては一人では出来ない事もあるだろうしボッチは辛い。

何より、可愛い便箋の売っている店が知りたかったので街を案内してくれるというのはありがたかった。


「お気遣い感謝いたします。ぜひ、ご一緒させてください」

「では、一度寮に戻って着替えてから玄関に集合いたしましょう。カイン様のご用事もございますし、一時間後でよろしいかしら」

「ええ、それでお願いします」

「私の都合を聞かぬとは、不敬ではないか?」

「お忙しいのですか?」

「予定はないが」

「では、一時間後に玄関でお会いしましょう。ごきげんよう、ジュリアン様」


優雅に微笑むとシルリィレーアは颯爽と教室から出ていった。

シルリィレーアを見送った後、横に立つジュリアンの顔をそっと窺ったカインは思わず吹き出した。

前世で流行った「ペットカメラ」という、主人が仕事などで不在にしている間のペットの様子を録画するアプリ。そのペットの様子を動画であげる飼い主が沢山居たのだが、そこに良く居た「飼い主が出勤した後しばらく玄関でしょんぼりする犬」とそっくりな顔をしていたのだ。


「そんな顔するなら、寮まで一緒に帰ろうって声をかければよかったじゃないですか」

「そんな顔などしておらぬ。そんな顔とはどんな顔だ」


今度は、ふてくされたような顔をしてカインを軽く睨んでくる。

犬みたいな顔と言えばさらに機嫌を悪くするだろう。カインはそれ以上何も言わずに職員室へと足を向けた。


「カイン君。よく来たね、資料は揃えておいたよ」

「ありがとうございます」


職員室に入ると、担任の先生が手を上げてカインを呼んだ。隣の席の先生が不在のようでそこに座るようにと指示されてそのとおりに座って向き合った。


「しかし、せっかく留学に来たのですから6年しっかり勉強して人脈を作りコネを作り縁を結ばれればよろしいのではないかと、愚考するのですが」

「はい。私もできればそうしたいのですが、事情がありまして」

「そうですか。では、飛び級についてですが。一年の終わりに進級テストがあります。その時に一つ上の学年の進級テストを一緒に受けることができます。それに合格すれば、翌年は2つ上の学年へと進級することが出来ます」

「一度に受けられるのは一学年上の分だけですか?」

「そうですね、一度に3学年分、4学年分の試験を受けることはできません。ですから、最短での卒業は3年後ということになります」

「3年…」


その後、教科書は学費に含まれている支給品ではあるが、一学年上のものが欲しいとなると別途代金が必要になることや過去問を入手してやり込むことは有効であることなどの有用な情報を教えてもらい、飛び級の申請に必要な書類などを貰って職員室を後にした。


部屋に戻ると、ジュリアンが着替えて待っていた。

カインもかばんを机に放り投げると、自分のクローゼットから普段着を取り出して着替えた。


「カインは、自分で着替えが出来るのだな。偉いじゃないか」

「女性の夜会用ドレスでもなければ着替えぐらい出来るものでしょう」

「そうでもない。寮に入るために頑張って着替えの練習をする、なんて貴族もおるのだ。そうでなければ、同じ年齢の乳兄弟を学校に入学させて金の力で同室にさせている貴族もいる。事実上の侍従の持ち込みだな」

「自立の精神とは…」


一緒に歩いて寮の玄関まで移動すると、淡い桃色のワンピースにつば広の帽子をかぶったシルリィレーアが待っていた。

玄関から出てきたカインとジュリアンに気がついたシルリィレーアはニコリとわらって手を振っている。

カインは、ジュリアンがシルリィレーアを褒めるのを待っていた。

しつけ担当のサイラス先生から、婚約者のいる女性を婚約者より先に褒めてはいけないと習っていたからだ。イアニス先生からもくれぐれも婚約者のいる女性を褒めるときは注意するようにと言われている。結婚するはめになりますよと言われた。何があったのかは怖くて聞いていない。

しかし、ジュリアンはシルリィレーアを褒めることなく並び立つと、どちらのおすすめの店に昼食を取りに行こうかという話を始めてしまった。

これではカインまで女性を褒めない朴念仁である。


「シルリィレーア様、そのワンピース素敵ですね。明るい色の髪とあいます。帽子もつばが広くて小顔効果がばっちりです。美しいお顔が映えますね」


慌てて褒めたので変な言葉を使ってしまった。小顔効果ってなんだ、褒め言葉じゃないだろう。カインは片手で顔を覆うともう片方の手を前に出して「ちょっとまってください」と言った。


「すみません。タイミングを間違えました。忘れてください」

「ふふふ。カイン様、お褒めくださってありがとうございます。お顔が小さく見える努力をわかってくださって嬉しいですわ。…でも、そうですね。それは心に秘めておいてくださるともっと嬉しいかもしれませんわ」

「そうですよね…すみません」

「シルリィレーアはいつだって美しいし服装のセンスも良い。それがわかるとはカインも中々やるではないか」

「そう思っているのであれば、シルリィレーア様を褒めてあげてくださいよ」

「シルリィレーアが美しいのはいつもの事である。当たり前の事は特段褒めることでもないのではないか?」



だめだこの王子早くなんとかしないと。カインは眉間を押さえてゆるゆると頭を左右に振ったのだった。

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あけましておめでとうございます。

今年もよろしくおねがいいたします!

誤字報告頼りにしております…

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